The Japan Foundation
Performing Arts Network Japan
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プラディット・プラサートーン
プラディット・プラサートーン
(Pradit Prasartthong)

俳優、演出家/マカムポン劇団事務局長、芸術監督、プログラム・ディレクター/バンコク・シアター・ネットワーク事務局長








バンコク・シアター・ネットワーク×東京芸術劇場共同制作公演
『赤鬼』
『農業少女』

[日程]2009年11月19日〜23日
[会場]東京芸術劇場小ホール1・2
http://www.geigeki.jp/saiji_058.html




タイの演劇状況
(国際交流基金「文化交流基礎情報」より)
http://www.jpf.go.jp/j/about/survey/basic/thai/2-2-1.html

伝統舞踊
伝統舞踊(および伝統音楽)は、王立舞踊学校や国立大学の伝統舞踊学科等で、集中的に訓練が行われている。小学校にも伝統舞踊・音楽の時間が設けられており、伝統舞踊・音楽の素養は多くの国民がもっている。これら伝統舞踊・音楽は観光施設(レストラン等)で上演されることは多いものの、本格的な公演として上演される機会は少ない。
大衆喜劇であるリケエはお祭りや寺の行事に併せて頻繁に上演されているが、本格的な仮面劇コーンは年に数回しか上演されない。大衆喜劇リケエのスタイルは、テレビのバラエティ番組にも、形を変えて継承されている。
また、100年以上の歴史をもつタイの人形劇(ラコーン・フン・レック)は、現在、ジョールイス劇団の努力により、ルンピニナイトバザール内の専用劇場で定期的に上演されるようになった。タイ南部で有名な影絵芝居(ナン・ヤーイ)も細々とではあるが、次代に継承すべく、各劇団が工夫を凝らした上演を試みている。

現代演劇
商業ベースでは、近年、タイのトップスター等を起用したミュージカルが盛んである。小劇場系劇団による公演は観客の動員が難しいようである。劇場の数も限られているため、これらの劇団は、その都度、レストランの一角やビルの一室など場所に工夫を凝らして公演を行っているが、恒常的に活動していける劇団はほとんどないといってよい。
劇場をもつ劇団としては、パトラバディ劇場、モラドークマイ劇団(客席数80席程度)などが挙げられる。その他、B-Floorはフィジカルシアター的な舞台を目指し、劇団8×8は劇作家のニコン・セタンを中心に都会的な舞台を上演している。ピピット・ニミットクンを中心にかつて活発に活動していた劇団クレセント・ムーンは、同氏の脱退後、やや活動が少ない。
そのほか、劇団マカムポムや劇団マヤ・ボックス等は、教育機関や国際機関から助成を受けながら、地方の学校やコミュニティで現代演劇ワークショップを積極的に実施している。また、各大学演劇学科主催による公演も活発に行われている。特にチュラロンコン大学、タマサート大学、バンコク大学演劇学科による公演は観客も多く、レビュー記事が新聞に掲載されるなど、注目されている。
Presenter Interview
2009.10.28
Bangkok Theatre Network An organization sparked by a Thai version of Akaoni 
タイ版『赤鬼』が契機となったバンコク・シアター・ネットワーク 
タイでは、生活に根付いた伝統舞踊や人気のあるスターを起用した商業演劇が盛んであるのに対し、小劇団による現代演劇も数は限られているものの重要な活動を行っている。そうした劇団のリーダー格であり、積極的なコミュニティ活動を行っている劇団マカムポンの代表が演出家で俳優のプラディット・プラサートーン(Pradit Prasartthong)だ。野田秀樹がワークショップを行い、1997年に発表したタイ版『赤鬼』を契機に立ち上がったタイの演劇人による「バンコク・シアター・ネットワーク」や、マカムポンの活動について彼に聞いた。
(聞き手:千徳美穂[NPO法人メコンクラブ理事・事務局長]/2009年10月9日、バンコク市にて)


──まず、演劇との関わりを中心に自己紹介していただけますか。
 名前はプラディット・プラサートーンです(笑)。子どもの頃から、母親に連れられて頻繁に劇場に行き、よくタイの古典仮面舞踊劇のコーンを観ていました。それで、タイの伝統芸能に憧れを抱くようになり、スアングラーブ高校に進んでから、コーン以外にもタイの伝統音楽や演劇などを学ぶようになりました。
 僕がタマサート大学(1970年代に学生の民主化運動の拠点になったことで知られる大学)に進み、そこの社会学部で人類学を専攻しながら、演劇サークルで活動しました。僕が大学生だった1970年代後半から80年代にかけては、政治情勢がとても混乱していて、ラコーン・ガンムアン(政治劇)が盛んに行われていました。1973年の学生革命で勝ち取った文民政権が短命に終わり、軍部によるクーデターを経て再び軍事政権が始まっていたのです。その頃、政治家で、文学者・演劇人だったククリット・プラモート先生(1911〜95:1975〜76年に首相を務めたタイを代表する知識人のひとり。1990年福岡アジア文化賞創設特別賞受賞)と出会いました。私は、コーンの王子役と猿役の両方を自由に演じることができるのですが、それはプラモート先生が僕に猿役をやらせてくださったからです。コーンでは通常、身体的な特徴などから王子役、猿役、鬼役などの役に振り分けられ、その型を徹底的に練習するという役者の養成方法をとっているので他の役を演じることはないのですが、プラモート先生は学生の資質を見て自由に配役される人だったので、猿役をやらせてもらえたのです。私は、今でもタイの伝統音楽の演奏やコーンの演出のルールをよく破るのですが、きっとその影響があるのだと思います。

──1970年代の政治と演劇の関わりについて、もう少し詳しく聞かせてください。
 学生革命で彼らの力を知った軍事政権は市民や学生への締めつけを強化し、政府に反対した農民が誘拐されたり、殺されたりするケースもありました。そうした深刻な問題を取り上げることを考えたときに、ただ、人々に口で社会や政治の問題を伝えるよりも、演劇という形で取り上げるのが一番説得力がある。だから、私も自分で台本を書き、いろいろな公演をやりました。警察に逮捕されるかもしれない、反対勢力から襲われるかもしれないということもあり、とても怖かったのですが、とても充実していました。
 この頃から、ボランティアとしてマカムポンという劇団の活動に参加していました。マカムポンが取り上げる戯曲にとても感動したので、大学卒業後にここに入団しました。現在は、事務局長、芸術監督、プログラム・ディレクターを兼務しています。

──マカムポンの活動について紹介してください。
 マカムポンは政治への関心が強い集団です。元々は、社会的弱者、地方の人々などタイ国の庶民の声を反映した内容のお芝居をやっていましたが、私が入団した頃には、コミュニティと関わる活動をするようになっていました。特にコミュニティにおける教育との関わりが深くなっていました。現在のマカムポンの活動は4つの部門に分かれています。
1.コミュニティ・シアター部門
 草の根レベルの演劇公演を実施し、コミュニティや地方を啓発することを目的としています。つまり、コミュニティ活性化のための演劇活動です。このプロジェクトは、地方でも都市部でも実施しています。
2.演劇教育部門
 草の根レベルにおいて、教師と学生を対象に演劇を媒介とした活動を実施しています。学校外で行われる活動も含まれています。
3.公演部門
 これは私が責任者として直接担当している部門です。パフォーマンスを介して、社会や共同体のコミュニケーションを促そうとする活動です。
4.国際部門
 海外の演劇関係者との交流を深めるプロジェクトを実施する部門です。国内でのイベントも実施しますが、参加者はタイ国内からだけではなく、海外の演出家や役者たちも参加して、公演やワークショップの実践によってさまざまな交流を深めています。

──マカムポンはどのような組織になっていますか。
 マカムポンは1980年に設立され、2005年に財団化しました。5人の運営委員と10人のディレクターがいて、プロジェクトごとに20〜30人のスタッフもいます。運営委員には毎月決まった給料が支給されますが、プロジェクト・ディレクターやプロジェクト・スタッフは、プロジェクトベースの出来高制の報酬です。無報酬のボランティアもいます。
 
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