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Presenter Interview
As the Yokohama Noh Theater ventures into the uncharted field of traditional arts production, attention focuses on its planning expertise
伝統芸能をプロデュースするという発想に新機軸 横浜能楽堂の企画力
『ミカド』
1885年、イギリス・ロンドンで初演されたオペレッタ。日本博覧会が開かれ、日本ブームにわく中で制作された。脚本はウィリアム・S・ギルバート、作曲はアーサー・サリバン。架空の国で繰り広げられるドタバタ劇で、イギリスの上流階級や支配階級に対する風刺が込められている。『日本オペラ史』(増井敬二著)によれば、英国人が多かった横浜では、英国で人気のサリバン作品がしばしば上演された。『ミカド』はロンドン初演2年後の1887年、サリジャー一座が来日、4月28日、30日に横浜パブリック・ホールで初演しているが、天皇を指す『ミカド』が登場、タイトルにもなっているため、『卒業した3人の乙女』と題名を変え、脚本も一部修正して上演した。日本では第二次世界大戦終結まで上演禁止だった。
──ここ数年は、アジアの伝統芸能との交流を行うなど、視点が海外に広がっていますね。
 開館当初から、横浜能楽堂は能・狂言を中心としてアジアの伝統芸能を盛り上げる拠点になるべきだという認識はありました。ただ、能楽堂という空間でできるものとできないものがあるので、できないものは外にでかけてでもやろうと考えていました。
 ターニングポイントになったのは、2000年から3年間開催した「日韓古典芸能祭」です。韓国での公演に招かれた狂言の山本東次郎先生が、帰国されてから、「韓国側が、韓国の古典芸能の公演を日本でやりたい、と言っているので相談に乗ってほしい」とおいでになったのがきっかけでした。3年にわたり開催したのですが、1年目は韓国のトップクラスの演者を招き、東次郎先生たちにも出演していただきました。2年目、3年目は、日韓のトップクラスの演者が相互訪問し、横浜とソウルで同じプログラムの公演を行いました。両国の観客に同じプログラムを見て、相互に理解してもらう、というところに意義があると思っての企画です。1回目の当時、まだ韓国は、まさに「近くて遠い国」でしたが、トップクラスの演者がそろった、ということが伝わり、昼・夜の公演とも満席でした。その後、「韓流ブーム」が起こり、一気に「近くて近い国」へと変わったのを目の当たりにして、改めて文化の力の凄さを実感しました。
 それぞれの人が、自分の国や民族の古典芸能・伝統芸能を理解することは必要ですが、「自分の国や民族の古典芸能・伝統芸能が一番」などという方向へ行くと、狭隘な民族主義でしかありません。古典芸能・伝統芸能には、その国の民族性、精神性が詰まっており、それを理解することは相手の国そのものを理解することに繋がる。古典芸能・伝統芸能をツールにして、自分の国を理解し、相手の国を理解するような、芸能が相互理解の架け橋になるような取り組みをやりたいと思うようになりました。
 2005年には日本、韓国、バリ、タイの古典舞踊の人に集まってもらい、現代演劇の演出家に依頼して共同作品をつくるプロジェクトもやりましたが、それぞれの国の古典芸能は、とても個性が強くて、共同作品にするのは難しいということがわかりました。アジア諸国との共同制作は今年もやりますが、オムニバスにして狂言回しでつなげるようなプログラムにしようと思っています。
 また、今年は、「大地のジョイントパフォーマンス」と題して、日本のアイヌ民族の若手パフォーマンスグループ、カナディアン・インディアンのアーティスト、それぞれの作品を併せて紹介する公演を行うことになっています。カナダからサンティ・スミスさんをお招きします。スミスさんはバレエやコンテンポラリーダンスをベースに、自らのアイデンティティである先住民族としての表現を交えた作品を創作している人です。
 打ち合わせを兼ねて訪れたトロントで、先住民族のフェスティバルが開かれていて、そこで先住民族の素晴らしい文化に出会い大きな刺激を受けました。それまで、「東洋と西洋」という観点でアートの世界を見ていたのですが、もう一つ、「先住民族の世界」というのが、どこの国にもあるというのを実感しました。そこで共通するのは、「自然と共生する生き方」です。日本の「アイヌの世界」もその一つです。ですから公演タイトルも、それに沿った形にしました。
 公演の前に、それぞれの文化的な背景、歴史的な背景を理解してもらうようなレクチャー、翌日からはアーティスト同士のワークショップも行い、観客、アーティストを巻き込んで、相互理解を深められるような企画にするつもりです。それを基礎に、アイヌとインディアンのアーティストが、一つの作品を共同で作る方向へ持って行きたいと思っています。その作品を海外へ持って行ければいいですね…。

──今年は、横浜港が開港して150周年の記念の年にあたり、さまざまな記念イベントが企画されています。6月には横浜能楽堂の企画により「海を渡った能装束」が開催されるそうですが、内容を教えていただけますか。
 明治以降、江戸時代以前につくられた能面や能装束が海外に多数流出し、欧米の美術館、博物館に収蔵されているものも多数あります。ドイツ・ミュンヘンにあるレーンバッハ美術館にも能装束が残されていました。ここはビスマルクの時代に肖像画家として財を成した、レーンバッハという人の邸宅を美術館にしているところで、東洋美術の美術館ではないため、学芸員も能装束の価値をそれほど理解していなかったようです。それを、能装束研究家の山口さんが発見されました。その存在を聞いて、日本に持ち帰って修復し、展示するとともに、復元をつくって能公演をやろうと企画しました。
 装束の調査をしていくうちに面白いことがわかりました。当時の記録によると、オペレッタの『ミカド』の衣装として使われていたらしい。タイトルのために戦前は不敬に当たると、日本では上演できなかったとされている作品ですが、実は1887年に横浜の居留地で『卒業した三人の乙女』というタイトルで初演されているのです。それもあって、『ミカド』も上演しようということになりました。
 オペレッタは能楽堂ではなく、横浜開港50周年を記念して1917年に建築された横浜市開港記念館で公演します。横浜に残っている擬似西洋建築の代表的な建物で、逆にヨーロッパ文化に大きな影響を与えた「ジャポニズム」を反映したオペレッタをやるんですから、面白そうでしょ。
 ドイツでも展示を行う予定ですが、能装束は単なる消耗される衣装ではなく、それ自体が芸術品であり意味があることや、能の背景となっている社会的、歴史的なことについて理解してもらうきっかけになればいいと思っています。公演まではできませんが、ドイツの人たちにビデオを見せることができればいいですね。

──今後、どのような企画をやりたいとお考えですか。
 これからの企画を考えるキーワードが2つあって、「ソフトパワー」と「マルチカルチャリズム(多文化主義)」。
 「ソフトパワー」というのは、アメリカの駐日大使になる予定のジョセフ・ナイが提唱した国際政治における概念で、本来は国家が他の国へなり、国際社会において影響力を持とうとする時に、軍事力で代表される「ハードパワー」だけに頼るのではなく、芸術・文化に代表される「ソフトパワー」もが重要だ、といったものです。「芸術・文化には、世界さえも変える力がある」ということになります。
 芸術・文化は、貧困、環境、経済の活性化など現代社会が抱えるさまざまな問題に立ち向かうためのツールとなる可能性もあります。そういった諸問題の解決の糸口になるような企画をしていきたい。「アートのためのアートにお金を出してください」というだけでは説得力が弱い。これからは「アートでこういう問題も解決できます」ということも訴えていかなければならない。「アートには社会を変える力がある」ということを具体的な企画で見せたいと思っています。
 それから、これからの国際化社会において古典芸能・伝統芸能を通じた相互理解というのはとても有効だと実感しています。相手の国の文化を格好良いと思えれば価値観が180度変わるんですから。それが「マルチカルチャリズム」の意義です。
 その一環ですが、在日韓国人を始めとして中国、ブラジル、ベトナムなど日本国内に住むさまざまな文化を持った人たち自身による芸能も紹介したいと思っています。独自の芸能なり、アートなりができる人が日本国内にもたくさんいるはずです。その人たちを発掘していくつもりです。日本国内にも、「内なる多文化」が存在するんだ、ということを多くの人に再認識してもらうきっかけになれば、というところです。
 古典芸能・伝統芸能には、それぞれの国や民族の中で、長い間培われてきた芸の本質や精神性が芯としてあります。その芯を崩さない形でどうやって、インパクトのある形で提示できるか、そこが重要です。
 現代もののプロデュースと違うのは、伝統芸能は過去の蓄積があまりにも多いということ。そこから将来に可能性を見いだすこともできます。そのためにはきちんと枠をつくることのできる知識が必要ですが、基本的には、ミッションをつくり、コンセプトをつくり、それを実現するにはどうすればいいかシミュレーションできるというのがプロデューサーだと思います。
 
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