The Japan Foundation
Performing Arts Network Japan
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Presenter Interview
Another aspect of Japanese theater communicated through posters
ポスターが伝えるもうひとつの日本演劇
──最近のポスター表現はどのような傾向になっていますか。
 90年代ぐらいからプロデュース公演が増えたために、出演者の集合写真のようなポスターやチラシばかりになっています。この俳優は何人集客できるとか、集客力のある俳優の所属事務所の力が大きくなって、デザイナーも記念撮影が仕事のようになっている。結局、チラシやポスターに写真をどう使えばいいかだけだから、表現としてどんどんつまらなくなる。グラフィックデザイナーの方も、試行錯誤の時代があったのだと思います。しかし2000年代に入ってから写真を使うのはマストですが、有名俳優のネームバリュー以上にその写真をデザインして、ポスター自体を上演作品に寄り添うように表現しインパクトのあるポスターをつくるデザイナーが何人か出てきました。河野真一や、マッチアンドカンパニーの町口覚、東學など、いい仕事をしています。少し希望は出てきました。

──いまでもジャパン・アヴァンギャルドのようなアートワークを行っているところはありますか。
 東京で言えば、唐さんの唐組や、麿赤兒さんの大駱駝艦などは、当時と同じ大判のB全サイズのポスターを製作しています。大阪の維新派は、あまりポスターはつくらないですが、チラシはいいですね。あそこの宣伝美術は、1997年から墨絵画家でグラフィック・デザイナーでもある東學さんが担当していますが、抜群にいいです。それと僕の独断と偏見で言うと、戯曲を書かないタイプの演出家はあまり宣伝美術にこだわらない傾向があるように思えます。これはアングラ演劇時代も同じで、例えば寺山さんや唐さんや佐藤信さんにはいいポスターが残っていますね。

──60年代にあれだけのポスター表現が花開き、アートワークとして高い評価を受けたのに、ポスターに対する社会的地位とか表現の場としての評価は高くならなかったのでしょうか。
 なりませんでしたね。それを変えたいとは思いますが、今は経済的な効果がすべてに優先してしまう。そうではなくて、ポスター1枚、チラシ1枚を見たことで演劇に出合ったり、人生が変わったりする可能性を復権したい。それは、僕自身が演劇で人生が変わった人間だから思うことかも知れませんが。

──ポスターを演劇として復権するためにはどうすればいいと思いますか。
 ひとつにはつくる側の意識改革だと思います。チラシもポスターも、ポスター貼りも丸投げで、どんどん仕事が細分化してひとつのものを一緒につくっていく感覚がなくなっている。ポスターハリス・カンパニーでは小劇団の仕事を受ける時にはみんなで街に貼りに行くほうがいいよと言いますし、初めは断っていたぐらいです。
 「偶然性の出会いを組織する」という寺山の言葉があるのですが、僕たちは本当に偶然であった人たちによって支えられているし、ポスターや演劇はまさにその「偶然性の出会いを組織する」ということだと思います。ロシア・アヴァンギャルドのポスター作家として有名なステンベルグ兄弟は、「ポスターには芸術表現の可能性を試せる無限のチャンスがあった。僕たちは街ゆく人が足を止めてくれるよう、できる限りのことをすべて行って1枚のポスターを完成させた」と言っていますが、演劇製作者やグラフィックデザイナーにはこの言葉を心に刻んでおいてほしいと思います。
 とはいうものの、60年代当時、みんながそう思っていたかどうか怪しいですが。劇団員たちはポスター貼りが面倒くさくて、案外、部屋に置きっぱなしにしていたかもしれない(笑)。
 
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