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Performing Arts Network Japan
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ローリー・サンソム
©Mark Hamilton
Profile
ローリー・サンソム氏
Laurie Sansom

1972年生まれ。演出家。1996年から1997年までアーツ・カウンシル・イングランドの研修ディレクター。2002年から2006年までサッカボローのスティヴン・ジョセフ・シアターにてアラン・エイクボーンの下で芸術監督補佐。2006年から2012年までノースハンプトンにあるロイヤル&ダンゲイト・シアターの芸術監督。前任者のルーパート・グールドの成功を引き継ぎ、ロイヤル&ダンゲイト・シアターを「英国内で最もエキサイティングな劇場」(ガーディアン紙)と称されるまでに発展させる。2013年3月にスコットランド国立劇場二代目芸術監督に就任。演出作品には、『ヘッダ・ガブラー』『Spring Storm』『Beyond the Horizon』など。『Beyond the Horizon』で2010 TMA 最優秀演出家賞受賞。


スコットランド国立劇場(NTS)
National Theatre of Scotland

http://www.nationaltheatrescotland.com
スコットランド国立劇場(NTS)
Presenter Interview
2014.9.10
The National Theatre of Scotland and its “Theatre Without Walls” vision 
スコットランド国立劇場が掲げる“壁のない劇場”とは? 
イングランド、スコットランド、ウェールズ、北アイルランドの4つのカントリーにより構成されているUK(通称イギリス)。ブレア政権によるデボリューション(地方分権)により、2006年2月、国立劇場のなかったスコットランドに常設劇場を持たないスコットランド国立劇場(NTS)が誕生した。初代芸術監督のヴィッキー・フェザーストン(現ロイヤル・コート・シアター芸術監督)は「Theatre without Walls(壁のない劇場)」という理念を掲げ、スコットランドの劇場ではない場所10カ所で新作『ホーム』を同時上演。以来、スコットランドのアイデンティティを問う新旧歴史劇や政治劇を積極的に展開してきた。スコットランドでは、2014年9月18日に英国からの分離独立を問う住民投票が行われるが、それを踏まえ、6月には「独立についてどう考えるか」を問答する『5分間劇場』を200カ所で上演するなど国立劇場として積極的な役割を果たしてきた。2013年3月に2代目芸術監督に就任したローリー・サンソム氏に、国立劇場と政治の関係を含め、NTSの挑戦についてインタビューした。
聞き手:岩城京子[ジャーナリスト]

──2013年3月にスコットランド国立劇場(NTS)の2代目芸術監督に就任されました。今年からご自身のプログラミングがようやくスタートしています。2014年度の年間テーマは「Dear Scotland(親愛なるスコットランドへ)」。これは明らかに9月18日に実施されるスコットランド独立の是非を問う住民投票にむけたテーマです。スコットランドが300年ぶりに独立国になる可能性のある歴史的瞬間に国立劇場を率いる責任について、あなたはどうお考えですか。
 芸術監督の職務についた1日目から、私がこなすあらゆる決断はなんであれ9月18日と結びつけられることが決定されていました。たとえ私がレファレンダム(住民投票)とまったく無関係なプログラミングを試みたとしても、観客はそれをレファレンダムについてのなんらかの主張だとみなすでしょう。このようにあらゆる決断が政治と結びつけられるということは、国立劇場の芸術監督として非常な重責であると同時に、すばらしいチャンスでもあります。というのも私の意見では、演劇とは、同時代の政治問題を背景に個人の内面を掘り下げるのにもっとも適した芸術表現だからです。ですからこのレファレンダム前夜という前提条件をあえて存分に活用し、アーティストや観客が「ナショナル・アイデンティティ」について深く思考できる作品をラインナップすることにしました。そして「Dear Scotland」という年間テーマを決め、この国の様々な歴史的瞬間に焦点をあてた作品を上演することにしました。

──「Dear Scotland」は年間テーマであると同時に、エディンバラで4月から5月にかけて上演された演劇作品のタイトルでもあります。本作ではスコットランドを代表する現代作家20人が、スコティッシュ・ナショナル・ポートレート・ギャラリーに掲げられた偉人たちの肖像画にあてたモノローグを書き下ろしました。
 ええ、この作品ではまず、劇場に選抜された20人の現代作家たちが、詩人のサー・ウォルター・スコット(『ウエイヴァリー』)や小説家のロバート・ルイス・スティーブンソン(『ジキル博士とハイド史』)などスコットランドを代表する偉人たちに語らせたい「5分間のモノローグ」を書き下ろしました。そして俳優たちがそれを、ナショナル・ポートレート・ギャラリーの実際の肖像画の前に立って語った。観客はギャラリーの中を歩きながら、順々に20のパフォーマンスを見てまわりました。
 この試みでおもしろかったのは、歴史が歴史としてのみ認識されなかったことです。つまり偉人の声と、現代作家の声と、俳優の声が混ざりあい、歴史がいまこの瞬間に観客に届けられた。ですから観客も偉人たちの言葉を過去の遺物として捉えずに、その言葉を介して現代のスコットランドに生きる自分たちのアイデンティティについて思考を深めることができました。

── 6月にはNTSの企画により、スコットランド各地、英国各地、またウェブ上で、観客による観客のための5分間演劇『The Great Yes, No, Don’t Know Five Minute Theatre Show』が上演されました。これは、観客の誰もがスコットランド独立にまつわる5分間の演劇を制作し発表することができるという自由参加型演劇で、一つの声ではなく多様な声を届けることに焦点が当てられていました。きたるレファレンダムに向けて、NTSが意見の統一ではなく多義性を促そうとしている意志が見てとれます。
 国立劇場がある政治的意見に固執し、それを観客に届けようとしたら、言うまでもなくそれは演劇をプロパガンダとして利用していることになります。演劇は政治的な芸術表現ではありますが、劇場が一つの政治的意見を押し付けてはいけません。私たちの役割はあくまでも、作家たちの異なる政治的見解を観客に届けることにある。劇場が政治的なことと、作家が政治的なことは、完全に異なる概念なのでここはハッキリさせておきたいところです。とはいえ、国立劇場が完璧にニュートラルな立場を保つ必要もありません。それはBBCに課せられた責任で、私たちの責任じゃない(笑)。たとえばエディンバラ演劇祭で連続上演され、ロンドンのナショナル・シアターで再演される『ジェームズⅠ世』『ジェームズⅡ世』『ジェームズⅢ世』を見て頂ければお分かりのように、あそこでは劇作家ローナ・ムンローの政治的見解がかなりはっきり述べられています。でもだからといって、彼女の作品はプロパガンダではない。なぜなら彼女の書きあげた芝居は政治劇である以上に人間ドラマだからです。要するに私たちはレファレンダムに向けて、スコットランドの固定観念に疑問を投げかけるような芸術を生み出していきたいのです。

── もし仮に「スコットランドの固定観念」というものがあるとするなら、それはどういったことなのでしょう? 少し詳しく説明して頂けますか。
 こういうたぐいの質問にイングランド人の私が答えるのは難しいですね。いわゆる「一般論」を自由に語る権利がスコットランド人のようには与えられていないので。ただ演劇について言えることがあるとするなら、スコットランド演劇のDNAには「自嘲する文化」が埋め込まれているように思います。スコットランド人のなかには、自分たちを笑いものにしたり、卑下したりすることを好む傾向がある。と同時に、それを嫌がる人たちがいるのも事実です。ですから国立劇場として「国家のポートレート」を描く際には、ステレオタイプな肖像画を考えるより、思いきり複雑に入り組んだポートレートを想像するほうが好ましい。
 だいたい典型的なスコットランド人像なんてものは、近代以降、大衆文化により作りあげられたものですからね。たとえば映画『ブレイブハード』(スコットランド独立のために戦った実在の人物を主人公にした歴史映画)であったり、ウォルター・スコットの19世紀小説であったり。特にスコットの小説は、スコットランド人が自分たちのアイデンティティとして真っ先に思いつく文化をかなり多く生み出しました。そう考えていくと「スコットランドの固定観念」は、そもそも近現代に作りあげられたものであるという認識を持つ必要があります。ですから、私たち国立劇場には、そうしたステレオタイプにとらわれず、誠実に現代の国家像に向き合っていく曇りのない目が求められます。

── NTSの活動概要についていくつか質問させてください。まず初代芸術監督のヴィッキー・フェザーストンが2006年設立時に掲げた「Theatre without Walls(壁のない劇場)」という理念が、いまに至るまでどのように解釈され、展開されているかについて教えてください。
 「壁のない演劇」には複数の意味があります。壁に囲まれた小屋のなかで芝居をかけることに固執しない、という広く知れ渡った解釈は実はいちばん退屈なパターンの解釈です(笑)。私は芸術監督に就いたとき、「壁のない劇場」というミッションを自分なりに遂行すべく、それでは「今どんな壁が存在するのか」と逆説的に自分に問いかけました。そして、二つの壁を壊そうと決意しました。
 ひとつは、クリエイター側にある壁。スコットランドには、昔から異なるジャンルの芸術表現を融合する伝統があります。その伝統を活かすかたちで、『ブラックウオッチ』(イラク従軍兵士のインタビューを元にしたドキュメンタリー演劇)や、ウエストエンドで現在上演している『レット・ザ・ライト・ワン・イン』(スウェーデ人作家ヨン・アイヴィデ・リンドクヴィストによるホラー小説の舞台版)では、ダンス、演劇、ビジュアル・アートといった複合的要素を取り入れました。つまりジャンル越境的な表現を目指し、演劇はこうあるべきという表現の壁をなくそうと思いました。
 もうひとつは、観客側の壁。つまり観客が劇場に来るときに「何か近づきがたい」と思ってしまうような壁をなくすことです。これは心理的な不安材料を取り除くことだけにとどまりません。私たちは「物理的に」劇場が遠い人たちのために、芝居を彼らの町に持っていきます。そして「どうぞいらしてください」と誘うのです。さらには、経済的な不安因子も取り除かねばなりません。スコットランドには昔から「50ペンス・チケット(約80円)」の伝統があります。つまりこの国には、演劇は万人のもの、という考えが昔からあるのです。その考えに則り、私はときに「無料公演を打てないか?」と考えたりします。その芝居を本気で見てもらいたい人たちが、どうしてもチケット代を払えないのだとしたら、無料公演を実現する責任が私たちにはあるのです。

── 無料公演を可能にするには、それなりに潤沢な予算が必要です。NTSの予算規模と予算概要について教えてください。
 NTSは英国政府から年間約4百万ポンド(約6億9千万円)の助成金を付与されています。総予算のうち70%が政府からの支援で、残りは券売とほかの小規模組織からの助成で成り立っています。また他の多くの組織とは異なり、我々は、クリエイティブ・スコットランド(2010年設立。スコットランド芸術評議会とスコットランド映画協会が統廃合されて生まれたスコットランド芸術文化産業を支援する非政府公共団体)からではなく、英国政府から直接支援して頂いています。
 つまり私たちは、政治の中枢にいる人たちとダイレクトに話し合うことができるのです。彼らと私たちは、一つのミッションを共有しています。どれだけの人間に作品を見てもらい、どういった場所で作品を上演するか、といったミッションです。内容に関しては、彼らは一切口出ししません。そこは芸術の聖域であることを彼らも理解してくれています。ですからもし仮に、NTSで現行政府を批判する作品をプロデュースすることが必要だと考えれば、私たちは迷いなくその作品を上演します。

── 観客の年齢、職種、人種などの人口構成についても教えてください。どういったタイプの観客がNTSの舞台を好んで見にくるのでしょうか。
 「こういうタイプの人間」と客層を固定化できないところが、NTSのおもしろいところです。ある町にある劇場で公演を行わないからでしょうか。客層はそのときの上演作品によって大幅に変わります。たとえば昨年『Ménage à Trois』という松葉杖でパフォーマンスするパフォーマーの作品を上演したとき、観客の60%は障がい者でした。あるいは前述した『レット・ザ・ライト・ワン・イン』は、ダンディーという町で初演されたのですが、そのときは60%の観客が「劇場に初めて来た客」であることがわかりました。カルト・ヴァンパイア映画に基づいた芝居だからか、または子どもが主人公の作品だからか、家族連れやエンターテイメントを好む観客が劇場に足を運んでくれたわけです。
 NTSが掲げる観客育成スローガンは「Artist-led but Audience-focused (アーティストが牽引する、観客にフォーカスをあてた演劇)」。つまり私たちはまず作家のビジョンに従って作品をつくり、その後、その作品に適した客が「どこにいるか」を真剣に考慮したうえで上演場所を決めるのです。つまり障がい者がアクセスしやすい劇場や、ファミリーが多い郊外都市を作品の発表場所に決めるわけです。
 とはいえ逆に「この客層にむけて芝居を作りたい」という意志がまず先行し、そこからクリエイションがスタートすることもたまにはあります。たとえば私たちは今、スコットランドのゲール語話者に向けた一連の芝居を作るプロジェクトを立ち上げています。現時点ではゲール語ネイティブの客にとって、今、何が喫緊の課題なのかを探っているところです。これは想定観客がまずいて、そこからプロジェクトが立ち上がる、という後者の良い例です。

── ところで、あなたの前任者のヴィッキー・フェザーストンは、イングランド人としてNTSを率いることに超えられない壁があると感じたため辞任した、と一部では報道されています。あなたもイングランド人なわけですが、スコットランドにある国立劇場を牽引することに何か難しさを感じていますか。
 まずクリアにしておきたいのは、ヴィッキーの辞任はあなたが指摘した理由とはあまり関係がないということです。と同時に、彼女がイングランド人として難しさを感じる瞬間があったことも認めておきましょう。私の就任に際しても批判はあったようです。ただ私自身はおめでたいことにそれに気づかず(笑)、この劇場には温かくウェルカムされたという認識しか持っていません。ですからそうした批判は、多分、極めて一部の人々のものというか。文化評論家としてこの国で権威を持つ人々が語る、ラウドマイノリティの声でしかないと思います。私としてはむしろ彼ら評論家が間違えた見解から間違えた議論を展開しているのではないか、と疑問を投げかけたい。
 だって雇用機会均等法や差別撤廃法があるのですから、人種や性別に関わらず、その職務に最適な人材が選ばれることはこの国では当然です。そのようなとき、なぜスコットランド人の有力な候補者が出てこないのか? もしかするとスコットランドでは芸術界の要職に就くようなキャリアパスが閉ざされているのではないか? もしそうだとしたら、どう改善すればいいのか? そうした議論を深めていくほうが、私はむしろ「なぜスコットランド人じゃない人間に仕事を任すんだ」と批判するより、よっぽど生産性があるように感じています。そうすれば私が辞める際には、地元スコットランドから有力な次期芸術監督候補が何人も出てくるはずです。

── では逆のスタンスから質問します。なぜあなたはイングランド人としてスコットランドを自分の文化的牙城にする決断をなさったのでしょう。
 自分の才能を社会に活かせる場を職場に選ぶことはアーティストとして大事です。それが私の場合は、生まれ故郷とは異なる場所だったというだけです。そもそも、私は地元ケントで仕事をした経験がありません。2002年から4年間は、ノースヨークシャーのスカーブラにあるスティーヴン・ジョセフ劇場で劇作家アラン・エイクボーンの演出補として働いていました。2006年から7年間は、ノースハンプトンのロイヤル&ダーンゲート劇場の芸術監督を務めていました。それ以外にも、英国全土いたるところで演出仕事を請け負ってきました。ただ私はいつでも自分がアット・ホームに感じられる場所を、自分のクリエイティブ・ホーム(創造拠点)にしてきただけなのです。

── アーティストとして、スコットランドがアット・ホームに感じられる理由を教えてください。
 まずひとつ言えることは、この国の政治に捧げられた情熱が好きだということです。ついこのあいだもエディンバラのレストランである家族がレファレンダムについて話していて、あきらかに家族内で意見がバラバラで、ものすごく白熱した議論を繰り広げていて聞いていて嬉しくなりました。あとは職場でも社会でも、あまりヒエラルキーがないという状況も居心地がいいですね。ロンドン芸術界の入会条件は、エリートメンバーの一員か否かで明確な線引きがあります。ですから私はロンドンにいく度に、どこか居心地が悪く感じます。でもスコットランドは違う。ここでは本気で草の根から、アートとアーティストを支援しようという活動がある。またロンドンとは異なる率直で直裁な批評活動も行われている。こういう様々な因子が絡み合って、私はスコットランドでアーティストとして居心地良くすごせているのだと思います。

── 「エリート主義を好まない」という意見を、あなたから聞くのは少し意外です。というのも、あなたもケンブリッジ大学出身者なわけで、望めばエリートクラブの一員に入れてもらえる立場にあるからです。
 確かに私はケンブリッジを卒業しました。でもケンブリッジに行ったからといって、私がエリート主義を好むというわけではない。そもそも私はあまり豊かでないコミュニティの中下層階級の家庭で育ちました。家族のなかで大学に行く進路を決めたのは、私たち兄弟世代がはじめてです。ですから私はケンブリッジに入学したとき、ものすごい違和感を感じました。周りはパブリックスクール(裕福な階級の子弟が入る私立中等学校)の卒業生ばかりで、ラグビーやボートレースについて話していて。私は地元の中等学校からオックスブリッジ(オックスフォードとケンブリッジ)に入学した初めての生徒だったので、毎日がカルチャーショックでした(笑)。もちろん大学は楽しかったですよ。数年過ごすにはすばらしく美しい場所ですし。でもそもそもの出自で語るなら、私はヒエラルキーのない砕けた付き合いのほうがよっぽど好きなんです。

── あなた自身の背景についてもう少し詳しく質問させてください。まず原点に戻って、そもそもなぜ演劇に興味を持ち、それを自分のキャリアにしようと思われたのでしょうか。
 若いときに演劇に惹かれた最大の理由は、おそらく他者の目で世界を見ることを可能にしてくれる文化だったからです。自分と似ても似つかないような舞台上の役柄に、なぜか共感してしまう。だからこそ演劇は、基本的にポリティカルな表現なのです。つまり自分以外の人間の立場から、広く物事を考える訓練をさせてくれるんです。
 今でもよく覚えていますが、確か13歳か14歳の誕生日のとき。私は両親を説得して『ヴァージニア・ウルフなんか怖くない?』を見に行くことにしました。学校の先生に言ったら「結構シリアスな芝居だけど、大丈夫?」って心配された覚えがあります。なんで見に行きたいと思ったのかは、あまりよく覚えていません。当時、ヴァージニア・ウルフの小説を読んでいて、なにか彼女の作品と関係のある芝居だと勘違いしたんだと思います。それで意気込んで、ロンドンのヤング・ヴィック劇場に行き、1階席のかぶりつきでパトリック・スチュワート演じるジョージと、ビリー・ウィトロー扮するマーサを目撃しました。完全に、私は彼らの芝居に打ちのめされました。まるで彼らと同じ部屋にいて、同じ痛みと破壊衝動を感じているように思いました。どうやったらこんな魔法みたいなことができるのか! 私はこれほど活き活きと他者の感情を感じられる場所は劇場のほかにないと思い、それで演劇に携わりたいと思いました。それが最初のきっかけですね。

── 変な話ですね。ティーネージャーの男の子が、中年の危機で絶望的な夫婦の話に衝撃を受けるなんて。
 本当に(笑)。でもそれこそまさに、私が言いたいことなんです。つまり演劇は、自分以外の人間の感情を理解させてくれる。もっと言えば、私たちがみな共有する人間性についての考察を促してくれるんです。なぜ私たちはこんな決断をするのか? なぜ私たちはこんな行動に出るのか? 人間はほとんど自分のことをよく理解せず、日常生活を送っています。そして、知らないうちに自分を裏切ります。しかも、しょっちゅう。日々の生活で人々は、自分の内面をあまり深く掘り下げません。掘り下げた底にあるものが、自分たちの弱さだと暗に了解しているからです。でもあらゆる良質な演劇は、この弱さについての考察を行います。そしてその弱さを誰もが少なからず抱えることを示唆してくれます。だからこそ劇場に行くと自分たちは孤独ではなく、もっと大きな社会のなかで生きているんだということが実感できて嬉しくなるんです。15世紀スコットランドの王族たちも、1960年代のアメリカの大学キャンパスで暮らす学者夫妻たちも、現代のリバプールで暮らす労働者たちも、みな同じような悩みを抱え、同じように人を愛している。なんだ、みんな一緒じゃないか、と孤独を忘れることができるのです。

── 大学卒業後、自分の劇団を旗揚げしたいという思いはなかったのでしょうか。
 大学時代には「Flesh and Blood Theatre Company(肉と血の劇団)」という学生劇団で仲間たちと芝居をつくっていました。ええ、すごい学生劇団っぽいネーミングだってことはわかっています(笑)。でも運良く俳優のフィオナ・ショーが劇団のパトロンになってくれて、『バッカエ』『血の婚礼』、それにミュージカルなどを次々に上演しました。特に『グローイング・アップ』というゼロから自分たちでつくりあげたミュージカルはナショナル・シアター・スチューデント・ドラマ・フェスティバル(国立劇場主催の学生演劇祭)で上演され、とても多くの貴重なアドバイスを演劇のプロからもらうことができました。その多くが、どういう部分が上手く機能していないかという意見でした。そこではじめて私は、演劇のなんたるかをまざまざと学びました。それまでは何年も、衣装を着て誰かのふりをすることが演劇だと思いこんでいたのに、突然、演劇はもっとシンプルで、かつもっと奥深いものだということを知った。それでとにかく、あらゆる現場経験を積みたいと思い、7年間英国各地の地方劇場でフリーランスとして働くことにしました。
 自分では絶対にやろうと思わないような仕事をふられることもあり、結構大変でしたが、そのぶん自分の長所と短所をよく理解することができました。あるとき、スカーブラにあるレストランの昼食時に二人芝居を3本演出するという仕事がまわってきました。他の演出家が直前に仕事を断ったために、いきなり自分におはちがまわってきたんです。その演出仕事を必死にこなしたあと、アラン・エイクボーンに「スカーブラで一緒に仕事をしないか」と誘われました。アランは本当に寛大なアーティストで、私は彼のもとで演劇の組み立て方の基礎をすべて学びました。4年間で、20本もの芝居制作に携わりましたからね。とにかく毎日、現場に行き、リハーサルをし、大変だとか重責だとか考える間もなく、舞台を職人的につくりあげていく必要があったんです。

── 10代でエドワール・オールビーの芝居に感銘を受け、学生時代にガブリエル・ガルシア=ロルカの『血の婚礼』を演出して、アラン・エイクボーンの下で演出補として働いていた、というキャリアを辿ると、あきらかにあなたが偉大な劇作家に敬意を抱いていることがわかります。NTSの芸術監督として、才能ある劇作家を育てることは演出家を育てることよりも大事だと言えますか。
 いいえ、そうは思いません。劇作家も演出家もどちらも重要です。確かにスコットランドは質の高い演出家よりも劇作家を輩出する国として知られています。でも私たちの劇場は、常に演出家をプロダクションの第一責任者ととらえ、その共同制作者として劇作家を選出してきました。と同時に、私はNTSが多くのスコットランド人劇作家の創造拠点になることを望んでいます。デヴィッド・グレッグ、デヴィッド・ハロワー、リンダ・マクリーン、キーラン・ハーリー。みなスコットランド生まれのすばらしい劇作家たちです。彼らには発表したい芝居があるときはいつでも、NTSの扉をたたいてほしいと思います。私たちはその作品の上演にむけて、全力で努力しますから。
 もちろん、若手作家を育てることにも目を向けています。たとえばレファレダム前夜に15分ほどのワーク・イン・プログレスをいくつか上演する『The Scottish Enlightenment Project』は、そうした若手育成企画のひとつです。

── バイロン卿からアーヴィン・ウェルシュまで、スコットランドからは今も昔も才能ある物書きが輩出されています。なぜ優れた作家がこの土地から生まれるのでしょうか。
 そもそもスコットランド人は豊穣で逞しい言語感覚を持っています。また彼らの口語は、詩的さと野卑さが共存しています。野卑さとはつまり、土着の人々の生活言語が残っているということです。そしてそのなかに、生来のリリシズムが備わっている。この二つの要素が合わさると、すばらしい戯曲言語が生まれる。『ジェームズ3部作』を執筆したローナ・ムンローのセリフにも、粗野な言葉づかいと崇高な美しさが共存しています。それがスコットランドの劇作家に脈々と受け継がれる、伝統のひとつといえるかもしれません。
 とはいえ20世紀以前のスコットランドには、あまり演劇の歴史がありませんでした。多くは宗教的な理由、つまりカルヴァン主義者たちが演劇を排斥したためです。20世紀以降は、その反動のように演劇文化が開花しました。イアン・ヘギーの『A Wholly Healthy Glasgow』(1985)、デヴィッド・ハロワーの『Knives in Hens』(1995)といったモダンクラシックが誕生しました。
 演劇がこれだけ早く普及したのは、おそらく議論、会話、ディベート、といった話し言葉全般を愛する国民性が深く関与していると思います。スコットランドで電車に乗れば、隣同士になった人間はおのずと会話をはじめます。ロンドンの地下鉄では、そんなことはありえません。お互いに言葉を交わすことが大事な国民性だからこそ、セリフを交わすことを重視する演劇が広く普及したのではないでしょうか。後はもちろんエディンバラのトラバース劇場のように「現代劇作家の芝居を上演する」ことを明確な指針に掲げている劇場が存在したことも、現代スコットランド演劇史の発展に大きな貢献を果たしました。「あそこで自分の芝居を上演したい」と思わせる劇場が物理的に存在すれば、人はより強く劇作家を目指そうと思いますからね。

── NTSはインターナショナル・ツアーも多く行っています。天津人民芸術劇場と共同プロデュースした『ドラゴン』は中国の天津市で上演されました。デヴィッド・グレッグによるマクベス亡きあとの物語を語る『Dunsinane』は多くの国内地方劇場のほか、北京、上海、香港、モスクワをツアーしました。また劇場の代表作のひとつとである『ブラックウオッチ』は英国と北米のあらゆる劇場で上演されました。インターナショナルなプロジェクトを展開することと、ローカルな地域に根差した創作活動を行うこと。その双方のバランスについて、NTSはどのように考えているか教えてください。
 地元で観客参加型のプロジェクトを成功させることと、インターナショナル・ツアーに耐え得るクオリティのプロジェクトを展開することは、実は相反するビジョンではありません。例えば、私たちはあるときグラスゴーの学校からドロップアウトしたティーネージャーたちと共に『Jump』というパフォーマンスをつくりました。これはパルクール(走る、飛ぶ、登るといった動作で街中をアクロバティックに移動するアーバンスポーツ)とグラスゴーで育つことの物語を融合させた作品でした。このパフォーマンスは国内外で大きな話題を呼び、現在、同じプロジェクトをジャマイカとオーストラリアの若者たちとも一緒にやらないかと誘われています。ですから地元参加型の作品が、結果的にインターナショナルなプロジェクトに発展するということもあるわけです。要は、アイデアの独創性と作品のクオリティが保たれていれば、ローカルであれ、グローバルであれ、プロジェクトは成功するのです。

── きたるレファレンダムに向けて、現時点で何かローカルにもグローバルにも通用するプロジェクトを構想していますでしょうか。
 昨年、私はモントリオールとバルセロナにリサーチに向かいました。この二つの場所をデスティネーションに選んだ理由は明白です。ケベック州とカタルーニャ自治州が、それぞれカナダとスペインから独立を試みているためです。これら土地でのリサーチをふまえ、NTSではレファレンダムが開催される週に、ケベック人とカタルーニャ人のアーティストをそれぞれ招聘する予定です。そして「独立すべきか否か」といった議題をもとにプロジェクトを展開します。このプロジェクトは、2015年には、アイデンティティ、境界、国家、といったテーマについてさらに思考を深めるため、モントリオール、バルセロナ、グラスゴーの3都市を巡回します。これはローカルであると同時にグローバルでもあるプロジェクトの最良の例だといえます。スコットランドの社会問題について真剣に考えることによって、逆説的にどの国のどの人々とネットワークすべきかという必然性が浮かびあがってくるのです。

── レファレンダムの結果によっては、スコットランドの未来は劇的に変化します。その潜在的な社会変動に対して、NTSでは今どのように対応したいと考えていますか。
 レファレンダムの結果は、確実に僅差で決まるはずです。ですから私たちとしては選挙後、スコットランド内部に「文化的断層」のようなものが生まれないことを祈っています。ケベック州で実施された1995年の住民投票では、50.6%の独立反対票でケベックがカナダの一部に留まることになりました。しかしあまりの僅差であったため、直後は完全に国内が二分された。そして国内の約半数の人間が長いあいだ絶望的な気分で暮らすことを強いられたそうです。これと同じことがスコットランドで起こらないことを願います。
 私の考えでは、多分、大丈夫ですけどね。結果がどうであれ、スコットランド人は未来に向けて前進していくように思います。というのもこのレファレンダムを契機に展開された様々な議論によって、この国の人々は、自分たちの特性、特技、特異な資質をより深く理解することができましたから。レファレンダムはこの国に、すでに多くの良い結果をもたらしてくれているのです。私たちNTSとしては、その活発な議論の流れに水を差さず、レファレンダムが終わったのちも継続的にこの土地にまつわる様々な思考を深めていければと考えています。

── 2014年後も、クリエイティブで刺激的な日々がスコットランドでは続きそうですね。
 ええ、それにそうしたクリエイティブな環境をスコットランドに育むことが我々のタスクなのです。そのためには一にも二にも、アーティストの才能を伸ばすこと。劇作家、演出家、美術作家、そのほか多くのアーティストにふんだんに時間と空間を与える。それがNTSの最大のミッションです。なぜならアーティストの手によって、あらゆる作品と、あらゆる世界との対話と、あらゆる未来の可能性が展開されるからです。
 そのためにNTSでは近い将来「クリエイティブ・センター」を開設する予定です。このセンターには4つの稽古場、オフィス、アーティストの作業空間が含まれます。この施設のオープンにより、NTSは次なるステップに踏み出せるはずです。初代芸術監督期がNTSにとっての「革命」の時代だとしたら、私の任期は「革新」の時代。このセンターで創造されるプロダクションが、予想だにできないスリリングなNTSの未来を切り拓いてくれるはずです。
 
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