The Japan Foundation
Performing Arts Network Japan
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カディジャ・エル・ベナウィ
Profile
カディジャ・エル・ベナウィ氏
Ms. Khadija El Bennauoi

1974年生まれ。モロッコ Ibn Zohr大学卒業後、舞台女優として活動。その後フランスに渡り、パリ第8大学でヨーロッパの文化政策やマネジメントを学び、フリーランスのコンサルタント兼コーディネーターとして、アフリカやアラブ文化圏に関わるプロジェクトに参加。現在、ブリュッセルを拠点に、「Art Moves Africa」や「Young Arab Theatre Fund」のコーディネーターとして、アフリカやアラブ文化圏のアーティストやアーツアドミニストレーターのネットワークの拡大を促進するプロジェクトを手掛ける。
Young Arab Theatre Fund
http://www.yatfund.org/
Young Arab Theatre Fund
Presenter Interview
2012.12.7
The new network connecting the 
Arabic cultural sphere to the world 
アラブ文化圏を世界に繋ぐ 新たなネットワークとは? 
近年、日本においても少しずつ紹介される機会が増えてきたアラブ文化圏の舞台芸術。しかし、その状況についてはほとんど知られていない。アラブ文化圏の若手アーティストを支援する「Young Arab Theatre Fund」やアフリカのアーティスト等の地域間交流を支援する「Art Moves Africa」でコーディネーターを務めるカディジャ・エル・ベナウィ氏に、「アラブの春」の影響を含めて現状を聞いた。
聞き手:藤井慎太郎[早稲田大学文学学術院教授]

──まず、カディジャさんの経歴についてお聞かせください。
 私はモロッコ南部のアガディールで生まれました。モロッコの中でも、独自の言語と文化を有するベルベル人が多い地域です。その歴史は、北アフリカがアラビア語化される前に遡る古いものです。ちなみにベルベル語は、「アラブの春」の動きを受けて、2011年にアラビア語、フランス語と並ぶモロッコの公用語として認められるようになりました。
 モロッコの大学で学士号を取得した後に、パリに渡ってパリ第8大学欧州研究所でアーツ・マネージメントを学びました。在学中から現場に飛び込んで仕事を始め、2005年から「Young Arab Theatre Fund」にスタッフとして加わりました。そのなかで「Art Moves Africa」というモビリティ・ファンド(注:人の移動と交流を支援するために設けられる旅費の助成制度)の立ち上げにも関わり、現在もその責任者を務めています。

──日本においては、2004年から2007年まで東京国際芸術祭(TIF フェスティバル/トーキョーの前身)が、国際交流基金との共催によって「中東シリーズ」を企画し、レバノンのラビア・ムルエ(Rabih Mroué)を筆頭に、パレスチナのアルカサバ・シアター(Al-Kasaba Theatre)、チュニジアのファーデル・ジャイビ(Fadhel Jaïbi)など、中東で活躍する代表的なアーティストを招聘しました。その後も着実に交流が続いており、この秋はダンストリエンナーレトーキョーにおいてアルジェリア出身のナセラ・ベラザ(Nacela Belaza)、フェスティバル/トーキョーにおいてイランのアミール・レザ・コヘスタニ(Amir Reza Koohestani)ら公演しました。中東地域で優れた芸術家が育っていることを実感します。
 とはいうものの、日本において、こうした中東地域、あるいはアラブ世界のことがよく知られているとは言えません。アラブ世界と一言に言っても、極めて広大な領域に及びます。アラビア語が地域の統一性の鍵になっていると思いますが、その地域的差異も大きいと聞きます。アラブ文化圏の舞台芸術についておうかがいする前に、アラブ世界をどうとらえればいいか、もう少し詳しく教えていただけないでしょうか。

 まず、アラブ世界はマグリブ(西方:モロッコ、アルジェリア、チュニジアを主に指す)とマシュリク(東方:リビア・エジプト以東の地域)に大きく分けられます。言語を例に取ると、マグリブ諸国では、アラビア語、ベルベル語、フランス語、スペイン語などが混じり合った言語ダリジャを用いています。これはマシュリク諸国で話されているアラビア語とは大きく異なります。マグリブとマシュリクの人間が出会った時、どの言語が用いられるかというと、実は英語が共通語になることが多いです。書き言葉としての古典アラビア語はみんな理解できるので、アラブ世界の人間にとってそれが強い絆になっていますが、話し言葉は地域などによって異なっています。また、マグリブはフランスの植民地であった歴史から、フランス語が広く用いられていますが、マシュリクはレバノンを例外として、フランス語は通じないため、英語が共通言語として用いられることになるわけです。ただし、エジプト映画はモロッコやアルジェリアでも大変人気があるので、エジプト人が用いるアラビア語はマグリブの人間にも理解できます。ちなみに、カタールの衛星テレビ局アル・ジャジーラも、アラブ世界にとっては極めて重要な存在になっています。
 こうしたアラブ諸国間はさまざまな理由から自由に交流することができなくなっています。例えば、私がよく知っているモロッコは、現在、アルジェリアとの国境が閉鎖されています。両国の往来にビザは必要ありませんが、西サハラ問題(注:かつてのスペインの植民地で、大部分を実効支配するモロッコと独立勢力を支援するアルジェリアとの間で対立が続いている)のために、国境が閉鎖されてしまったのです。それで、安価な陸路によって往来していたアーティストたちは、高価な空路を使わざるを得なくなり、交流に支障が出ています。
 このように、アラブ諸国間ではモビリティに大きな問題を抱えていますが、それに対して政府レベルでは見るべき動きがなくて、我々のようなインディペンデント・セクターにいる人間だけがそうした状況を打破しようと努めているのが現状です。そうしたモビリティを支援するために「Art Moves Africa」を設立したのですが、マグリブとマシュリクの間、あるいは北アフリカとサハラ以南のアフリカの間については申請自体が少ない状況です。
 マグリブにとっては、アルジェやカサブランカ、チュニスより、かつての宗主国であるフランスとの関係が今でも続いています。貿易や投資を介した経済の領域に特に顕著ですが、文化の領域でも強固な結び付きがあります。例えばモロッコ人の多くはフランス語を流暢に操りますし、日常的にもアラビア語やベルベル語にフランス語を交ぜて使うことが普通です。こうしたかつての植民地主義を引きずった非対称的な関係に留まるのではなく、もっと交流のチャンネルを増やすことが不可欠だと思っています。

──アラブ諸国の芸術家は、現在、表現の自由に関してどのような状況に置かれているのでしょうか。宗教的、政治的な制約が大きいように窺われますが。
 アラブ諸国において表現の自由は充分に保証されているとは言えません。大半の国では抑圧的な独裁体制が敷かれていて、体制に対して批判的と見なされる芸術家は拷問を受けたり投獄されたりすることも珍しくありませんでした。そういう状況で「牢獄文学」が生まれたりもしました。チュニジアでは、ベン・アリによる抑圧的な独裁政治が続いていた時期にも、ファーデル・ジャイビは政権に批判的な作品を発表し続けていました。モロッコでも、「鉛の時代」(Années de plomb)と呼ばれる芸術家や文学者にとっての暗黒時代が存在しました。レバノンのような小さな例外を除いて、ほとんどの国で表現の自由は抑圧されていました。あまりに多くの勢力が分立していて、支配的な勢力が存在しないために権力の空白が生じ、それが芸術家にとって幸いしたような状況もありました。
 しかし、2010年から2011年にかけてアラブ諸国で起こった民主化運動の「アラブの春」を通じて、独裁体制が次々に倒れ、人々の心の中に築かれていた「怖れの壁」も崩れました。アラブの春は人々に大きな自信を与えました。だからといって、闘いが終わったわけではありません。皮肉なことに、民主的な選挙を経てイスラム主義政党が台頭し、芸術家を含む進歩的な層を攻撃し、表現の自由が危うくなる事態も生じています。言葉の上では人権の擁護が盛んに口にされるようになったものの、現実にはまだ充分ではありません。

──「アラブの春」においてアーティストが果たした役割はどんなものだったのでしょうか。
 私の知るアーティストや制作者はアクティヴィストとして、みな先頭に立って運動に参加し、活動の様子を映像に記録し、公開していました。投獄された友人もいましたし、中には、残念ながら革命の騒乱の中で命を落とした音楽家の友人さえいます。革命後もすべてがバラ色ではありませんが、芸術家が市民のひとりとして運動の先頭に立ち、市民としての務めを果たしたことは、心から誇れることだと思っています。

──「アラブの春」後、国として文化政策の新たな動きは出てきていますか。
 残念ながら、アラブ世界の政府は今でもとても民主的とはいえません。ですから、市民社会との協働こそ可能性があると思っています。例えばモロッコでは、文化省ではなく、市民社会の主導で「文化のための全体会議(Etats généraux de la culture)」が芸術家や知識人を巻き込む形で組織され、モロッコにおける芸術と文化のあり方を議論しているところです。

──カディジャさんが関わっていらっしゃるプロジェクトについてお伺いします。「Young Arab Theatre Fund」について紹介してください。
 Young Arab Theatre Fundはエジプト出身のタレク・アブ・エル・フェトー(Tarek Abou El Fetouh)が中心となって設立されました。元々は建築家としての教育を受けた人物です。1990年代の終わりに、国際的な支援を受けてそのような組織をカイロに設立しようとしたのですが、政府からの干渉もあって断念せざるを得ず、国外に拠点を求め、2000年にブリュッセルで設立されました。ご存じのように、ブリュッセルは国際的な活動を行う組織にとっては理想的な都市ですから。設立にあたっては、IETM(International Network for Contemporary Performing Arts)から実務的、専門的な知識の提供を受けて、ベルギーの法律に則った国際非営利組織(Association internationale sans but lucratif)になりました。作品創作助成、ツアー助成、アートスペース運営助成を支援活動の柱としています。そのほか「ミーティング・ポインツ」というフェスティバルや、アラブ世界のプロフェッショナルを対象としたインフォーマル・ミーティングも開催しています。
 当初はIETMと同じくカイテアターの中に本部がありましたが、その後、ブリュッセルのダンサール通りに引っ越しました。Young Arab Theatre FundとArt Moves Africaで事務所を共有しています。

──ミーティング・ポインツはユニークなフェスティバルですね。
 ミーティング・ポインツは、2〜3年に一度、開催都市を変えながらアラブ世界そしてヨーロッパの複数都市で同時に開催されているフェスティバルで、前例のない試みです。初めの4回はタレク・アブ・エル・フェトーが自らキュレーターを務めていましたが、第5回のフリー・レイセン以降、外部の人物に委嘱することにし、アラブ世界の外部、とりわけヨーロッパに対して開かれたフェスティバルとなることを目指しています。ミーティング・ポインツについては、開催都市・地域にある各種の現地組織との連携と支援が極めて重要です。

──ファンドの設立の目的について、もう少し詳しく教えていただけますか。
 アラブ世界においても現代的な芸術創造(création contemporaine)は盛んになっています。そうした現代的な創造を支援しようとする時、大きな制度的問題に直面します。芸術文化を取り巻く環境に関して、アラブ世界には大きく3種類のネットワークが存在します。第1のものは国家公認のネットワークですが、こうした組織が実験的な芸術表現を支援することはまずありません。第2のものは商業主義的なネットワークです。できるだけ多数の観客を相手にするもので、これもあてにすることはできません。第3のものとして、外国政府機関を通じた文化外交のネットワークが存在します。こうした組織の支援は重要ですが、そこでは支援と引き替えに見返りが求められます。かつて私自身が経験したことで、現在では状況は変わっていることを願いますが、アンスティチュ・フランセは、フランス語の戯曲を上演することを支援の条件としていましたし、プロヘルヴェティアはスイス人の芸術家との交流を条件にしていました。
 ですので、こうした既存のネットワークに頼らないで、例えばレバノンのアーティストが作品をつくった時に、アラブ世界においてその作品を普及させることができる仕組みが必要だったわけです。これがYoung Arab Theatre Fundを設立した第一の目的でした。ちなみに「Theatre」というのは、舞台芸術という広い意味で用いていますが、演劇に支援対象を限った組織だと思われることも多く、名称を変えた方がいいとも思っています。「Young」も年齢的な若さのことではありません。また「Arab」という語は、民族的な意味ではなく、アラビア語を媒介とする文化的な意味、地理的概念として用いています。

──その場合の「Arab」には、トルコやイランは含まれないと考えていいですか。
 トルコやイランは極めて重要な戦略的パートナーですから、排除されているわけではありませんが、第一の支援対象には含まれません。彼らはアラブ世界とは異なる独自の歴史と文化を持っていますし、アラブの中に含まれることを、彼らも喜ばないと思います(笑)。私自身ベルベル人ですが、一般的にベルベル人もアラブに含まれることを快く思っていません。「Arab」という言葉を民族的な意味ではなく、文化的・地理的な意味で用いているとは、そういうことなのです。

──ヨーロッパ在住のアラブ世界出身の芸術家は、支援対象にならないのですか。
 ヨーロッパ在住のアーティストは、ヨーロッパ各国政府の支援を受けることが比較的容易です。例えば、ダンストリエンナーレトーキョー2012に参加するナセラ・ベラザは、アルジェリア政府の支援を受けて来日するわけではありません。アルジェリア生まれでアルジェリアと深い関係を保っていますが、現在はフランスを本拠地として活動し、フランス政府やアンスティチュ・フランセの支援を受けているアーティストです。

──こんな質問をするのも、ヨーロッパ諸国においても移民出身のアーティストには、「ガラスの天井」とも言うべき、見えない障壁がしばしば存在するので、支援を必要とするアーティストは多いのではないかと思っているからです。また、彼らが架け橋となって、ヨーロッパとアラブ世界を繋ぐこともできるように思うのですが。
 それは確かにそのとおりだと思います。一方で、ヨーロッパに在住するアーティストの状況は、アラブ世界で活動するアーティストの状況よりも、はるかに恵まれています。見ることができる作品の数と多様性からいっても、比較になりません。

──活動の財源はどこから得ているのですか。
 フォード財団の支援が最も大きな財源となっていて、他にも複数の財団や政府から助成を受けています。ブリュッセルのKVS(王立フランダース劇場)との協力関係やフリー・レイセンをキュレーターに起用した縁もあり、フランダース政府の支援も受けています。欧州連合の行っている助成スキームもあるのですが、運営費ではなくプロジェクトが対象なので、受けていません。常勤職員は2人だけですが、たくさんの外部の協力者に支えられています。

──Art Moves Africaについてお尋ねします。アラブ世界だけでなくアフリカ大陸という観点も採り入れて、対話のチャンネルを複数に広げ、交流を容易にしていくことは極めて意義のある活動だと思います。カディジャさんはYoung Arab Theatre FundとArt Moves Africaの両方のコーディネーターですが、両者の関係はどういうものなのでしょう。別予算の別組織という理解でいいですか。
 Art Moves AfricaはYoung Arab Theatre Fundが母体となって設立された組織ですが、両者は法的にも独立した組織であり、理事会も予算も別になっています。Art Moves Africaは、アフリカ大陸を基準として、アーティストや芸術関係者のモビリティ(移動性)を高めることを目的としています。外部の専門家から組織される審査委員会を年3回開き、申請書類を審査しています。かつては30万ユーロほどの予算がありましたが、金融危機のあおりで、現在では10万ユーロほどの限られた予算で活動しています。主にフォード財団の支援によって活動してきましたが、フォード財団が2011年末をもってアフリカにおける芸術支援を中止したため、困難にぶつかっています。なんとか生き延びて続けていますが…。

──「アラブの春」よりも前の2007年、ロベルト・チメッタ基金がモロッコ、チュニジア、エジプト、シリアに関しての調査をしています。その報告書によると、各国とも支援対象がイベント、フェスティバルに偏ってはいますが、国立の文化施設や芸術教育機関は存在しています。しかし、そうした公的な芸術文化の領域を出ると、アーティストにとっての環境はまだまだ厳しいと指摘されています。その状況は今も同じですか。注目すべき新しい取り組みはあるのでしょうか。
 今日のアラブ世界は旺盛な芸術的創造性に満ちていますが、それを支える制度的な基盤は極めて脆弱です。モロッコの場合を例に取ると、国立の文化施設は存在しますが、うまく機能しているとは言えません。観光資源に恵まれていることもあって、地方や都市のレベルでは観光に驚くほど力を入れているために、たくさんのフェスティバルが組織されていますが、一過性のイベントにとどまり、地域に根づくことは少なく、芸術文化の発展にはあまり寄与していないのが現状です。
 一方、民間においては新しい取り組みも生まれています。例えば、チュニスで開かれている「ドリームシティ(Dreamcity)」、マラケシュの現代ダンス・フェスティバル「オン・マルシュ(On marche)」、カサブランカで開かれているオルタナティヴ・ミュージック・フェスティバル「ブールヴァール(Boulevard)」、ベイルートで開催されている「アラブ・ダンス・プラットフォーム」、カイロの「100コピーズ(100 Copies)」など、極めて注目すべきプログラムを組んでいる催しが増えています。日本のみなさんにもぜひ訪ねてもらいたいものばかりです。ドリームシティは現代アートのビエンナーレですが、次回のキュレーターを長谷川祐子さんが務めることになっています。日本のキュレーターがアラブ世界においてアラブ世界のアーティストと仕事をするのはおそらく初めてのことで、とても注目しています。
 Young Arab Theatre Fundがプロフェッショナルを対象として組織しているインフォーマル・ミーティングも、詳細はまだ未定ですが2013年に第3回を開催する予定です。同年にマルセイユが欧州文化首都となるのを機に、初めてアラブ世界の外でインフォーマル・ミーティングを開催することができそうです。こうした機会を通じて、ぜひ日本のみなさんとの協力関係を深めていきたいと思っています。

──大変興味深いお話をどうもありがとうございました。
 
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