The Japan Foundation
Performing Arts Network Japan
Contents
Presenter Interview
The world of Samuel Miller, a leader in arts management in the U.S.
米アート・マネージメント界の雄 サミュエル・ミラーのすべて
──NEFAの主要目的は「舞台芸術」への援助なのでしょうか?
 舞台芸術に特化しているわけではありません。でも、全米国に「地域別助成財団」(New England Foundation for the Arts、Arts Midwest、Mid-America Arts Alliance、Mid Atlantic Arts Foundation、Southern Arts Federation、Western States Arts Federation。NEAの先導で、地域ごとの各州が集まって1970年半ばに設置された)が6カ所存在している理由は、「誰かがアーティストを─主に舞台芸術の公演を─州から州に移動させなければならない」というところにあります。ある州はその州のアーティストをよその州に送りたい、でもよその州ではそのことに予算は使いたくない。そこでNEFAは、各州が支援する国内の行き来やNEAが支援する海外との行き来などをサポートするわけです。
 こういうNEFAの使命と同時に90年代半ばのダンス助成の危機状況を鑑みて、「ナショナル・ダンス・プロジェクト」を立ち上げました。「コンテンポラリー・ダンスの新作委嘱とその米国内ツアーの支援」を主眼にしたこの事業によって、NEFAの輪郭は変わりましたよ。国も各地域財団もダンスの巡回を支援するプログラムを長年運営してはいましたが、多くの場合「公演を配給する」という側面をサポートするのみで、「新作をつくる」という部分と一体になっての支援ではありませんでした。その意味でナショナル・ダンス・プロジェクトは従来のプログラムの影響で生まれたものでありながら、それまでのものとは全く違う支援だった。そんなわけでこの事業はNEFAの中心的事業となりました。

──ミラーさんの個人的な興味と情熱がダンスだと知ると、ナショナル・ダンス・プロジェクトを立ち上げたことは不思議ではありません。でも計画段階で「なぜ特別にダンスだけなんだ?」という議論が、同僚や理事会から起こらなかったのですか?
 起こりましたね(笑)。確かにそれは問題にはなりましたが、当時は私の情熱と「必要とされているもの」が一致していたのです。たとえば、ニュー・イングランド地方には、フリン・アーツ・センターやダートマス大学付属のホプキンス・センター、あるいはウェスリアン大学などプレゼンターの多くが「ダンスに強い」という特徴があり、盛んに活動していました。彼らは地元に限らず他の地域のアーティストとも数多く付き合っていました。地域の内外だけでなく海外のアーティストに対してすら、コンテンポラリー・ダンスの新作を委嘱して上演する力がニュー・イングランドの文化構造の中にすでに備わっていたわけで、そこには潜在的な需要がありました。
 それから、ニュー・イングランドにとって大切な振付家の多くが各自独立した活動をしているだけで、成熟した組織・団体からのサポートを得ていないという課題もありました。彼らの作品を上演する劇場のプレゼンターは、上演の部分だけで恊働するのではなく、つくる部分でも恊働すべきだと思いました。NEFAでは、振付家と組織とのこういう踏み込んだ関係を確立したいと考えました。となれば、ダンスに必要なものは何か?ということになるわけで、「様々な地域や海外も含めたインターナショナルな文脈で往来を増やす。往来は多ければ多いほど良い」というのが私なりの回答でした。
 だからこそ、ニュー・イングランドがニュー・イングランドの目標を達成するためには、全米的視野に立つ必要があるのだということを説くことができたのです。全米的視野というのは「コンテンポラリー・ダンスをバーモント州からメイン州にツアーさせよう!」みたいな偏狭な発想ではなく、カリフォルニアから、ニューヨークから、あるいはフランスや日本からもカンパニーを連れてくる必要がある、というスタンスに立つということです。そもそもこういうことをするために設立されたのがNEFA(少なくとも私の見解では)だったはずですが、このスケールで実行に移されたことはそれまでありませんでしたから。
 ただし、我々は、ナショナル・ダンス・プロジェクトの効果を量と質の両方から裏付けて見せなければなりません。助成や支援の獲得には多くの競争者がいるということ、また助成や支援を施してくれた主への説明責任があるということ、これらのせいで、効果を説明できる状態にしておくということに対する我々の意識は非常に高いのです。

──「新作委嘱とそのツアーを促す」という事業は、ダンス専門ではありませんが、「ナショナル・パフォーマンス・ネットワーク(NPN)」がすでに20年近くも続けています。ナショナル・ダンス・プロジェクトの独自性は「スケール(規模)の大きさ」なのでしょうか? それとも「ダンスに特化」という部分なのでしょうか?
 私がナショナル・ダンス・プロジェクトをイメージすることができたのは、NPNが存在していたからです。NPNは、米国各地の中小規模のプレゼンターや組織のネットワークから成り立っていて、新作の舞台作品づくりを互いに助け合うという構造です。言い換えれば、ひとつの大テーブルを取り囲んで座る同じ立場の同僚たちの「互助機能」なわけです。それに対してナショナル・ダンス・プロジェクトはネットワークを前提としたものではない。小さなテーブルを用意してやって、ダンスに興味さえあれば大小いかなるプレゼンターでも立ち寄ることができるというあり方です。つまりナショナル・ダンス・プロジェクトは、私の中ではNPNを補完するものという位置づけになっています。①ダンスに焦点を定め、②プレゼンターに対して、アーティストのつくった作品を上演するだけでなく、作品づくりの段階から彼らを支援し奨励する、③できるだけ多くのプレゼンターの「継続支援」を奨励する、④わからない、採算が合わないといった理由でダンスに尻込みをする多くのプレゼンターのために、リスク・マネージメント面での手助けをする、⑤事例を固めて「こういうことがダンスに起こっています」と示す─というスタンスがナショナル・ダンス・プロジェクトであり、NPNとの違いです。
 ナショナル・ダンス・プロジェクトは、指導的立場にある全国の12のプレゼンターに監督的役割を担ってもらっています。彼らはダンス・カンパニーからの助成申請を審査し、他のプレゼンターとパートナーシップを組む習慣をもっている人々です。NEFAは彼らを支援し、さらにパートナーシップの輪が広まるようプロモートします。その努力によって100以上のプレゼンターを取り込んだとしたら、数年後には300を越えるかもしれません。このような数量規模から言ってもナショナル・ダンス・プロジェクトとNPNとは異なっていて、そういう意味からもお互いに補完しあっていると言えます。この2つは米国の舞台芸術のインフラにとって欠くべからざる存在であり、国際事業においても長く貢献してきています。

──プレゼンターには2種類あるように思います。ひとつは、作品づくりや作品発表においてアーティストにとって何がベストかをいつも考えている人。もうひとつは、アーティストを支持し、彼らのキャリアに気をくばるよりも「公共イベント」として提供する立場を保持したいと思っている人。
 確かに様々なタイプのプレゼンターがいますが、劇場で作品を上演する立場にいる限り、「どんな風にして作品を舞台に乗せるか?」ということに多かれ少なかれ気を配っているものです。そうした時に、演劇界と違ってダンスでは、自前の劇場で自演している人は非常に稀で、だから「つくる場所と上演する場所が同じ」ということがほんどない。そんな背景から言っても、公共イベントを提供するには、提供するだけではなく、作品がつくられる課程がそのままイベントに繋がるという意識をもったプレゼンターが必要となります。
 ジェイコブス・ピローで、リズ・トンプソンと共にマネージング・ディレクターとして働いていた時や、その後、彼女のポジションを引き継いでエグゼクティブ・ディレクターになった頃、ジェイコブス・ピローの資源は「上演」と「教育」を目的としたものでした。歴史的に言っても、そもそもジェイコブス・ピローは「フェスティバル」と「学校」でしたから。私は、その資源をシフトさせ、例えば既存のスタジオを活用し、宿泊施設を充実させることで、「生徒需要」ではなく「アーティスト需要」に切り替えて作品づくりのためのレジデンシーができるようにしました。さらに、所有地という資源を開発して「スタジオ・シアター」を建設しました。(設立以来の)ミッションを書き換える必要はなくて─時代に合わせてミッションを解釈し直せばいいんです。
 
BACK
| 1 | 2 | 3 | 4 |
NEXT
TOP