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Presenter Interview
Homeless and Artists Working Together  Streetwise Opera
ホームレスとアーティストが協働 ストリート・ワイズ・オペラ
横浜にぎわい座で開かれた、アーティストやワークショップリーダーとして活動している人々を対象にしたワークショップ(2009年9月3日)
ストリートワイズ・オペラ
ストリートワイズ・オペラ
撮影:大河内禎
──さて、少しあなた個人の話をうかがえればと思います。02年にSWOを設立する以前は、昼はプロの音楽ジャーナリスト、夜はホームレスのサポートワーカー、という二足のわらじの生活を続けていたと聞きました。
 そうです。ただ私は最初、医者になることを目指していました。でも医大に入るだけの成績を修めることができず、たまたま電話帳をめくっているときに芸術大学の存在を知り、そこの試験を受けて音楽を学び始めました。音楽とは医学よりも相性が合いました。大学卒業後はパリで数カ月、ユーロ・ディズニーランドの歌手として働いたりもしました。ただ自分がプロの歌い手としてキャリアを築けるとは思えなかったので、ロンドンに戻り、音楽雑誌の広告部で働き始めました。でも私はもちろん、もっと良い職に就きたいと思っていた。そこである日、ある仕事に履歴書をファックスしたわけですけど、それがどういうわけか私の働いていた会社の最上階、『Opera Now』の編集長のデスクに届いた。で、編集長がその履歴書をもって広告部まで降りてきて「アシスタントエディターになるか」といきなり訊ねてきたんです。これ、嘘みたいですが本当の話です(笑)。
 同時に私は、パリでもロンドンでもいつも路上生活者に興味を抱いていました。彼らの孤独から目が離せなかったんです。それで当時のルームメイトに「おまえはいつもホームレスの話をしているけれど、自分はそれについて何もしてないよな」と言われたことに触発されて、週1回、ヴィクトリア駅近くにある夜間保護施設でボランティアとして働き始めることにしました。それが96年頃ですね。後に私はサポートワーカーとしての訓練を受けて、昼は音楽ジャーナリスト、夜はサポートワーカーという、2つのプロフェッショナル仕事を掛け持ちするようになりました。
 でも徐々に私は、高尚なオペラの批評を書くことにあまり興味がもてなくなっていったんです。より社会のためになる活動に興味が傾いていったんですね。で、そんなときにある政治家が「ホームレスとは、オペラハウスから出てきた観客が跨いで歩かねばければならない人々のことだ」という暴言を放ち、それがホームレスセンターで大問題になりました。そのお陰で、私はSWOの着想をもつに至ったわけです。つまり、政治家の言う権力構図を逆転させて、ホームレスの人々でオペラをつくることも可能なんだということを示したくなったんです。それで、00年に試験的に子どものためのオペラ『リトルプリンス』を上演しました。結果は、劇場前に行列ができるほど大盛況。この成功を受けて、02年にSWOを自分ひとりで設立し、活動を継続していくことにしました。現在では、6人の正社員と2人の契約社員、そして30人のフリーランスのワークショップリーダーと共に働いています。

──SWOの雇用するワークショップリーダーは、オペラ歌手やピアニストなど、みなプロのアーティストたちです。なぜ一流のアーティストの手に、ホームレスの人たちを預けてみようと思ったのでしょうか。
 ホームレスの人たちの何が問題かと言うと、彼らはいつも最低レベルのものしか手に入れることができないということです。例えば洋服ひとつとっても、彼らはセンターに送られてくる古着しか入手できない。あるいは食事にしても、賞味期限が1日過ぎたサンドイッチを食べることになる。そこで僕は逆に、ワーストではなくベストなもの、英国屈指の一流アーティストを彼らに与えてみようと思ったんです。それだけでも彼らは、自分たちが特別に扱われていると思えるはずですし、それに、アーティストがワークショップを手がけることによって「その場で音楽をつくり上げていく」ということが初めて可能になる。だから私はワークショップリーダーを選ぶときは、とにかくできる限り最高のアーティストを選ぶようにしています。ワークショップリーダーとしての資質はあまり問いません。少しばかり外向的な性格をもっていればそれで十分です。

──ワークショップリーダーたちには9週間のトレーニング期間が設けられていると聞きました。
 9週間と言うより9回のセッションと言ったほうが正しいですね。まず最初の2回のセッションでは、ただ見ることに徹します。すでに訓練を終えた一人前のワークショップリーダーが取り仕切る現場を実地に見ることにより、ワークショップの全体像を理解するわけです。そして3回目からは、ワークショップの一部を担当するようになっていく。例えば「Run at the Chair Game」(牛歩の速度で歩く鬼は、部屋の中でひとつだけ空いている椅子に向かう。他の人たちは鬼が椅子に座ることを阻止するため、鬼の近くの椅子が空席になった場合はそこにダッシュして席を埋める。すると鬼は向きを変えて、別の空いた椅子めがけて牛歩を始める)だったり、「Night Fever」(参加者全員で輪をつくり、中央にひとり指示出しの人間が立つ。その彼/彼女が『サタデー・ナイト・フィーバー』の有名なポーズをはじめいくつかの特徴的な動きをする。それをまわりの参加者が真似る)だったり。そして週を追うごとに受け持つセクションを増やしていき、9週間後に独り立ちするわけです。ひとつひとつのゲームが有効であることは既に立証されているので、個々のパーツを覚え全体の流れさえつかんでしまえば、ワークショップを仕切ることはさほど難しくありません。むしろ難しいのは、参加者たちとどのような距離感を保つか。私自身、最初の頃はそのさじ加減が分からず、誰かれかまわず自分の携帯電話番号を与えたりしていました。でもそれはフェアじゃない。なぜなら私は全員と友達になることなどできないわけですから。しかも相手にしているのは、心が非常に傷ついた人たちですから、下手に友達のようにふるまうのは逆によくない。それが5年ほどの歳月の後にわかってからは、参加者との間にプロフェッショナルな境界線を設けられるようになりました。
 
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