The Japan Foundation
Performing Arts Network Japan
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Presenter Interview
The world of Samuel Miller, a leader in arts management in the U.S.
米アート・マネージメント界の雄 サミュエル・ミラーのすべて
──プレゼンターは上演だけでなく作品づくりの段階から関わる形でダンスをサポートするという発想は、ピロボラスというダンス・カンパニーでの仕事から、ジェイコブス・ピローというダンス・プレゼンターでの仕事を経たご自身の経歴の中で、徐々に培われていったものですか?
 アーティストをどうサポートするか、どうやったら彼らの作品づくりを助けることができるかというテーマは、私が大昔から抱いていた関心です。でも、好きだったたくさんのアーティストは、専任のマネージャーなど抱えられる身分ではありませんでした。ピロボラスからジェイコブス・ピローへ移って嬉しかったのは、この仕事によって毎年30人余りのアーティストと様々な形で仕事ができたことです。ラルフ・レモンや、アルビン・エイリー・アメリカン・ダンス・シアターに戻る前のジュディス・ジャミソンとのように、アーティストとがっぷり四つに組んで仕事ができたこともありました。個別にマネージャーになるなどという非実用的な立場をとらずに複数のアーティストと長年仕事が続けられたのは、素晴らしいことでした。しかもそれが「ダンス」だったのですから(笑)。で、NEFAの仕事が舞い込んで来た時、「これをどうやったら続けられるか?」と考えた結果がナショナル・ダンス・プロジェクトでした。さらに一歩進んで振付家が良い作品をつくるのに必要なものは何か、その作品を全米の観客に観てもらうのに必要なものは何か、という課題をも扱った形になっています。

──NEFAからLINCに移籍されたのは、「アーティストの作品づくりに必要なサポートを供給する」という仕事から、「アーティストが最低限必要とする環境を整える」という仕事に移った、と言えるように思います。これは、貴方の興味が、「作品づくり」という部分から、もっとアーティストが社会で生きてゆくための根源的な課題に移行したということなのでしょうか?
 こういう仕事を始める人は、そもそも最初に何人かの特定のアーティストが好きで、「彼の作品は本当に素晴らしい。彼の力になりたい」とか思うわけです。で、その人のマネージャーになる。これが私にとってはピロボラスだった。でもジェイコブス・ピローに移ったら、好きな人だけではシーズン・プログラムをつくれない。もっと多くのアーティストと一緒に仕事をしないとなりません。ということはつまり、自分が真に好きなアーティストをサポートするためには、そのアーティストだけでなく他のアーティストも含めた多くが求める支援体制を敷き、彼ら全員のために観客開発をするという風に、もっとずっと大きな体制を整える必要があるということです。そうすることで、結果的には自分が真に好きなアーティストもその効果に浴することになります。
 NEFAに行っても同じです。つまり、自分の好きなアーティストに特権的に利用させるためにナショナル・ダンス・プロジェクトをつくるのではない。自分の好きなアーティストを含んだ多くの人々の情熱や需要や向上心のためにこのプログラムをつくったのです。つまり、ある人がその人の最も関心を寄せるアーティストにより良いことをやろうとすれば、すべきことがどんどん広がってゆくということです。じゃあ誰が何をするのか? ダンスを愛する人々全員がNEFAに勤めたりナショナル・ダンス・プロジェクトを運営したりするなんてことはなくて、ある人はマネージャーになるだろうし、ある人はプレゼンターになるでしょう。つまり、様々な役割の人々が必要なのです。
 さて、愛するアーティストをよく眺めてみると、あることに気づきます。彼らの直面しているいくつかの困難な問題は、そのアーティストの属する業界やジャンルに固有のものではなく、社会の枠組みそのものが彼らに制約を課しているということです。例えば、手頃な健康保険の不足、手頃な仕事場(スペース)の不足、個人へのサポートの不足や、芸術市場の小ささなどです。ダンス固有の問題ではありませんから、「よし、自分の愛する振付家のために健康保険を探しにゆくぞ!」なんてことは何の解決にもなりません。「自分の愛するアーティストも含む“すべての”アーティストが手頃な金額で健康保険を手にできるようにするには、どのように戦略を練ったらよいか?」と考えるのが解決への道です。
 こういう発想でできたのがLINCです。客観的に言って自分の才能は、パートナーシップを形成することと、資金調達をすることにある。この才能を使ってアーティストが直面している困難な環境に一石を投じて改善をもたらすには、自分の時間と才能をどこに向けたらよいかのだろう─そんな風に考える私のやり方の、LINCは最後のバージョンでした。NEFAのナショナル・ダンス・プロジェクトやその他の事業は、海外にすらまたがる事業でしたが、舞台芸術のアーティストとそのプレゼンターだけを対象としていました。それに対してLINCの事業は国内のことだけではありますが、200万人のアーティストに関する問題を扱うわけですから、対象人口はずっと大きいです。

──LINCの創設者はどなたですか?
 LINCを立ち上げたのはホリー・シッドフォード。ちょっと込み入っていますが、私はLINCの業務内容を草記した人間のひとりです。2003年、私がNEFAにいた時、LINCを立ち上げようとしていたホリーの仕事を調整しなさいということでフォード財団がNEFAに助成金を出してくれたという背景があります。まもなくホリーが一身上の理由でLINCから身を引こうと決めた時、LINC設立からずっと牽引役となって関わってきた私が彼女の後任となってLINCのトップを引き継ぐのが自然だったのです。

──NEFAにいらした時に比べると、LINCでの実績は一般の目には見えにくいのですけれど。
 NEFAはかれこれ40年近い団体で、私の就任の前も後も卓越した実績を重ねています。私が創った組織ではなく、ピロボラスやジェイコブス・ピロー同様、すでに存在している組織へ行ってすでに積み上げられたものの上にたって、次のレベルに導く、そういう楽しい仕事でした。一方LINCはまだたったの5年。全く違うものです。
 LINCは「存続は10年」という期間限定の組織です。「地方自治体や州地域や国等の行政機関とのパートナーシップを通じて、米国の個人のアーティストをとりまく環境を向上させる」という原則は、LINCが活動を終える10年の後も保持されてゆく。つまりLINCの成し遂げた実績は、外から見ればパートナー団体の実績として映るだけなのです。10年経った後にはLINCの機能はパートナー団体に分散され引き継がれていく、というのがシナリオです。
 LINCの目的は、①個人の芸術家に対する一般の認知度を高める、②個人の芸術家を社会に顕在させその存在価値を高める、③個人の芸術家をとりまく環境を改善する、というものです。LINCが成り立つまでのこの国の芸術インフラは、サービス・オーガニゼーションや助成プログラムなど「団体をサポートする」という方法に立脚していました。つまり、「団体をサポートすれば、それらの団体が個人をサポートするだろう」という発想だったわけです。個人のアーティストへの手助けというものが真に理解されているとは言えない状況でした。

──NEAが個人の芸術家への助成をストップしてからはますますその傾向になりましたね。
 その通り。そこでLINCでは、地方自治体の芸術課や州の文化局やコミュニティー財団といったところに対して、「もしもあなたの地域のアート・コミュニティーのために何かをするとして、そこに個人のアーティストにも支援が届くようにするにはどうするか?」というスタンスでの一連のプログラムを実行しました。今LINCは5年目を終えたところですが、州地域・州・市を取り混ぜて全米15カ所の行政団体と一緒に働きました。これらの地域では、社会におけるアーティストの存在が極めて変化し、価値を認められるとともにサポートも受けられる状況になっています。例えば、健康管理に関する情報管理の方法が変わり、アーティストへのケアーが盛り込まれるようになりましたし、アーティストへの理解が深まって低所得者住宅に関する一般住民の見識も変わりました。こういった変化は、他のコミュニティーにも波及していくでしょう。
 
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