The Japan Foundation
Performing Arts Network Japan
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Presenter Interview
The world of Samuel Miller, a leader in arts management in the U.S.
米アート・マネージメント界の雄 サミュエル・ミラーのすべて
──LINCの画期的なところは何なのでしょう? 例えばニューヨーク文化財団(NYFA)が設立されたのは40年も前ですが、これはニューヨーク州の芸術局が「個人のアーティストをサポートするために」という目的で設立し、個人のアーティストに対して助成金を出し、健康保険を出し、ローンを提供し、手頃な価格のスペースを供給したりしています。
 新規に別のオーガニゼーションをつくる、新規に個人のアーティスト用のプログラムをつくるといったような、別個のインフラを整備するのをやめよう、というのがLINCなんです。おっしゃるように、NYFAは個人のアーティストのアーティスト稼業を助ける多くのプログラムを敷いていますし、クリエイティブ・キャピタル、ユナイテッド・ステイツ・アーティスト、グッゲンハイム財団、マッカーサー財団、ハーブ・アルパート財団等々、個人アーティストを対象に支援や助成金を出すところは様々あり、どれもが大切なサポート機能として存在してきました。でも、存在しなかったものがありました。例えばワシントン州で、ベイエリアで、シカゴで、あるいはニューヨークで、その土地にある様々な行政機関が、その専門とする分野の範疇において、その土地のアーティストたちのニーズに応えようという動きは起きていなかった。つまり、ここでも再び「補完」なんですね。個人のアーティストが直接助成を得ようと互いに競争することの効果を認めつつ、同時に、健康管理やスペース、情報や学習といった諸問題を扱う既存の行政機構とパートナーシップを組んで、そこにアーティスト・サポートの視点を持ち込むことで環境改善を図るわけです。アーティストのニーズに応えるための戦略は、恒久的な組織を新設したりすることではなく、既存の機構・団体の行動様式に影響を与えることなんです。

──なるほど。つまり、LINCが首尾よく既存の機構や団体の中にアーティスト・サポートに繋がるものを仕込めれば、その後はLINCなしでもそのままサポートが続く。だからLINCは「10年だけ」の期間限定の組織として発足したというわけですね。
 その通り。2004年にLINCに移籍した時に、当時NEFAで働いていたジュディリー・リードをLINCに誘い込みました。10年期間の中間にさしかかった時、残りの5年は彼女に責任を託して大丈夫との思いに至り、自分は理事に退いて運営牽引はジュディリーに任せたいと理事会に申し出たのです。5年の間に私は私の仕事をしましたからね。つまり、昔からやってきたこと---パートナーシップを築き上げ、そのパートナーシップを維持するための資金を調達するという仕事です。今後の残り5年は、この下地の上にたって全体を完璧にしていけばいい。
 なぜこんな決心をしたかというと、その理由の一部は、もう一度ダンスに戻りたかったから(笑)、そしてインターナショナルな仕事に戻りたかったからです。LINCにいた時も、カンボジアと仕事をする方策をつくりましたし、また日本、オーストラリア、オランダといった国々を巻き込んだ「アーティストと国際社会」というプログラムも手がけました。けれどもLINCの主眼は国際事業ではなく、あくまで米国内のアーティストのニーズに取り組むこと。LINCのミッションを曖昧にするのは本望ではないですから、自分の本来の興味─ダンス、舞台芸術、そしてアジアを中心とした国際事業の世界に戻ってきたわけです。

──それは、ミラーさんがちょうど開始したばかりの「エイコ&コマ」のプロジェクトのことをおっしゃっているのですか?
 ウェスリアン大学とその他のパートナーと始めた「エイコ&コマ回顧」という3年計画のプロジェクトは、現在手がけているいくつもの仕事の中のひとつです。昨年の2月から11月にかけては、ダンスと演劇への助成戦略について、メロン財団のコンサルティングをしていました。面白い仕事でした。ウェスリアン大学とは、大学院の学科新設の仕事もしています。舞台芸術分野のキュレトリアルの実践指導をするための学科です。この国にはプレゼンターとダンスのキュレーターを育てる専門教育が必要ですからね。また、マサチューセッツ州のグレート・バーリントンというところにある劇場、マヘーウィ舞台芸術センターのために、新しい事業計画をつくっています。この11月にはインドネシア、カンボジア、日本を訪問しまして、実はこの3つの国にいる私の「歴代の仕事仲間」と一緒に、次なる交流プログラムを打ち立てるための出張でした。私にとっての主要な2つのアジア・プロジェクト─「カンボジア・アーティスト・プロジェクト」と「トライアングル・プロジェクト」の集大成をするつもりです。

──エイコ&コマのプロジェクトについて、説明してください。この米国在住の日本人アーティストの一大回顧プロジェクトのことを知っている人は、日本にはまだほとんどいませんから。
 これはエイコ&コマの業績を3年がかりで回顧しようという事業で、私がプロデュースしています。単なる米国内でのプロジェクトに終わらせずにどうアジアともシェアするかが、ひとつの課題です。エイコとコマは日本で生まれ育ちましたから、当然日本は中心的要素です。が、彼らは作品づくりと発表を日本の外で続けてきました。2人のアート活動の全容を眺めるこのプロジェクトを、どうやって若い世代の日本の人々とシェアするか? 日本訪問はその調査のためでした。

──エイコ&コマのプロジェクトは、同時に手がけてらっしゃるカンボジアやインドネシアのプロジェクトとも関連してくるのですか。
 確かに一部重なります。エイコ&コマは近年カンボジアで活動をしていますし、インドネシアでの活動はもう長年のことですからね。そんなわけでツアー的なものをという話をしていますが、ことはそんなに単純ではありません。レジデンシーの話もしており、例えばカンボジアやインドネシアでかつてエイコ&コマとコラボレーションをしたアーティストを日本に送ってレジデンシーをさせつつ、彼らの作品を日本のダンス・コミュニティーの人々とシェアしてもらおう、とか。私がやりたいなと思っていることのある種のモデルなんです。つまり国際交流基金やセゾン文化財団のような「歴代の仕事仲間」と一緒に、単純な日米の二国間交流ではなく、マルチなやり方でアーティストを交流させる。単なる公演事業ではなく、プロセスと文脈が大切なんです。すばらしい交流事業になると思いますよ。歴代の仕事仲間と一緒にやることで、単体事業ではなく、3年から5年をかけた一連の事業に仕立てることができると考えています。

──フリーランスになって、自由を得たことで、本来の興味と興味をもったアーティストに焦点を当てて活動できるようになったのですね。
 自由を得て、より過去の繋がりのことを考えます。ACCのラルフやJACCCのジェリーは、長期的な関係は知識と信頼関係を深めることで価値が増すのだと教えてくれました。築いた関係性を、単体の結果だけを求める短期のものにおとしめてしまうのは愚かなことです。自分は何をオファーできるのか、それは10年、20年、そして30年かけて見つけるべきことですから。

──お時間とたいへん興味深い話をありがとうございました。
 
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