The Japan Foundation
Performing Arts Network Japan
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チョ・ソンジュ
Profile
チョ・ソンジュ氏
Ms. Joh Seong-joo

LIGアートホール/LIG文化財団芸術監督
梨花女子大学体育学科を1988年に卒業後、キム・ヒョンジャ・チュム・アカデミーに入所し90年に修了。その後、中央大学芸術大学公演映像学科で演出を学び2009年に修了。90年、初の振付け作品を発表以降、コンテンポラリーダンスの振付家・ダンサーとして旺盛な創作活動を展開する。プリ・ダンスシアター、ダンスシアターオンの団員として活動後、97年にダンスカンパニー「チョバク」を結成し、共同代表として独自の作品を数々発表。カンパニーを離れた後、演劇やミュージカルの振付家として活動するとともに、ミュージカル台本も手がけている。アーティストとしての活動のほかにも、コリア・ダンス・インターナショナルイベント(95年)やSIDance(98年)の事務局長を担当し、企画制作の経験を積み重ねる。中央大学芸術大学演劇学科兼任教師、劇団トゥル常任振付家を経て、06年からLIGアートホールに勤務し、芸術への情熱とその多様性に対する好奇心をエネルギーに芸術支援のための非営利劇場運営に力を傾けている。
LIGアートホール
ソウル特別市江南区駅三洞649-11 LIGタワー
Tel: +82-2-6900-3900
Fax: +82-505-136-9107
ligarthall[a]lig.co.kr
http://www.ligarthall.com/
LIGアートホール
LIGアートホール劇場内部


LIGアートホール釜山
釜山広域市東区凡一洞830-30 LIG損害保険釜山ビル
Tel: +82-51-661-8701
LIGアートホール釜山
LIGアートホール釜山スタジオ
"Choom.Shin Project (dance spirit project)"
(2011, LIG Art Hall)
Choreographed by Young-cool PARK
Photo by Woon-shik LEE
Choom.Shin Project
"Six mannequins"
(2011, LIG Art Hall)
Musician Dalparan, Byung-jun KWON
Photo by Woon-shik LEE
Six mannequins
"Personas"
(2009, LIG Art Hall)
Script & directed by Hwa-jung KANG
Photo by Woon-shik LEE
Personas
"con.act"
(2012, LIG Art Hall / Busan)
Open studio program by digital media artist Yong-jun PARK
Photo by Sang-hyub KIM
con.act
"Promenade"
(2009, LIG Art Hall)
Choreographed by Young-doo JUNG
Photo by Woon-shik LEE
con.act
Presenter Interview
2012.7.9
Republic of Korea’s LIG Art Hall  A hub for contemporary performance 
コンテンポラリー・パフォーマンスの拠点 韓国のLIGアートホール 
大企業やIT企業の入居する高層ビルが建ち並び、若者の高級文化発信地として賑わう南江に2006年に誕生した韓国コンテンポラリー・パフォーマンスの拠点「LIGアートホール/ソウル」。LIG傷害保険会社が新社屋に併設したメセナ劇場であり、2011年には韓国第2の都市・釜山にもLIGアートホール/釜山をオープンするなど、その動向に注目が集まっている。LIGアートホールの運営とプログラムづくりを行っているのが、ダンサー、振付家として活躍し、マネージメントに転身した統括アーティスティック・ディレクターのチョ・ソンジュである。韓国で初めて「コンテンポラリー」に特化した劇場として注目されるLIGアートホールについて聞いた。
[聞き手:木村典子(舞台芸術コーディネーター・翻訳者、在ソウル)]
写真提供:LIGアートホール

──ソンジュさんは、現在、LIGアートホールのアーティスティック・ディレクターとして劇場運営を含む企画制作業務をトータルにディレクションされていますが、元はダンサー・振付家として活躍されていました。まずはアーティストとしての経験から伺いたいと思います。ダンスを始めたきかっけから教えてください。
 幼い頃からダンサーになりたいと思っていて、梨花女子大学体育学科舞踊科に入学しました。舞踊学科もあってそちらのほうが有名なのですが、両親のアドバイスもあり、卒業後は教師の道も選択できる体育学科に進みました。

──体育学科のご出身なんですね。舞踊学科とはどのような違いがあるのでしょうか。
 体育学科は理論教育が中心で、舞踏学科は実技教育が中心です。なので、在学中は学校外で舞踊のトレーニングを受け、公演にも参加していました。1988年、大学卒業と同時にプロのダンサーとしてデビューし、国立舞踊団団長もなさったキム・ヒョンジャ先生が主催する「チュム(舞)・アカデミー」に入所しました。このアカデミーは当時ダンサーを後援するインキュベーター的な役割を担っており、私も1年半ここで勉強し、90年に振付家としてもデビューしました。

──韓国には多くの大学に舞踊学科があり、出身校の繋がりがとても強いように見えます。個人で活動するのは大変ではありませんでしたか?
 むしろ自由な活動ができるので、私にとっては良かったと思っています。その頃、独立舞踊家といわれるダンサーや振付家が少しずつ出てきていたので、私も現代舞踊のカン・ソンウォン先生、現在国立現代舞踊団の芸術監督をなさっているホン・スンヨプ先生など、その先駆けとなった方々の公演に参加させていただきましたし、またジャンルを越えて多くのアーティストとも出会えました。

──ご自身が立ち上げたダンスカンパニー「チョバク」の作品は、身体性の強さとともに演劇的な構成がとても斬新でした。
 97年にインディペンデントな活動をしていた同期たちと立ち上げたのが、ダンスカンパニー「チョバク」です。私は2000年までダンサー、振付家として参加しました。カンパニー自体は2003年に解散しています。その後、演劇やミュージカル、オペラの振付家として仕事をしていましたが、舞踊界から少し離れていたので「チョ・ソンジュはどうしたんだ?」と噂も多かったようです。

──アーティストから劇場のアーティスティック・ディレクターへと転身なされたわけですが、契機はあったのでしょうか。
 2006年のLIGアートホール開館時に、オープン記念公演を振り付けする機会を得て、『雨…風…』を発表しました。この時点でまだアーティスティック・ディレクターの席が空席になっており、本人が了承するかどうかはわからないけれど提案をしてはどうかと、私を推薦してくださる方々がいらっしゃったそうです。私自身カンパニーを運営していましたから、上演のメカニズムや制作の仕事に関して少しは知っていましたし、95年に「コリア・インターナショナル・ダンスイベント」で事務局の仕事をしたり、98年の第1回SIDance(ソウル世界舞踊祝祭)では英語ができたものですから海外パートを担当しながら事務局次長をしたこともあります。ファンディング以外の企画制作業務を経験していたので推薦されたのだと思います。『雨…風…』の稽古をしている時にこのお話があり、引き受けました。

──迷いはありませんでしたか?
 この時、30代後半だったのですが、もう2、3歳若かったらお断りしていたと思います。舞台芸術の世界でいろいろな経験を積み重ねていましたし、劇場を自分の力で作り上げてみたいという欲求を感じて決断しました。

──アーティスティック・ディレクターになってからもアーティストとして活動はなさっているのですか?
 スタッフもそれほど多い劇場ではありませんし、アーティストを支援する立場の私が支援を受けて作品づくりをするわけにもいきませんので、今は人生のすべてをかけてこの仕事に打ち込もうと思っています。今も頭の中では自分のプロジェクトをあれこれ考えます。でも、それはアーティストとしてではなく、ディレクターあるいはプロデューサーとして今後発表されていくのではないかと思います。

──LIGアートセンターはコンテンポラリーダンスを中心とする劇場としてスタートしましたが、設立経緯と運営についてお聞かせください。
 オープン当時はコンテンポラリーダンス専用劇場を掲げていましたが、現在は“コンテンポラリー”をコンセプトに、ダンスが全体の20%、音楽が40%、残りがジャンルの混在したマルチメディア的なプログラムとなっています。
 LG火災という企業が98年から持続的に若いアーティストを対象とした支援を行っていたのですが、2006年にLIG傷害保険へと企業変更がなされ、新社屋を建設することになりました。前理事長が文化芸術に造詣の深い方で個人的にもアーティストをずいぶん支援していたのですが、新社屋の設計図を見て、講堂にするはずだった空間を小劇場と付随施設として多目的リハーサル室を作ると決断したそうです。
 06年8月に劇場がオープンしましたが、当時、運営はLIG損害保険の広報部で行っていました。ですから、私も損害保険会社のいち社員という立場でした。数年間そうして運営しましたが、劇場というハードだけでは公的な機能や価値に限界があると判断し、09年4月にLIG文化財団を発足させ、今は独立した非営利団体として運営しています。
 LIG文化財団は、アートと社会を繋ぐプラットホームとして舞台芸術の多様な形式と価値を広く社会に伝え、若いアーティストの創作、交流、教育、そして公演活動を支援することを目的に活動しています。具体的には、劇場運営を通じた公演製作支援、創作空間支援、芸術教育支援、国際交流支援に分類されます。公演製作支援では若いアーティストの研究、創作、公演活動を総括的に支援していますし、創作空間支援では稽古と公演のための空間を提供、芸術教育支援では専門家はもちろん一般人も含めた講座やアートコミュニケーションプログラムの実施、国際交流支援ではグローバル創作活動を支援するとともに海外とのネットワークも構築しアーティストに交流の機会をつくるようにしています。

──財団の経済面はすべてLIG損害保険で担っているのですか。
 財団発足前はそうでしたが、現在はLIG損害保険、ポータルサイト企業の(株)ダウンコミュニケーション、LIG投資証券などの寄付金で運営されています。韓国の企業メセナの代表的な事例といってもいいと思います。

──劇場の年間予算は?
 毎年増加していますが、昨年は釜山にも劇場をオープンしたので35億ウォン(約2億6千万円)でした。このうち40%がプログラム運営費です。

──どのようなプログラムを実施しているのですか。
 年間プログラムは25本ほどですが、単純な自主企画公演ではなく、アーティスト中心のレジデンスプログラムを基本に公演のラインナップをつくっているのがLIGアートホールの大きな特徴になっています。
 レジデンスプログラムは、国内の中堅アーティストを対象とした2年間の「レジデンスL」、毎年新たに構成される若いアーティストコミュニティーYAC(Young Artists Club)が独自運営する研究と公演活動を支援する「レジデンスI」、国内外のアーティストが2〜3カ月共同作業しショーケースを発表する「レジデンスG」に分かれています。
 「レジデンスL」は毎年3名のアーティストを選抜していますが、2012〜2013シーズンはクラブ界では伝説の作曲家チェ・スファン、舞台上での現在性を追及する演出家キム・チョルスン、次世代のダンサーとして注目される振付家リュ・ジャンホンです。このプログラムは2年間アーティストが何をしたいのかを徹底的に話し合い、アーティスト本人の望む支援を個別に行っています。サウンドアーティストの事例ですが、2年間ワークショップや試演会を開き、CDを製作したいというので、劇場でありながらも最終結果物としてCDを製作したこともあります。ダンスや演劇の場合、稽古場がなければ稽古空間を提供しますし、スタッフが不在なら劇場スタッフが稽古からともに参加しアーティストの望む舞台や照明をどうすれば実現できるか検討を重ねレベルの高いテクニカルスキルを提供します。
 このようなレジデンスの成果物をベースにして、「現代芸術プログラム」「音楽プログラム」「子ども・家族・会社員のためのプログラム」とシリーズ化しながら毎年自主企画公演のラインナップを組んでいます。
 LIGアートホールと文化財団のもっとも大きな成果は、「企業がバックアップする劇場で非主流のインディペンデント的なプログラムによる運営が可能なのか」とよく問われる点にあると思います。企業というのは企業自身の大衆へのアピールや宣伝効果を求めるものという固定観念を壊し、企業メセナのまた異なる事例を提示したことに大きな成果を感じています。

──2011年には釜山にも劇場をオープンさせましたが、設立経緯とソウルの劇場との違いをお聞かせください。
 LIG損害保険・釜山の社屋を改築するにあたり、前理事長が多目的スペースを作ることを提案し、2011年春にオープンしました。施設はブラックボックス型の多目的ホール(158〜305席)と多目的スタジオ2つです。
 釜山を中心とする慶尚南道地域は潜在的にはアーティストに恵まれながらも、劇場や助成といった面では脆弱です。LIGアートホールがその一端を担えればと思っています。ただ、LIG文化財団としては、ソウルは正式な劇場として運営していますが、釜山についてはあくまでも多目的ホールであり、現段階では公演場として正式に運営する計画はありません。
 昨年は、まず個性的で実験的な作品を紹介し、観客との出会いの場を作るとともに、釜山地域のアーティストとの交流の場をもちました。また、若いアーティストの創作支援プログラムを試験的に行い、釜山独自の支援体制をどのように構築していくのかを模索しています。このようなアーティスト中心のプログラムとともに、地元に根ざした教育プログラム、セミナーや展示、子どもや家族対象のプログラムも充実させ、文化状況と観客層を段階的にアップさせていければと思っています。ただ、釜山地域でコンテンポラリーなコンテンツを多様化させ、観客を開発していくにはかなり時間がかかるでしょうし、若いアーティストへの支援もしっかりとした戦略のもとで実施していく必要があるでしょうね。

──釜山では若いアーティストへの支援は具体的にはどのように行っているのですか。
 今年3月にWorld Wide Wavers 2012『true/本当のこと』『con.act』というプロジェクトを実施しました。このプログラムはテクノロジーを導入した作品づくりを試みるもので、まず山口情報芸術センター(YCAM)のレジデンシープログラムを通じて作られたメディア技術を表現に積極的に取り入れて身体との新たな関係を追及した日本のダンス作品『true/本当のこと』を招聘公演しました。ダンサーの身体にセンサーを取り付け、舞台演出に関わる振動子、映像、音響、LED照明などをデジタル制御し、身体と技術とが呼応することで独自の表現と舞台を生み出した作品です。白井剛さん、川口隆夫さんの2名をパフォーマーに照明の藤本隆行さんなど第一線で活躍するアーティストやエンジニア10名が参加しています。
 そして韓国側は、メディアアーティストのヤン・ヨンジュン、ナム・サンウォン、そして振付家のキム・ジョンウンが、ゲシュタルト心理学の関係認識をベースに、抽象・現実・図形を道具として関係というテーマを追求する『con.act』というプロジェクトを実施しました。これは公演というより、メディア、サウンド、ダンサーの動きが互いにどのように相互作用し、ひとつひとつの場面を構築していくのかを模索する過程をそのまま観客に見せるものです。
 釜山にはホールのほか多目的スタジオがあるので、このようなエクスペリメンタルな試みも可能ですし、これらをソウルと繋げて公演作品へと完成させていくこともできます。

──釜山の文化状況をどのようにみていますか。
 先ほどもお話しましたが、潜在的にはアーティストに恵まれながらも、劇場や助成といった面では脆弱ですし、観客層も厚くはありません。
 釜山の代表的な若手公演団体にファットブリッジがあります。この団体は劇団ではなく、プロデューサーシステムで公演を行っています。5年の活動期間中、『A LOVE SONG』『ぶさいくでごめんなさい』『狂わなければ』などで大衆的な人気を得て脚光を浴びています。ソウルもそうですが、釜山も劇団システムが強く、劇団代表が作・演出を兼ねる場合が多いのですが、ファットブリッジは作品選びから公演まですべてを製作指揮者が担当する団体です。韓国では商業演劇以外はこのようなシステムで公演されることがさほど多くないのですが、釜山でこうして活動している演劇人もいます。

──山口情報芸術センターのお話が出ましたが、国際交流プログラムはどのようにお考えですか。
 ひとつは、国内外のアーティストが2〜3カ月共同作業しショーケースを発表する「レジデンスG」というプログラムがあります。これは公募ではなく、私たちがアーティスト同士を繋げることもありますし、アーティストからの提案を受けて、単発的に実施されています。これは公演だけに限らずワークショップやセミナーなど、アーティストの意向に沿ってプロジェクトを組んでいます。
 また、国際共同製作として一昨年はパパ・タラフマラとプロジェクトを組みましたし、今年はオーストラリア、来年はイタリアのアーティストとのプログラムを予定しています。
 これら国際交流プログラムは公演だけが目的ではないので、アーティストをはじめとするマニア層が多く来ますが、アーティストにインスピレーションを与えたり、互いに影響を受け合うなど、一般的な国際交流とはまた違う成果をあげています。
 そのほか、東京(青山円形劇場)、モントリオール(タンジャン)、そしてソウル(LIGアートホール)の3都市で先進的で実験的なダンスを発信している劇場がパートナーシップを結び、共同キュレーションという形で多様なコンテンポラリーダンスの一面を見せる「DANCE-X/Tokyo-Seoul-Montreal」というプロジェクトを08年から行っています。これまでは3都市のツアー公演が基本でしたが、2013年からは1週間のレジデンスを各国で実施し、アーティスト間の交流を強化する予定です。

──最近、国内でも劇場あるいはレジデンス施設間の交流と協働事業が始まっていると聞きました。
 以前からアーティストを支援できるものが機関や施設ごとに異なり、それぞれ特徴もあるし、予算の限界もあり、それを繋ぐことはできないだろうかと考えていました。あるところはお金を、あるところは創造環境を、あるところは発表の場をと、支援するために出来ることが違うんです。最近、ソウルを中心に公共のレジデンス施設も増加しています。そこである集まりでこの話をしたところ、関心をもつ人たちがいました。そこで、現在試験的に協働プロジェクトを始めています。
 毎年のように日本でもワークショップを行い、公演に参加しているダンサーのチョン・ヨンドゥさんの場合は、釜山でレジデンスをしながら作品づくりをし、ソウルの民間劇場LGアートセンターで公演しました。LGアートセンターは同じ企業メセナで運営されている劇場ですが、私たちは創作空間と環境を、LGアートセンターは製作費と劇場を支援することで作品が生れました。また、国内外の美術家の創作と研究を支援することを目的に09年安山市に設立された京畿創作センターとは、シンクロナイズドプロジェクトとして映像作家のキム・テウンさんとダンスを専門に撮っている写真作家のチェ・ヨンモさんを中心にダンサーも加え、作品をつくる準備をしています。先日、京畿創作センターで機材を設置して実験を行いました。どのようなコラボレーションが可能なのか、その方法を開発研究するためのものですが、京畿アートセンターはこのような開発研究の場を提供し、私たちは今年9月に成果を釜山で公演するという協働事業です。このような協働がいいのは、互いに人力をセーブできますし、両者が知っているアーティストを共有できる点ですね。

──ソンジュさんのお話を聞いていると、アーティストに対しても、他機関に対しても、オープンな包容力を感じます。
 LIGアートホールはプラットホームだと考えていますし、私たちの意義は“育てる”ことにあると思っています。公演やワークショップ、レジデンスなど、私たちのプログラムを通じて様々なアーティストや人々が出会い、その出会いをまた別の形で発展させ広がっていってくれればと願っています。

──最後にやはりダンスについてお聞きしたいと思います。韓国のダンス界の現在は?
 ダンス界から離れていますから、お話できる立場ではないと思うのですが、テクニックや身体といった点ではとてもレベルが高いと感じます。ただ、多様性がまだ不足しています。この多様性を提案し、生み出す支援を行うのが、私の仕事でもあります。

──ソウルと釜山を行き来しながらお忙しいのに、今日はありがとうございました。
 
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