The Japan Foundation
Performing Arts Network Japan
Contents
ジュリアン・コーイマン
ジュリアン・コーイマン氏
Jurriaan Cooiman



CULTURESCAPES
http://www.culturescapes.ch/
CULTURESCAPES
過去のCULTURESCAPES対象国
 2003 グルジア
 2004 ウクライナ
 2005 アルメニア
 2006 エストニア
 2007 ルーマニア
 2008 トルコ
 2009 アゼルバイジャン
 2010 中国
 2011 イスラエル
 2012 モスクワ
 2013 バルカン
 2014 東京
*『Referendum─国民投票プロジェクト』
東京と福島の中学生たちの声を収録したビデオ映像を見ることのできるキャラバンカーで各地を移動し、フォーラムやアンケートなどで演劇的な場を創出するプロジェクト。
Presenter Interview
2014.5.19
CULTURESCAPES Depicting the topographies of culture 
文化的な地勢図を描くCULTURESCAPES 
日本・スイス国交樹立150周年を迎える2014年は、両国においてさまざまな記念イベントが企画されている。その一環として、スイスで開催されるのが「CULTURESCAPES東京2014」(9月27日〜11月22日)だ。CULTURESCAPESとは「文化(CULTURE)」と「景色(SCAPE)」を組み合わせた造語で、ひとつの国・都市・地域に焦点を当てて多角的に紹介する文化イベントの名称。2003年の第1回でグルジアを取り上げて以来、第2回がウクライナ、昨年がバルカンと激動している地域に焦点を当ててきた。2014年度は、日本・スイス国交樹立150周年を機に伝統と現代がせめぎ合う東京を取り上げ、約40カ所の施設でイベントを展開する予定だ。創設者であり、現在もディレクターを務めているジュリアン・コーイマン(Jurriaan Cooiman)にCULTURESCAPESの意義についてインタビューした。
聞き手:乗越たかお[舞踊評論家]

国・都市・地域の文化的な地勢図を描く

──CULTURESCAPESの趣旨について伺えますか。

 2003年にスタートして、今年で12周年を迎えました。CULTURESCAPESは、文化を横断的に扱い、開催期間が長い(約8週間)という点で普通のフェスティバルと少し異なります。プログラムは、ダンスや演劇や音楽のみならず、文学、映画、展示、アーティスト・イン・レジデンス、レクチャー、そして大学と提携したアカデミックなもの等、とても幅広い。このように文化の風景を多角的に扱うことで、様々な国や都市の文化的なトポグラフィー(地勢図)を描こうというのが、CULTURESCAPESの試みです。
 
──主な開催地となるのはチューリッヒ、ジュネーブに次ぐ、スイス第三の都市バーゼルです。
 バーゼルはライン川の曲がり角の「膝」の部分に位置し、ドイツとフランスに接する「スイスの北の入口」にあたる国際的な都市です。中世にはライン川を渡る唯一の橋があり、その通行税で栄えました。アートも盛んで、CULTURESCAPESはそのバーゼルを中心に、スイスのドイツ語圏の各都市の会場で開催されます。一部、フランス語圏のローザンヌやジェネーブなどとも連携しています。
 
──そもそも「ひとつの国・都市をテーマに多角的に文化を紹介する」という発想はどこから来たのですか。
 私は、1995年から現代音楽の小さなフェスティバルを主催していました。そのフェスティバルで現代音楽の作曲家の創造性やインスピレーションを多分野の人々と共有するクリエイティブな制作環境を作っていました。それで次第に「人の居場所とは何か」「他人と共存するとはどういうことか」をより広い視野で考えるようになりました。そんなときふと浮かんだのが「CULTURESCAPES」という言葉でした。その言葉から逆に考えを辿るうちに、もっと文化全体を見通すフェスティバルにするべきだと思うようになりました。
 CULTURESCAPESの背景には、3つの要素があります。1つ目は「言語」。会話はもちろん、審美的な言語、情報としての言語も含みます。2つ目は「歴史」です。もっといえば「その国の人々が欲している歴史学」で、政治的な意味合いを含むことも多いでしょう。そして3つ目が「運命」です。今この国に住んでいるのは、多くの人にとって「そこで生まれたから」という運命によるものです。
 人々は家族・会社・社会・街・国といった様々な単位に属していますが、こうした「言語」「歴史」「運命」が作用して共同意識・帰属意識を持つようになります。同じ問題を共有している人々が同じ言語で話し合い、同じ教科書を使って歴史を共有する。しかし、自分や親、社会を定義するルーツが、実はそれぞれ異なっていること意識することは、現代においてとても重要なことです。そうした機会を提供できるようなフェスティバルにしたいと思いました。


あえてコントラバーシャルな国・都市・地域を選ぶ

──当初はどのような内容でしたか。

 最初は音楽・文学・映画の3本柱で、レクチャー、映画上映、コンサート、展示など25くらいのバラエティ豊かなイベントを実施しました。バーゼルはどちらかというと舞台芸術よりも音楽と視覚芸術に力を入れていたので、会場の協力も得やすかったのです。舞台芸術が加わったのは 第4回(2006年)に「エストニア」をテーマにしたときからです。

──しかし、スイスにはベジャール・バレエ・ローザンヌがあり、ジュネーブにはジル・ジョバンやアリアスなど有名なダンスカンパニーがあります。
 はい。でも、バーゼルでは舞台芸術に協力してくれる劇場を見つけるが難しく、「エストニアから、有名なペーター・ジャラカス(Peeter Jalakas)率いるフォン・カール・シアター(Von Krahl Theatre)を招聘するから協力して欲しい」と言ってやっと劇場を説得しました。2007年の「ルーマニア」ではグリーン・ハウス・シアター(Green Hours Theatre)と協力し、2008年の「トルコ」ではタルダンス・カンパニー(Taldans Company)やエイディン・テーカー(Aydin Teker)が素晴らしいダンスを上演しました。トルコは、ダンスと身体に関する考え方がはっきりしていると感じました。2009年に取り上げた「アゼルバイジャン」はコンテンポラリー・ダンスがほとんど普及していない国ですが、複雑な構成の演劇を紹介することができました。

──過去、CULTURESCAPESが対象としてきた国や都市は、安定した平和なところより、コントラバーシャル(論議の的になる)なところが多いですね。これは意図的なものですか。
 もちろんです。第1回の「グルジア」では、私も驚きましたが、CULTURESCAPESが開催された週末に「バラ革命(選挙の不正疑惑に抗議する市民が議会に乱入し、シェワルナゼ大統領が逃亡・失脚した)」が起こりました。大統領が逃げ出した同じ日に、私たちは「グルジアはどこに向かうのか」というテーマで議論していたんです!
 翌年の「ウクライナ」でも、CULTURESCAPES開催中に「オレンジ革命(大統領選挙の不正疑惑からデモなど大規模な政治運動が起こった)」が起こりました。開始早々の2回が歴史的な大事件と関連したことで、あらためて自分たちがやっていることの意義を感じましたね。
 
──それはすごい経験でしたね。それにしても激動している国と共同でフェスティバルをやるのは、何倍も大変なことではないですか。
 そのとおりです。けんか腰で始まることも少なくありません。現在、多くの国が政治や経済のシステムの転換期を迎えていて、ヨーロッパに対して批判的な国もあります。しかし、私はそれを批判するつもりはなく、それぞれの国がどこに向かっているのか、何が起っているのか、それはなぜ起こっているのか、またアーティストがどう考えるのかを知ることが重要なのです。国際的に安定している、変化の少ない国には興味はありません。
 今回対象になる日本については、東日本大震災と福島原発の事故があって、様々な疑問が出てきているのではないかと思います。はたして日本で市民社会は機能しているのでしょうか? そして市民は国を変えたいと思っているのでしょうか?


「国」よりも「都市」が面白い

──今回のテーマは「日本」ではなく「東京」です。過去の開催地を見ると、初めの9回は対象が「国」でしたが、2012年のモスクワからはバルカンそして東京と、「都市」や「地域」に変わっています。これはなぜですか?

 確かに当初は国を対象に進めてきました。しかし国が対象だと、国の文化外交のアジェンダ(行動指針)との問題が出てくるのです。私たちがアジェンダとは別方向に進みたいと思っても、当然、対象国はアジェンダに沿うように要求してきます。そうした軋轢に疲れたということもあります。
 
──たしかにCULTURESCAPESは、扱う内容からしても、対象国の外務省の文化宣伝イベントにされてしまう恐れに絶えず晒されています。そうならないよう、自分たちの方針を明確にし、かつ堅持する必要があります。
 そのとおりです。2008年にトルコを対象としたとき、ちょっとした問題が発生しました。私たちはこのとき初めて新聞を発行することにしたのですが、これにクレームがついたのです。私は最初の数ページに載せるトルコ社会についての記事を、スイスのドイツ語圏出身でイスタンブール在住の記者に依頼しました。批判的な内容も含みますが、全体的には好意的な良い記事でした。しかし印刷の前日にトルコ政府の関係者から電話があり、「この記事が載った新聞を発行しないよう」にと要請されました。

──それはフェスティバルの主体性が問われる難題ですね。
 私は迷いました。もちろん記者は納得しません。とはいえ、これでトルコからの助成金が受けられない事態にでもなれば開催が危うくなります。私は「その記事さえ掲載しなければ、新聞自体は発行してもいい」という確約を取り、同時に「こういうやり方は、ブーメランのようにあなた方に結果が返ってきますよ」と忠告しました。
 どうしたと思います? 新聞は発行しました。しかし抗議の意味を込めて、最初のページを空白のまま印刷したのです。記事は載っていないので、無事に開催できました。しかし、削った記事は大手の日刊新聞に掲載されました。しかも「なぜトルコ政府はこの文章を禁止したのか」という批判的な注釈付きで。この件はさらにテレビなど様々なメディアに取り上げられ、文字どおりブーメランのように彼らの元に飛んでいったのです。

──そうした経験から、次第に国から都市へ移行していったのですか。
 はい。それに「国」より「都市」の方が活動的で多様な魅力を持っていますから。あるいはバルカンのように、歴史的に国を超えた緊張感と爆発性を持つ「地域」もあります。「国」ではなく「都市」や「地域」に焦点を当てた文化の風景を描くことは、私たちにとっても新たな挑戦だと思っています。
 とはいえ、政治性を排除しようとして国から都市に移行したわけではありません。そもそも作品の多くは政治的なものです。例えば高山明の『Referendum─国民投票プロジェクト』(*)を招聘することは政治的行為と見なされるでしょう。岡田利規の新作『スーパープレミアムソフトWバニラリッチ』も、日本社会の労働者階級や失業者についての作品です。芸術は常に政治的な面を持つわけで、切り離せるものだとは考えていません。

──そのような作品が問題になったことはありますか? 例えば日本では、イスラエルのダンスカンパニーの公演について、「イスラエル政府のプロパガンダだ」と非難する声もありました。日本、中国、韓国にも政治的軋轢があり、文化事業が影響を受けることもあります。私は政治的な理由でアーティストが発表の機会を奪われるべきではないと思いますが、いかがですか。
 同感です。私たちが2011年にイスラエルを取り上げたときは、大統領にまで反対の電話や手紙が届いたそうです。劇場の前では反イスラエルのデモが行われました。しかし、政治を超えて状況を理解する方法としての文化交流は、とても重要なものです。また、アーティストはたいてい批判的な精神の持ち主です。彼らを黙らせることは、批判的な精神を持つ人々を黙らせることになってしまう。特にイスラエルのアーティストは、私たち以上にイスラエル政府に対して批判的で、私たちが口にできないようなことも平気で言いますからね。

──プロパガンダどころか、逆にイスラエル政府に対する批判的なプラットフォームになったわけですね。
 そうです。CULTURESCAPESによって、私たちは日常では知ることのないイスラエルのアーティストの生きた考えを聞くことができ、素晴らしい経験となりました。先ほども述べたとおり、世界では常に何かが起こっているので、フェスティバルは毎年、難しい政治問題に突き当たります。でもそれこそがCULTURESCAPESを開催する意義なのです。


CULTURESCAPESを支えるパートナーの絆

──観客は毎年どれくらい集まりますか。

 25,000人〜30,000人で、若い観客が多いです。これは、人口約800万人(内25%外国人)というスイスのような小国にとっては大きな数だと思います(国土面積はほぼ九州と同じ)。
 観客獲得には、パートナーになっている劇場や博物館などが発行している公演パンフレットなどのコミュニケーション・ツールが協力してくれます。現代音楽の観客がそうしたツールで「CULTURESCAPES東京」を知り、ダンスや映画、レクチャーがあることを知る。私たちの「文化を繋げる」というモットーは、単にスイスと日本、ダンスと音楽を繋げるだけでなく、観客同士を繋げることでもあるので。

──予算はどれくらいで、どこから得ているのですか。
 およそ150万ユーロで、主な資金調達先は3つあります。1つはパートナーのネットワークです。例えば、私たちは会場の使用料金を払っていなくて、パートナーになった劇場などから無償で提供してもらっています。このようにパートナーとして様々な形で支援してくれているネットワークがあります。文学、映画、演劇等は、彼らが主催するプログラムとほとんど競合しないので、腰を据えて支援を受けることができています。実はバーゼルは、ヨーロッパで3番目に古い大学がありますし、「博物館が占める土地の割合」も世界最大なんです。こうした博物館もパートナーになっていて、建築関係の博物館で講義や展示をしたり、漫画博物館とのコラボレーションを行ったこともあります。今年の「CULTURESCAPES 2014 東京」では計40カ所が会場になる予定で、新しくパートナーとなったエレクトロニック・アーツ関連の会場では池田亮司の個展を行う予定です。
 
──そうしたネットワークはどう築き上げたのですか。
 自分から訪ねて行って、開拓しました。CULTURESCAPESのスタッフは私を含めて6人しかいませんから、誰かがやってくれるわけではない(笑)。チューリッヒやベルンでは、「アーティストが行くよ」と伝えておけば、パートナーになっている会場のスタッフが全てをアテンドしてくれます。私たちは会場の物理的なインフラだけではなく、スタッフにも戦力として協力してもらうことができます。そのぐらいパートナーとは強い絆で結ばれています。もう11年になりますが、スイスだけでも150のパートナーがいて、中には10回もコラボレーションしたところがあります。

──2つ目の資金調達先はどこですか。
 スイスのカントン(郡)・国・財団法人から支援を受けています。スイスでは文化事業に対する最も大きなスポンサーは市とカントンで、国よりも地域の文化や芸術に対して大きな責任を担っています。そして3つ目の資金調達先は、CULTURESCAPESの対象国からの支援です。スイス側が開催や広報・リサーチにかかる費用を担い、対象国にアーティストや作品の移動費用などをサポートしてもらっています。
 この3部構成は、資金を調達するうえではスマートな方法だと思います。ひとつの大きな財源を元に成り立っているのではなく、私たちは様々な構造で支えられたプラットフォームのようなものなのです。


出身はダンサー

──あなたがCULTURESCAPESのディレクターに至る前の経歴を教えていただけますか。

 私の最初の職業はダンサーで、オイリュトミーを踊っていました。それは人智学から生まれた運動を主体とするダンスで、20世紀初頭のオーストリア人哲学者ルドルフ・シュタイナーの理論を基盤としています。
 しかし、30歳の頃、文学や芸術に興味が沸き、バーゼル大学でアートマネジメントを学び、フェスティバルやコンサートのマネジメントを始めました。小規模なプロジェクトから大規模なものまで手掛けました。ロンドンのCircle X Arts劇団のツアーマネジャーやバーゼルの劇団のプロデューサーも務めました。
 そうして1995年に自分の会社を設立し、前に述べた通り現代音楽のフェスティバルを主催するようになりました。ソフィア・グバイドゥーリナ、ハンガリーのクルターグ・ジェルジュ、日本の細川俊夫など、重要な作曲家たちを取り上げる中で「CULTURESCAPES」という言葉が浮かび、それならばもっと多くの文化を扱うべきだ!と思い至ったわけです。CULTURESCAPESは、今では財団法人になっています。

──ダンサー出身にもかかわらず、自分の会社で最初に現代音楽のフェスティバルを手掛けたのはどうしてですか。
 私はピアノも弾くので、もともとクラシックや現代音楽には大変興味がありました。またオイリュトミーも音楽を視覚化しようとしたもので、身体を楽器のように使い、音楽を使わず身体の運動だけで音楽を表現しようとしたものです。オイリュトミーという名前は有名でも、コンテンポラリー・ダンス界とはあまり関係ない孤立した小さなシーンだったので内容はよくわからないかもしれませんが、例えば、「バッハやシューベルトの音楽をオイリュトミストとして視覚化する」という感じです。なので、私と音楽の間にはそもそもピアノとオイリュトミーによる強い絆がありました。


「CULTURESCAPES 2014 東京」と今後

──今回の「CULTURESCAPES 2014 東京」について聞かせてください。東京のどのような文化の風景を描こうとしているのですか。

 今回、私たちが対象に選んだのは、大都市・東京です。私は2013年に何度か来日し、リサーチしてきました。プログラムはまだ調整中ですが、日本の歴史上とくに重要な3つの事件の考察からアプローチしています。まず1つ目が、1853年の「ペリー来航と日本の開国」です。急速に西洋化が進む反動で、ナショナリズムと伝統を保持しようとする運動も見られました。「開国はしたいが、伝統文化も守りたい」という相反する感情がありました。そうしたものの代表として、日本に伝わる世界でも類を見ない歌舞伎、能、文楽などの伝統芸能から、400年の伝統を持つ美しい芸術の形として文楽を取り上げました。
 2つ目はもっと暗い歴史、「広島と長崎」への原爆投下です。その後に舞踏をはじめとする様々な舞台芸術が発達しました。招聘予定の山海塾はとても審美的な舞踏の方法のひとつであり、そうした時代に強く関連しています。
 
──西洋ではしばしば舞踏のグロテスクさを包含した表現形態と原爆投下による被爆を関連づける言説を見受けますが、日本では両者を関連づけることはほとんどありません。もちろん舞台芸術の中には、原爆をモチーフにした様々な作品がありますが。
 なるほど、そうですか。そうしたことも勘案しながら紹介できればと思います。今回の私たちのプログラムの目玉は、3つ目の「現代日本─90年代の経済低迷期から3.11まで」です。舞台芸術では、危口統之、高山明、岡田利規といった人々の作品を招聘する予定ですが、彼らは現代社会に目を向け、勝者や敗者、社会システムや経済など、面白いテーマを取り上げていると思います。
 
──全部でどれくらいのカンパニーを招聘する予定ですか。
 まだ助成金の最終的な決定を待っている段階なので詳細には言えませんが、共催で5つ、招聘で約20の個人やカンパニーを予定しています。バーゼルが主な開催地で、チューリッヒ、バーン、クール、ベリンツォーナ、レザン、ジュネーブ、ルツェルン、そしてサンガレン、ヴィンタートゥールなどの都市が参加し、約40カ所の劇場等を使うことになるでしょう。

──ちなみに東京の次の対象はどこですか。
 多くの選択肢がありますが、次回はアイスランド、グリーンランド、フェロー諸島といった北西ヨーロッパの島文化になりそうです。日本に続いて島国になれば、面白い比較ができるかもしれません。その後は南米のメキシコ、ブラジル、コロンビアの中からどれかになると思います。中東も候補に入っていましたが、今なお緊張状態が続いているので、どうなるかわかりません。スカンジナビア半島の国々にもひとつの地域として興味がありますし、ポーランドも気になります。

──CULTURESCAPESは、今後、どのように進んでいくのでしょう。
 CULTURESCAPESは、ベルリンの「世界文化の家(Haus der Kulturen der Welt)」のような国際的な文化機関になれればと思っています。年間を通じて様々な国の多様な芸術ジャンルを扱ったプログラムを組めるようになりたいし、今はそのための助成金を3〜4年分まとめて調達できないか検討中です。公式サイトに逐次情報をアップしていきますので、是非注目してください。「CULTURESCAPES東京2014」と、日本・スイス国交150周年を必ず成功させます。
 
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