The Japan Foundation
Performing Arts Network Japan
Contents
Presenter Interview
Bangkok Theatre Network An organization sparked by a Thai version of Akaoni
タイ版『赤鬼』が契機となったバンコク・シアター・ネットワーク
「バンコク・シアター・フェスティバル2008」の様子
バンコク・シアター・フェスティバル2008
バンコク・シアター・フェスティバル2008
バンコク・シアター・フェスティバル2008
http://www.lakorn.org/home.htm
──今回の『赤鬼』『農業少女』は、今年のバンコク・シアター・フェスティバルのプログラムとしても上演されます。
 フェスティバルのハイライトになっています。フェスティバルで演劇人同士の交流を図ろうと考えていたので、2〜3年前まではバンランプーにある劇場スペースに会場を集約していました。最近は他の地域でも上演を行うようになり、『赤鬼』はバンコク市内にあるジム・トンプソン・ハウスで、『農業少女』はタイ文化センターで上演します。

──バンコク・シアター・フェスティバルについてもう少し詳しく教えてください。
 このフェスティバルは、2002年に「バンコク・シアター・シーズン」としてスタートし、翌年にバンコク・シアター・フェスティバルに改称しました。現在、フェスティバルのスポンサーとなっているのは、タイ健康増進財団(Thai health Promotion Foundation)、タイ文部省、バンコク都が主なスポンサーで、資金援助だけでなく、公演会場の提供や広報協力などでも支援してくれています。
 今年で8回目になりますが、活動の幅は相当広くなりました。現在、BTNに所属している劇団が3、4カ所の小劇場を運営しているので、そうしたなるべく小さなスペースを会場にして運営しています。このフェスティバルをきっかけに、私たちの劇団や活動を見てもらいたいと思っているからです。今年は50作品ほどが小さなスペースで上演される予定です。昨年は110作品あったので、50作品は多くはありません。フェスティバルに参加する場合は、1作品につき、野外公演500バーツ(約1,360円)、劇場公演1,000バーツ(約2,730円)、特別会場公演1,500バーツ(約4,090円)の参加費を払ってもらいます。さらに、チケット売上の10パーセントをBTNに寄付することを義務付けています。

──タイでの小劇団の運営の課題は何だと思いますか。
 職業アーティストが少ないというのが最も課題だと思います。マカムポンの俳優は職業としてフルタイムで稽古がやれますが、それ以外のほとんどの劇団の役者たちは、昼間は生計を立てるための仕事をして、終業後に夜稽古をするので、みんな疲れてしまう。ただし、今度行う『赤鬼』リケエ・バージョンでは、リケエの演技や特別な歌、踊り、音楽の技術が必要で、その人たちはパートタイムでしか劇団に来られない人たちだったので、稽古は仕事が終わってからの時間になりました。
 後は政府からの継続的な財政支援です。私たちが運営している劇場の重要性を認識してもらい、何とか維持費を支援してもらいたいと切望しています。今の政府と話し合ったところ、来年度から最低3年間の支援をしてもらえることがほぼ決まったので、それが継続することを期待しています。これが続けば、演劇のコンクールなども可能になり、タイの演劇界を発展させる起爆剤にもなるのではないでしょうか。もちろん公演の数を増やし、質の高い作品をつくるための制作費も必要ですが、何より劇場の維持が先決だと思っています。
 『農業少女』に関しては、タイ政府が非常に関心を示してくれました。というのは、日本人がタイの現代演劇に興味を示しているということが明らかになったからです。タイの現代演劇、しかも小劇団の演劇が、商品としての価値があり、海外に輸出することができるという証明になったのです。年間5作品を海外に輸出して上演することができたとすると、どれくらいの収入になるのかを政府の関係者に数字で示して彼らを説得することができました。タイにはもっと大きな劇場で上演されている人気のある商業演劇もたくさんありますが、それらの作品は海外に輸出されたことがないということも強調しておきました。
 いずれは『赤鬼』と『農業少女』を日本以外の海外にも輸出したいと思っています。2010年3月に、文部省の主催により海外に輸出できる作品を集めた演劇祭を開催する予定です。私としては、近年、海外公演を行ったタイの演劇作品から5〜10作品を選び、紹介するつもりでいます。そうすることで、一般の人がタイの演劇に対する関心と理解を示してくれると確信しています。12年前の『赤鬼』もタイの演劇界に大きな影響を与えましたが、今回の『赤鬼』と『農業少女』も、またタイ演劇界に新しい刺激を与えてくれたと思います。

──最後の質問ですが、あなたの夢は何ですか?
 今までたくさんたくさんの仕事をしてきたので、今死んでも思い残すことはない(笑)。10年前から私をいつも応援してくれていたポーラット先生が、最近私におっしゃいました。「プラディットさん、バンランプー地区(フェスティバルを開催している地区)に住んでいる子どもたちを見てご覧なさい。あの子たちはお芝居に囲まれて育ったおかげで、とうとう自分たちでも作品をつくるようになった。あなたたちは非常に重要な役目を果たしたのです。誇りに思いませんか?」と。10年前にはなかったフェスティバルがタイ人の子どもたちに夢を与えるようになったのです。
 バンコク・シアター・フェスティバルは、子どもたちがつくった作品を発表する場にもなっていて、ここで作品を発表することは自分が一人前の俳優あるいは演出家として認められることだ、という夢を子どもたちももつようになったのです。また、フェスティバルはおもしろい作品を国内外のプレゼンターに売り込む見本市としての役割も果たすようになってきました。
 将来、タイ国内にもっと劇場が増え、役者たちが自分の居場所をもてるようになり、政府が演劇の世界で活躍している人たちを援助する基金を設立し、演劇人が演劇で生活できるようになること、これが今の私の夢です。
 1998年、『赤鬼』のために日本へ行くビザを申請するとき、申請書の職業欄にどう書くのか、迷いました。その時に日本側のコーディネーターから「Artistですよ」と促されて、私はやっと職業欄に「Artist」と誇りをもって記入することができた。それがとても嬉しかったのを覚えています。商業演劇ではなく、人格を形成する演劇が、タイ社会で高く評価され、広く受け入れられ、認められるよう、これからも努力していきたいと思います。

──ありがとうございました。
 こちらこそ、ありがとうございました。
 
BACK
| 1 | 2 | 3 | 4 |
TOP