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Presenter Interview
As the Yokohama Noh Theater ventures into the uncharted field of traditional arts production, attention focuses on its planning expertise
伝統芸能をプロデュースするという発想に新機軸 横浜能楽堂の企画力
「二つの道成寺」(2007年4月)
二つの道成寺
組踊『執心鐘入』

二つの道成寺
能『道成寺 赤頭 中之段数躙 崩之伝』
撮影:神田佳明
──現行の能を上演する場合、出演者が揃う「申し合わせ」が1回行われる程度なので、演者にとってはこうした企画はとても負担になったのではないですか。その上、通常の新作、復曲と違って、400年前の形態に戻すというのは自分たちの身体の中にある型やテンポを全部崩すことになるわけですし。
 謡や囃子のリズムから言葉のイントネーションまで全部変えることになったわけですから、大変な負担だったと思います。「我々は型というものを踏襲してやってきて、身体に染み付いている。それを根本から崩すことになりかねない」という議論もありました。

──演じる側にも、観客にとってもインパクトのある、まさに横浜能楽堂のノウハウのすべてを集めた公演になったと思います。
 それまでさまざまなことにトライしていたから、この企画が実現できたのだと思います。その後、京都・西本願寺にある400年前の能舞台での再演のお話もあったのですが、残念ながら実現しませんでした。

──学術的な研究成果を、舞台に載せたという意味では画期的ですね。
 そうですね。能楽の本格的な研究が始まったのは、戦後、表章先生、横道萬里雄先生が先鞭をつけられてからと言っていいのではないでしょうか。能楽の研究は国文学的なアプローチが専らで、舞台芸術として総合的に研究されることはあまりなかった。世阿弥時代の謡い方などを復元する試みなど、部分的なものはありましたが、立体芸術として総合的に再現しようというものはありませんでした。こうした試みを行うことに、能楽のプロデュースのひとつの役割があるのではないかと感じています。

──こうした能楽の企画を実現させるために、大切なものは何でしょうか。
 コンセプトをきちんと立てること、それからネットワークがあることだと思います。「はじめに企画(コンセプト)ありき」で、それにふさわしい演者はだれか、誰に相談すればいいか、と考えます。つまり、適材適所ということです。

──日本の古典芸能の世界は、流派や流儀を重んじ、「家」によって伝承されることが多いですが、その枠を越える企画を実現するのは大変難しいのではないかと思います。
 単純に、見せ物的に流派を越えてやることに意味はないと思います。この企画のためには、他流だけど、この人とこの人がやるのがベストだ、というように明確な理由がなくてはなりません。
 現行曲を磨き抜くだけでも大変な能楽師にとって、新作や復曲をやることはかなりの負荷がかかるわけで、この企画をなぜやらなければならないか、それが能や狂言にとってどういう意味があるのかを演者にきちんと説明することが必要です。そのためには、演者に理解してもらえる明快なコンセプトがあること、そしてそれがお客さんにも理解してもらえるものであることが大切だと思います。
 先日、芸術祭賞優秀賞をいただいた「武家の狂言 町衆の狂言」は、同じ大蔵流でも対照的な芸風をもつ山本家(東京)と茂山家(京都)の違いを見ていただく企画でしたが、山本東次郎先生からも茂山千之丞先生からも、企画してくれてありがとうと声を掛けていただきました。演者からそう言ってもらえるのは、非常にプロデュース冥利につきます。

──こうした新しい企画に理解のある演者の方は、古典の世界では限られてくるのではないですか。
 成功したからといって同じ演者とばかり企画をしていたのでは、ネットワークも広がらないし、新たな発見にも繋がらない。確かに「この人に頼むと安心」というのはありますが、そこに安住しないで、常に新しい取り組みをするよう、気をつけています。

──横浜能楽堂が開館して12年たちますが、能の世界にもプロデュースということが認知されてきたと思われますか。
 私たちの取り組みだけが影響しているわけではないと思いますが、プロデュースの必要性が少しは認識されてきたのではないかと思います。プロデュースの原点は、質の高いもの、おもしろいものをやるということはもちろんですが、一般のお客さんにどれだけ来ていただけるか(一般のお客さんに能をどうみせるか)、というところにあります。演者には、「横浜能楽堂っていつも観客がいっぱいだよね」と言われますが、そういう興行的に成り立つものを、考えていかなくてはと思っています。

──横浜能楽堂では、他の伝統芸能や民俗芸能も積極的に取り上げています。2007年には、能の大曲「道成寺」とそれを翻案した沖縄の組踊『執心鐘入(しゅうしんかねいり)』にスポットを当てた「二つの道成寺」を企画されました。
 日本は世界に類のない「芸能大国」だと思います。舞台芸術として高度に洗練されたもの、あるいは地方に民俗的に伝わったものがこれほど多様に、レベルの高いままにあるというのは、日本人は意識していないけれども、素晴らしいことです。どれもが、とても個性的です。そのひとつが沖縄の舞踊劇「組踊」です。
 かつて琉球王国という独立国だった沖縄には、日本と中国との二重外交の中で、独自の文化が育まれました。そうした中で、中国から遣わされた「冊封使」という使者を首里城で接待するための芸能として発達したのが組踊です。芸能を統括する踊奉行だった玉城朝薫(たまぐすくちょうくん)が、1719年に能や歌舞伎の影響を受けて創始したと言われています。かつては、橋がかりのある能舞台のような舞台で上演されていましたが、琉球王国の崩壊や太平洋戦争によりはっきりした伝承の形がわからなくなってしまいました。
 この企画では、能の梅若六郎先生(現・梅若玄祥)に『執心鐘入』の演出をお願いすることで、橋がかりのある能舞台に近い舞台で演じられていた頃の形を探るとともに、能を通じて組踊の新たな発見をしてもらえればと考えました。
 
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