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Presenter Interview
Striving for regional development, Romania's Sibiu International Theatre Festival gathers participants from 70 countries
70カ国が集合、地域の発展を目指す ルーマニアのシビウ国際演劇祭
──ルーマニアにはシビウのほかに、ブカレストやクラオヴァなどの都市もありますが、ルーマニア全体でシビウの演劇というのはどういう位置付けになるのでしょうか?
 シビウは欧州文化首都にも指定され、ルーマニアで最も活発に活動する劇場があります。さらにルーマニアで最も素晴らしい屋外博物館、ブルケンタールなどもあります。そういう点から言えば、ルーマニアの文化リーダーとしての位置をもっていると言えます。さらに演劇面では周辺諸国にとってもリーダー的役割を果たしていると考えています。
 例えば、ラドゥ・スタンカ劇場は、今年だけで国際的なツアーを28予定しています。ブカレストには12の大きな劇場がありますが、それらを全部合わせても、これほどの数の海外ツアーを行ってはいないので、ラドゥ・スタンカがいかに頑張っているかお解りいただけるのではないかと思います。

──クラオヴァでは国際シェイクスピア・フェスティバルが開催されていますが、このフェスティバルとの関係は?
 このフェスティバルは2年ごとに行われています。シェイクスピアに特化したなかなか質の高いフェスティバルです。だいたい10〜15ステージを国内外から招聘しています。数は少ないですが、非常に重要なステージを選んで呼んでいます。ブカレストではこれ以外に、国内演劇祭が開催されています。ルーマニア全土から、その年の良い作品を集めています。5〜6ぐらいの海外のカンパニーを呼ぶこともあります。ほかにも小さなものも含めると、現代演劇に特化したもの、ルーマニアの劇作に特化したものなど、主要都市のほぼすべてでフェスティバルが開催されています。

──シビウの演劇祭では色々なルーマニアの劇団の芝居を観ましたが、私が個人的に感じたのは、俳優が非常に上手く、身体性が強く、さらに芝居の実験性が非常に強いということです。キリアックさんはルーマニアの演劇についてどのようにお考えですか?
 ルーマニアの演劇は、地理的に一種の交差点みたいな所に位置していまして、スタニスラフスキーに発するロシア演劇やドイツの表現主義の影響なども受けています。今日で言えばハイナー・ミュラーなどです。同時に、私たちの国はラテン民族ですので、身体表現に強いコンメディア・デッラルテのようなイタリアの影響なども受けています。こうした周辺からの影響もあって、ある意味で大変豊かな演劇状況をもっていると言えます。

──チャウシェスクの時代に、実験演劇的なものは禁止されていなかったのでしょうか? ほとんどの社会主義国では社会主義リアリズムが全盛だったと思いますが、ルーマニアは違ったのでしょうか?
 ポーランドでは、カントールのように共産主義体制下でもけっこう実験的なことは行われていました。ルーマニアにも、そういうポーランドの影響を受けた流れがありました。また、世界的に重要な演出家たちのスタイルを真似るような実験的な動きもありました。チャウシェスク時代には、一種の実験室のようにしていろいろなことを試みていました。しかし、当時の秘密警察は常にこうした動きに目を光らせていましたので、ちょっと危ない、特にイデオロギーに関わるものをやると、そういう運動のリーダーはだいたい国外に追放されました。数十、ひょっとしたら百を超える演出家、俳優が海外に出て行きました。例えば、アンドレイ・シェルバン(Andrei Serban)などはそういう時代に色々な試みをして目を付けられて、出て行った演出家のひとりです。

──最近の国際的な経済危機は演劇祭に影響を与えていないのですか?
 私の考えでは、今日の世界的な経済危機の根源は、相互の信頼、相互理解が不足していることにあると思っています。パートナーを信じられない、あるいは各国の機関、政府間の相互理解が上手くいっていない。そういう意味では金融危機よりも、そういう信頼関係が築かれていないことのほうがはるかに重大な問題だと思っています。金融危機はどうにかすれば必ず解決しますが、世界的な信頼関係の欠如のほうが危険だと思います。
 もちろん、今の経済危機はフェスティバルにも大きな影響を与えています。しかし、興味深く、そして皮肉なことですが、ひとつのビジョンをもっている組織あるいは人、さらには強力なパートナーをもっているグループは、普通の状況よりも危機の状況においてこそさらに素晴らしい成果を達成したりするものです。そういう意味で私は、否定的なものも含めて現れるさまざまな現象について、いかに自分たちがそれを活かしていくか、前向きに立ち向かっていくかだといます。お金が足りないと泣くのは一番簡単なことで、それでは何も始まりません。困難な時にこそ、それを逆手にとって積極的に動くことが重要です。
 もちろんルーマニア政府も危機ですから、国家予算をいかに適切に振り分けるかに腐心しています。こういう状況だからこそ、しっかりした提案をもっていったものにはしっかりした予算が付くし、実績も内容も無い提案は拒否されてしまう。外国に多くのパートナーたちの支持と協力があるプロジェクトであれば、例えば私たちの演劇祭のように予算を増額してもらえる。逆に、大きな成果もなく、特別な特徴がない演劇祭は、こういう状況では縮小される、あるいは中止されることになるのです。
 ちなみに、今、EUから資金を調達し、新しいプロジェクトとして、新劇場の建設計画を進めています。500席、300席、150席の3つのホールとそれぞれが同じ規模のリハーサルスペースをもつ大きな施設がつくられます。客席は自由に動かせるようになっていて、椅子の並べ方を変えると、1,500席の会議場としても使用できます。2つのエレガントなレストランと70人収容のミニホテルも併設する予定なので、ここで公演したい海外のカンパニーが宿泊することもできます。こういう施設があれば国際的な共同制作もやりやすくなりますし、新しい観光客も呼べるようになります。

──最後に。演劇は民主主義に貢献すると思われて演劇祭をやられているのだと感じましたが、この点についてどのようにお考えですか?
 先ほど文化を通じてひとつのコミュニティーが色々な分野で発展することができると言いましたが、欧州文化首都を準備した3年間について言いますと、ほぼ25年以上にわたってシビウに投資されたであろう金額と同じ額が、わずかこの3年弱の間に集中的に投資されたわけです。またこの期間中、大道芸などの重要なカンパニーを世界から招聘し、質の高い大衆演劇、大道芸や屋外演劇などを行い、できるだけ多くの市民に演劇を普及しようと務めました。無料の公演もずいぶんやりました。もし6万人が1日に演劇祭に参加するという大きさになれば、スポンサーも積極的に支援をしてくれますし、チケットもそれだけ安く提供できるようになるという相乗効果が生まれます。あるいは史跡など街のさまざまな場所で文化行事を組織することによって、一度も劇場に足を運んだことのないような人たちも演劇に親しむことができるようにしました。
 こうしたことによって「芸術の奇跡」を体験した人たちが増えていき、また、このシビウという街を自分の誇りに感じられる市民が増えていきました。15年ほど前、シビウに初めて足長の大道芸を呼んだ時には、おばあちゃんと小さい子どもは、「とんでもないものが現れた」と通りに伏せて十字架を切っていたのに(笑)、今ではそれをみんな自然に受け入れています。私がタクシーに乗ると、フェスティバルでいつも世話になっているから、と言ってお金を受け取ってもらえないこともあります(笑)。こうしたことはとても素晴らしいことで、(演劇祭を通じて)街全体が大きく変わり、民主主義の基盤が強化されている例だと思います。

──大変刺激的なお話しで、ありがとうございました。
 
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