The Japan Foundation
Performing Arts Network Japan
Contents
ソ・ミョング
Profile
ソ・ミョング氏
Mr. Suh Myung-Gu

1974年生まれ。
成均館大学卒業。大学では行政学を、大学院では経営学を専攻。
メタ企画コンサルティングに入社し、伝統、多元複合アートなど多様な公演作品を製作し、イギリス、フランス、スペイン、ベルギー、オランダ、スイスなどツアー公演。韓国 - EU修好記念文化プログラム、モンゴル芸術委員会ならびにモンゴル国立芸術大学との交流協力事業、世界ボイス・フェスティバル、世界平和祝典、ベルリンでのアジア・太平洋週間など、多様な国際交流プログラムとフェスティバルのプログラムを企画。芸術プログラム開発ならびに地域文化研究プロジェクトにも参加。2009年からはソウル文化財団で文來芸術工場マネージャーとして勤務し、ソウル市創作空間での芸術製作と新しい芸術助成システム、地域芸術生態系助成などに関心を持って活動。ソウル文化財団の芸術助成事業とソウル市創作空間をつなぐ立体的な芸術創作助成システムマップを開発・運営し、地域のオルタナティブスペース・ネットワークならびに公演芸術ネットワークなど、芸術コミュニティー活性化の糸口をつくるための事業を行っている。


文來芸術工場
ソウル特別市永登浦区キョンイン路88キル5-4
Tel: +82-2-2676-4331
Fax: +82-2-2676-4646
http://www.seoulartspace.or.kr/G05_mullae/main.asp
http://cafe.naver.com/mullaeartspace/

文來芸術工場

ソウル文化財団
http://www.sfac.or.kr/main.asp#main
→当サイト内「今月の支援団体」

ソウル市創作空間
http://www.seoulartspace.or.kr/main.asp
スタジオM30
スタジオM30
ボックスシアター
ボックスシアター
劇団モムコル『錆びた時間たち』
(2011年)
錆びた時間たち
コミュニティー事業MEETプロジェクト
「24時間マンガプロジェクト」
(2011年9月)
24時間マンガプロジェクト
コミュニティー事業MEETプロジェクト
「キッチン遊び─多国的晩餐」
(2012年9月)
キッチン遊び─多国的晩餐
国際サウンドアート創作ワークショップ
(2011年6月)
国際サウンドアート創作ワークショップ
Presenter Interview
2013.3.27
Mullae Arts Village, a base for artists of Seoul’s ‘new wave’ 
ソウルのニューウェーブの拠点 文來(ムンレ)芸術工場 
ソウル市は2008年から市内の使われなくなった公共施設や工場などをリフォームし、文化芸術の地域拠点「ソウル市創造空間」として活用。現在、創造空間は計11施設になり、その内、9施設をソウル文化財団が直接運営している。その中で特に注目されているのが、ソウル市永登浦(ヨンドゥンポ)区、文來洞(ムンレドン)3街に2010年に新たにオープンした「文來(ムンレ)芸術工場」である。文來洞は、かつて韓国の鉄鋼業を支えた一大工業地帯だ。近年は商業施設やマンションとして開発されてきたが、取り残された古い町工場をアーティストがスタジオとして活用するようになり、自然発生的に「文來芸術村」が誕生。その支援を目的に開設されたのが文來芸術工場だ。芸術村のアーティストや地域住民と共に文化芸術のニューウェーブの発信基地として文來芸術工場を運営するマネージャーであり、ソウル市が志向する「市民とともに創造する「文化都市ソウル」の現場責任者でもあるソ・ミョングさんに話しを聞いた。
聞き手:木村典子[舞台芸術コーディネーター・翻訳者、在ソウル]
写真提供:ソウル文化財団

──「ソウル市創造空間」の概略をお聞かせください。
 呉世勲(オ・セフン)元・前ソウル市長は、文化(カルチャー)と経済(エコノミクス)の融合を掲げ「カルチャーノミクス」という政策を推進しました。カルチャーノミクスは文化で地域を再生させ、産業に付加価値を生み出すということです。その一環として2008年から本格的に進められたのが「ソウル市創造空間(以下、創造空間)」の開設です。当初は、文化による都市再生を目的に市内の古い建物をリフォームする試みからスタートしました。現在11の創作空間がありますが、いずれも洞(日本の区より小さな行政区域)事務所や保健所、市史編纂室などの公共施設、商店街や工場など、廃屋になりつつあった建物を再利用したり買い上げたりして開設されたものです。創造空間は一言でいうなら、「芸術」─「人」─「都市」をつなぐ文化空間であるとともに、ジャンルを横断し、地域社会との交流を通じて、地域の文化活性化だけでなく市民の芸術参画を実践する空間です。2008年から施設整備に着手し、2009年から本格的に事業がスタートしました。
 各創造空間を簡単に紹介しましょう。松坡(ソンパ)区の「蚕室(チャムシル)創作スタジオ」(07年)は障害者アーティストの創作空間です。麻浦(マッポ)区の「西橋(ソギョ)芸術実験センター」(09年)は、弘益大学という美術大学があるエリアにあり、視覚芸術を中心にしています。中(チュン)区の「新堂(シンダン)創作アーケード」(09年)は、大型ショッピングセンターの進出で廃れてしまった市場とその地下商店街を利用し、店舗を工芸作家のアトリエにしています。衿川(クンチョン)区の「衿川芸術工場」(09年)は、印刷工場を視覚芸術と国際アーティスト・イン・レジデンスの施設にしました。西大門(ソデムン)区の「延禮(ヨンヒ)文学創作村」(09年)は、市史編纂室を文学の執筆空間として利用しています。「弘恩(ホンウン)芸術創作センター」(11年)は、コンクリート会社の建物をダンス中心の稽古場として使っています。城北(ソンブク)区の「城北芸術創作センター」(10年)は、保健所をアートによる心のケアという芸術療法をテーマに運営しています。冠岳(クァンアク)区の「冠岳子ども創作遊び場」(10年)は、旧住民センターで芸術教育をテーマに子どもとアートをつなぐ試みを行っています。そして、永登浦(ヨンドンポ)区文來洞にある文來芸術工場(10年)が、私がマネージャーとして勤務している施設になります。これら創造空間の多くは市内でもあまり環境のよくない地域にあるのが特徴です。この他、舞台芸術の稽古場などを運営する「南山創作センター」(07年)、劇場を保有する「南山アートセンター」(09年)があります。このように創造空間はそれぞれに分野と目的を特化して開設され、運営されています。

──文來芸術工場の設立経緯を教えてください。
 文來芸術工場は2010年1月に6番目の創造空間としてオープンしました。他の創造空間と異なるのは既存の建物を利用したのではなく、新たに建設された施設だということです。
 文來洞は、鉄工所や資材販売店などが密集する工業エリアです。1970年代、朴正熙(パク・チョンヒ)大統領時代の高度成長期に形成され、多い時には800余りもの小中規模工場や大手鉄鋼会社の加工所などがありました。80年代までは「韓国の鉄材は文來洞を通る」といわれるほど一帯は国内有数の鉄鋼産業地帯として名を馳せ、栄えていました。しかし、90年代からの産業構造の転換と人件費の安い海外の生産工場に押され、町は衰退していきました。現在は都市開発により大型マンションやオフィスビルが建ち始めていますが、まだ再開発から取り残された工場街が残る、過去と現在が混在する面白い地域です。
 ここに2007年くらいからだと思うのですが、アーティストたちが少しずつ集まってきました。ソウルには、演劇ならば大学路(テハンノ)、美術ならば弘大(ホンデ)と、アーティストたちが集まるエリアがあります。しかし、これらの地域は商業施設が立ち並び、地価が高騰しています。そのため、大学路や弘大に稽古場やアトリエを構えて活動していた彼らが、より家賃の安い文來に移ってきました。現在、舞台芸術では演劇、ダンス、パフォーマンス、視覚芸術では絵画はもちろんメディアアート、映像、そしてプロデューサーやキュレーター、文化政策研究者など200人余りがここを活動拠点にしています。
 散策してみるとわかりますが、建物の1階で鉄工所や資材販売店が営業していても、建物の老朽化にともない2階、3階、地下には多くの空き部屋があり、大家は安い賃貸料でそこを貸しはじめました。安価な賃貸料はアーティストにとって魅力です。ひとり、ふたりと集まり始め、今ではスタジオ、アトリエ、アート関連のオフィスなどが随所に見られるようになりました。また、空間「413」、オルタナティブスペース「ムン(門)」、ギャラリー「チョン茶房(タバン)プロジェクト」、鋳物工場を利用したオルタナティブスペース「イポ」などの小規模劇場やギャラリーも生まれました。
 私たちはこの一帯を「文來芸術村」と呼んでいます。それは国や自治体の誘導で形成されたものではありません。自然発生的に徐々に広がったものです。「文來オルタナティブネットワーク」というここで活動する人々の自治組織も結成され、「文來都市菜園」「文來町内シネマ」「文來アートデイ」「アートマーケット」などの独自の文化も芽生えてきています。創作空間事業が始まった時、自主的に出来たアートエリアとそこに集まっているアーティストをサポートできる施設があれば有用ではないかと文來芸術工場が構想されました。

──文來芸術工場の施設を紹介してください。
 お話したように、この周辺のアーティストは個人の活動スペースを持っているので、大型プロジェクトや共同プロジェクト、稽古場などの共同で使用できる空間と機材で構成されています。1階は作業も展示も可能な大型スタジオM30、2階は稽古場としても使用できるボックスシアターと楽屋、3階はギャラリー、録音室、映像編集室、オープンカフェ、4階は会議室、セミナー室、ホステル、共同キッチン、テラスがあります。ホステルは1泊5,000ウォン(約430円)と有料ですが9部屋あり、文化芸術関係者のみが使用可能です。

──ミョングさんご自身の経歴について教えてください。文來芸術工場で仕事されるようになったきっかけは?
 大学では文化芸術とは全く関係のない行政学を、大学院では経営学を専攻しました。幼い頃から音楽をはじめダンス、映画が好きで、高校生の頃には文化芸術関係の仕事がしたいと漠然と思っていました。卒業後にメタ企画コンサルティングに入社しました。この会社は文化空間・芸術経営、地域マーケッティング・文化戦略、文化産業戦略・コンテンツ開発などのコンサルティングと開発事業、公演や文化イベント、フェスティバルなどの制作を行っていて、韓国の制作者第一世代のカン・ジュンヒョク先生が運営に参加していました。8年くらい勤務しましたが、仕事は勉強にもなりましたし、面白かったのですが、民間ですから収支バランスや一般観客の趣向などを考慮しなければなりませんでした。新しい舞台芸術の流れを開拓したくても、劇場や稽古場などの空間を保有していないので限界を感じていました。そんな時に創造空間の話があり、ソウル文化財団に席を移しました。自分の関心が、文化芸術のフィールドでの実践からアーティストを支援する仕事へと移ってきていました。
 最初に新堂創作アーケードの立ち上げにマネージャーとして配属され、09年10月にオープンさせました。その後、文來芸術工場の立ち上げに準備段階から関わり、現在も勤務しています。

──創造空間は施設毎に分野と目的が特化されていますが、文來芸術工場の分野と目的は?
 分野的には舞台芸術、その中でも多元(ダウォン)芸術をテーマにしています。韓国では演劇、ダンス、美術、音楽など、既存のカテゴリーに属さない、ジャンルを越えたクロスオーバーな新しい創造活動を多元芸術と呼んでいますが、定義が曖昧で論議もあります。最近では融合・複合ジャンルと呼ばれることもあります。
 事業は大きく2つに分けられます。1つは、多元芸術を中心に若く将来性のあるアーティストを育成するインキュベーター事業です。この事業を通して私たちは文來芸術工場が新しい文化芸術の流れを作る産屋(うぶや)であってほしいと思っています。もうひとつは地域住民や労働者とアーティストのコミュニティー事業で、文化芸術で地域を活性化していきたいと思っています。このふたつの事業目的を柱にプログラムを組んでいます。しかし、両者はまだつながった動きにまではなっていません。

──柱の1つが多元芸術ということですが、具体的にはどのようなプログラムを実施しているのですか。
 2011年を例に挙げると、8つのプログラムを実施しました。劇団モムコル『錆びた時間たち』がその代表例といえると思いますが、パフォーマー、デザイナー、映像作家、花火師などがプロダクションを組んで野外パフォーマンスを展開しました。文來の路地や空き地など町を背景にしたサイトスペシフィック・アートです。このプロジェクトでは、その後、ソウル国際公演芸術祭、光州などでその「場所」を生かした作品づくりが行われました。今年に入ってからは、演出家ナム・ドンヒョンが羊を出演させた、資本主義社会の動力ともいえる交換の原理を贈与の原理に転換させようと試みるパフォーマンス『与えられるもの、売れるもの、与えたり売ったりできないが保存しなければならないもの』を公演しました。この作品はコンセプトを変えて、今度は『羊の沈黙』というタイトルでフェスティバル・ボムで公演されます。このようにここで製作したものを発展させて、より大きな場で発表する作品が少しずつ生まれています。
 文來芸術工場が実施するプログラムはあくまでも過程であって、完成品を求めるものではありません。創造活動の過程をサポートし、助成しているのです。韓国の一般的な助成制度は、「助成金申請─審査─事業発表─結果・決算報告」というシステムになっています。文來芸術工場で活動しているような若い将来性のあるアーティストには、このようなシステムは妥当ではないと思います。私たちがプロデューサー的な役割を果たし、インキュベーションしてこそ、若い人材は育ちます。予算、空間、そして必要な設備や機材などの物質的なサポート、それだけではなく、メンタル、結果に対するクリティック、ネットワーク、プロモーションなど、立体的なサポートシステムが必要です。オープン時からこのような助成システムを独自に開発して試みてきました。
 今年からはソウル文化財団が実施している「有望芸術育成事業」の助成金の一部を、文來芸術工場の多元芸術、音楽、伝統音楽を対象としたプログラムに回し、予算管理も任されることになりました。また、弘恩芸術創作センターではダンス、西橋芸術実験センターでは視覚芸術を対象に、将来性のあるアーティストを育成していくことが決まっています。

──もう1つの柱であるコミュニティー事業にはどのようなプログラムがありますか。
 青少年を対象にした芸術教育プログラムを実施していますが、これは多くの創造空間や文化センターでも行っています。
 文來芸術工場独自のプログラムとしては、2011年に写真・映像作家が鉄工所で働く人々とワークショップを実施しました。ここは都市開発が進んでおらず路地ごとに昔の姿が残る、また韓国のダイナミックな産業の歴史が残る独特な地域ですが、アーティストがこの地域を見る視点、働く人々が見る視点、住民が見る視点はそれぞれ異なります。写真や映像を学ぶとともに、その視点の違いを話し合ったりしながら、一人ひとりがアーティストとしてこの地域を表現する作品をつくり、展示しました。ここで働く人々も住民も、アーティストに対して最初は若干警戒心がありました。しかし、このようなプロジェクトを通して交流が生まれ、お互いを理解する契機になりました。お酒も飲んで親しくなりましたしね。
 12年にはさらに拡大して、総勢60名にも上るアーティスト、労働者、住民が6カ月間のワークショップを通じて作品をつくりました。作品展示期間中、路地のあちらこちらで小さなイベントを行ったり、通常休む日曜日に工場を開けて臨時ギャラリーにしたり、1カ月ほどフェスティバルを開催しました。
 このほか、文來芸術工場の施設だけでなく路地や鉄工所、文來一帯を活用したフェスティバルも開催しています。フィジカルシアター、ダンスを中心とした「文來アートフェスティバル」(文來アートフェスティバル組織委員会主催)、パフォーマンスを中心とした「場(パン)アジア─パフォーマンスアート・ネットワーク・アジア」(ソロパフォーマンスアートセンター主催)、ストリートパフォーマンスを中心とした「境界のない芸術プロジェクト」(境界のない芸術センター主催)などです。これらは、主催団体は別途いますが、私たちもサポートして共に運営しています。

──地域の人々はコミュニティー事業に積極的ですか。
 一般的な文化センターや住民センターとは異なり、教育プログラムや生涯学習事業が定期的に実施されているわけではないので、日常的に来館する人は多くはありません。しかし、コミュニティー事業やフェスティバルを通じて徐々に交流が図られています。地域、アーチスト、そして私たちが協働することは、多様なエナジー効果を期待できると思っています。

──方針や運営、プログラムはどのように決定されるのですか。
 創作空間全体の方針はソウル文化財団の創作空間本部が担当していて、ここに市の文化政策が反映されるのは当然のことです。ただ、それぞれ分野も特化され特色もあるので、基本的には各創造空間の裁量でプログラミングし、運営できるシステムになっています。文來芸術工場の場合、ソウル文化財団の職員である私たちが基本的に方針を出し運営しているわけですが、今年からは文來芸術村のアーティストと企画者、そして地域住民で構成された「文來芸術工場運営委員会」が組織され、直接運営に参加してもらう体制になりました。
 プログラムは、私たちがアーティストに提案することもありますし、アーティストが提案してくることもあります。誰が提案したのかが重要なのではなく、提案されたことを話し合い、共につくっていくことが大切だと思います。これまで非定期的に歓談会などを開いて、常に話し合いの場を持つようにしていましたが、今後は文來芸術工場運営委員会でプログラムも決定していくことになります。

──様々な事業・プログラムを実施していますが、年間予算は?
 文來芸術工場自体の年間総予算は約8億ウォン(約6,800万円)です。3億ウォン(約2,400万円)余りは人件費などで、5億ウォン(約4,300万円)が施設運営管理費と事業費です。ただ、私たちがやりたいことをやるためにはこの事業費だけでは十分ではありません。ですから、先ほどお話した有望芸術育成事業助成、地域住民とアーティストが協力して行うコミュニティーアート事業助成、財団教育チームの事業予算など、ソウル文化財団の既存の助成金プログラムや各部署の事業費と文來芸術工場のプログラムをマッチングさせて、プログラムごとに別途に事業費を確保しています。この予算は年間で約2億5,000万ウォン(約2,200万円)くらいになると思います。

──海外との交流プログラムはありますか。
 海外アーティストとの交流プログラムは3つです。1つはオーストラリアのREM Theaterと交流協定を結んでいて、毎年それぞれフィジカルシアターのアーティスト2名を選んでチームをつくり、韓国とオーストラリアで発表する共同創作ワークショップを実施しています。
 もう1つは、シンガポールのサブステーションと交流協定を結び、同じくそれぞれ視覚芸術のアーティスト2名を選んで共同創作ワークショップを実施しています。これは視覚芸術といっても場所や空間の特徴をいかすサイトスペシフィック・アートのプロジェクトに限定しています。
 このほか、毎年「国際サウンドアート創作ワークショップ」を開催しています。ヨーロッパ、アメリカなども含め国内外のサウンドアーティストが集まり交流する場を提供し、他ジャンルのアーティストでも関心があれば参加できる講座やワークショップを実施し、最終的にパフォーマンスや展示として発表しています。
 これらはすべて公募によって参加者を選定しています。

──日本との交流は?
 これまではホステル滞在など個人的な交流のサポートはしてきましたが、まだ本格的な交流には至っていません。サウンドアートやクロスオーバーアートに関してはもう少し国際交流を拡大したいと思っていますし、横浜のアートシーンにも関心があります。

──ホステルを運営されていますが、こうした滞在施設を生かしたアーティスト・イン・レジデンス事業も実施されていますか。
 一般のレジデンス施設のように一定期間スタジオや宿泊施設を提供し、滞在制作してもらう事業は行っていません。ホステルは、基本的に、海外や国内(地方)のアーティストがプロジェクトを行うために短期間宿泊できる施設です。例えば、韓国と日本のアーティストが共同でプロジェクトを行う場合、文來芸術工場の事業でなくとも、申請をすれば一定期間ホステルや施設を使用できるようにしています。ホームページで申請を受け付けているので、実際多くのアーティストが利用しています。フランス、ドイツ、日本、東南アジア、オーストラリア、アメリカなど各国のアーティストが滞在してきましたし、昨年は国内の100人以上が利用しました。

──ホステルの利用条件はありますか。
 韓国のアーティストとのプロジェクトという形で申請をしてもらっています。内容を検討して、部屋に空きがあれば、提供することになります。音響室や映像編集室など他の施設も同様です。必ずしも交流・共同プロジェクトが条件ではありませんが、個人の創造活動のための使用は文來芸術工場のコンセプトや予算とは相容れないので、交流・共同プロジェクトの方が有利です。プロジェクトのベースキャンプとして使用されなければいけないのに、宿泊施設のように使用される危険もあるので、このような制限をかけています。

──最後に、2011年10月に新市長に就任した朴元淳(パク・ウォンスン)市長は都市化の中で消滅しつつあるコミュニティーの再生を掲げ、文化芸術をはじめ政策各分野で実践しています。ソウル市創作空間もその政策から地域との関係に重点を置いているように思えますが、個人的にはどのように見ていますか。
 ソウル市は昨年から「マウル芸術創作所」事業を展開し、現在23の施設が開設され、今後も増設される予定です。マウル芸術創作所は、マウル(村・町)を基盤に住民たちが直接運営しながら住民の文化活動を増進させ、文化芸術を通して共同体の再生を図るものです。同じく地域に根ざしながらも、創作空間は規模も大きく、専門アーティストの活動を通して地域住民のコミュニケーションを図るものなので、質が異なります。あえて分けるなら、ソウル市創造空間は芸術創作助成、マウル芸術創作所は文化福祉助成と言えると思います。いつの時代も芸術創作助成と文化福祉助成のどちらかにバランスが偏ってはいましたが、今後はこのバランスをどう取るかが重要だと思います。
 
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