The Japan Foundation
Performing Arts Network Japan
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工藤光昭
工藤光昭(くどう・みつあき)
Legend Tokyo chapter.7
(2017年8月19日・20日/東京国際フォーラム・ホールA)
最優秀作品賞
avecoo『あべ子といち子』

あべ子といち子 あべ子といち子 あべ子といち子 あべ子といち子 あべ子といち子
(C)Legend Tokyo
『あべ子といち子』ダイジェスト映像 https://youtu.be/WDoEbMIRVuk
あべ子といち子
*Legend NEXT
Legend Tokyoで受賞した振付家(勝者)によるダンサーの育成と受賞作品の普及を目的とした育成プログラム。体験ワークショップとオーディションを受けて勝者振付家の研究生となり、受賞作品を学ぶというもの。
Presenter Interview
2018.1.18
The aims of Legend Tokyo   Japan’s biggest street dance event 
ストリートダンス界最大のイベント「Legend Tokyo」が目指すもの 
「Legend Tokyo」は、2011年から開催されているストリートダンスのコンペティションだ。特徴は、予選を勝ち抜いた振付家が公募オーディション等によって集まったダンサーとともに群舞のダンス・ショー(上演時間5分以内)をつくり、本戦で一堂に会して競い、最優秀作品賞(レジェンドと呼ばれる優勝作品)を選ぶ振付作品のコンテストだということ。2017年の本戦では、20人の振付家による20作品がエントリーされ、LGBTをテーマに39人のダンサーによるインパクトある群舞を発表したavecooが栄冠に輝いた。会期2日で1万人近い観衆を集め、「誰もが楽しめる、心を動かされる作品かどうか」を基準に、エンターテイメント業界関係者やプロデューサーなどの審査員たちとオーディエンスがそれぞれ1位〜5位までを選び、総合結果で優勝者を決定(審査結果はすべて公表)。これまで、第1回優勝者の長谷川達也(DAZZLE)や第2回優勝者の梅棒(総合演出:伊藤今人)など、広く舞台芸術全般で活躍する人材を輩出してきた。今や、ストリートダンス界最大のイベントとなった「Legend Tokyo」を仕掛けたのが、フリーペーパーの「SDM(ストリート・ダンス・マガジンの略)」誌を発行する株式会社ジャスト・ビー代表の工藤光昭だ。ダンス業界を独自の視点で見つめる風雲児の熱い思いとは?
聞き手:乗越たかお[舞踊評論家]

2017年のLegend Tokyo

──今年のLegend Tokyoは、2011年にスタートしてから7回目、その母体となっている雑誌SDMが2007年に創刊されて10周年の記念イベントでした。

 全国から20人のコレオグラファーの作品(各5分間)、さらにDAZZLEや梅棒、Memorable Momentなどの過去のLegend(優勝者)による記念公演など、盛りだくさんの内容となりました。そして立ちあげの頃から、いつかここでやれるようになりたいと思っていた東京国際フォーラムのホールA(5,012席)で2日間の公演が実現し、本当に嬉しいです。

──2017年の最優秀作品賞は、LGBTを真正面から扱い、七色の衣装に身を包んだダンサー39人が愛を歌い上げた振付作品『あべ子といち子』で、振付家はavecooでした。
 avecooは第4回大会でもセミ・レジェンド(準優秀作品賞)を受賞しています。そのときの作品は花魁をモチーフにした『阿部魁』。これは完成度も高く名作と言われていて、ネットでの再生回数も常に上位です。しかしLegend Tokyoの審査基準は「誰もが楽しめる作品」ということ。『阿部魁』には多少エロティックな表現もあるので、本戦では審査員票が割れました。絶賛する人と、そうでない人がハッキリ分かれたんですね。今回は、その結果を受けての再挑戦だったわけですが、大衆に迎合するのではなく、さらに強烈なLGBTのメッセージをぶつけてきたのはさすがでした。「受賞しなくても、主張したいことが言えればいい」と腹を括った結果だと思います。意外なことに、今回の投票結果は前回とは逆で、エンタテインメント系が全てavecooの作品を支持しました。覚悟の勝利ですね。

──女性同士の恋愛を描き、群舞では腕を組み合わせて巨大な目をつくって「世間の目」を表現するなど、独自の表現がありました。日本では、自らのセクシャリティやジェンダーを扱うような作品はほとんどないだけに、こういう作品をエンターテイメントとして提出できるLegend Tokyoは重要だと思いました。
 39人のダンサー達の使い方が本当にうまい。Legend Tokyoは大きな舞台で上演するので、出演ダンサーも多いときには100人近くなる作品もあります。それだけのダンサーをオーディションで集められる振付家としての人気と、群舞を振り付ける実力がないと上位にランキングされることが難しい。

──コンテンポラリーダンスの話で恐縮ですが、10人以上のダンサーが出演する作品はほとんどありません。「集団がユニゾンで踊ること」に対し、「揃って動けば気持ち良いに決まっているのだから、そこに頼るのはクリエイティビティじゃない」という考え方で、どんどん踊らないコンセプチュアルな作品が増え、大人数に振り付けられるアーティストが減ってきています。しかしLegendでは、そこを乗り越えて、これまでとは違うリズムの取り方など、ユニゾンの新しい魅力が続々と生まれてきているように思います。
 今まで集団への振付は、基本的には主役が踊って、それと同じ振りをする人が5人いるか10人いるかの差でしかない状況でした。しかし、Legendではストリートダンスの集団表現を競うことによって、何十人もが踊るダンスが組み合わさってはじめてできる日本人ならではの繊細な情景表現や感情表現の手法が数多く生まれてきました。また、今回オーディエンス賞を獲得したSHOJINの『The JAZZ』は、フレッド・アステア時代のミュージカル映画のようなダンスを今日的にアレンジして大人数で展開したものでした。一見古い題材が新しい魅力を得て、幅広く支持されたのは素晴らしいことだと思います。


Legend Tokyoのシステム

──Legend Tokyoのユニークな仕組みについて伺いたいと思います。本戦に出展する振付家を選考する過程について説明していただけますか。また、Legend Tokyoでは本選用作品に出展するダンサーを公募オーディションで選んでいます。その仕組みや考え方についても説明していただけますか。

 本戦に出展する振付家については、基本的に3つの枠があります。ひとつはシード。過去のLegend Tokyoで受賞するなど、ある程度結果を出している振付家。もうひとつは、活躍をしている振付家に大会側からオファーする枠。3つ目が、春に全国各都市で開催される予選/提携大会を勝ち抜いた振付家です。予選はこちらが主催するものと、地元に主催者がいる提携大会があります。Legend Tokyoに感化されて、名古屋の「master works TOKAI」など、各地で同じような趣旨の大会が立ちあがっているので、予選として提携しています。こうして3月頃には本戦に出展する約20数名の振付家を決めています。そうして選ばれた振付家は、SDM誌上で大々的に紹介しています。

──Legend Tokyoに出場する振付家は、どのようなバックボーンを持っていますか。
 ひとつは芸能界などである程度仕事をしている人。それからここ10年ほどで急速に市場が拡大しているキッズダンスの指導者。どこの地域にもキッズダンスのカリスマ振付家がいて、教え子たちのチームを5つぐらい持っています。そういう教え子を集めればすぐに30〜40人の団体になるので、そのチームで予選に参戦してきます。後は全国のダンススクールで発表会の作品をつくるのが上手くて生徒に人気のある指導者や、イベントなどで活動しているダンスチーム、それからDAZZLEや梅棒のような舞台で活躍しているダンスカンパニーなどです。本戦に出展が決まった振付家には、必ず「公募オーディション」を行ってもらいます。これがLegend Tokyoの大きな特徴になっています。

──予選を通過してもそのままのメンバーで出場するのではなく、本戦の作品出演者は公募オーディションで選び直さなければいけないわけですよね。なぜですか。
 ダンスチームの大会だったらこんなことはできませんが、振付家の大会なので「振付家の選出」と「出演ダンサーの選出」を分離することができます。本戦出展が決まった振付家を「ヒーロー」としてSDM誌上で大々的に取り上げ、この「ヒーローの作品に出演したい人」を雑誌で大募集するわけです。そうすれば、いきなりDAZZLEのメンバーにはなれなくても、長谷川達也の振付作品に出られるチャンスができるわけです。そうすることで振付家にも新しいダンサーと出会ってほしいし、出演ダンサーにも新しい経験をして欲しいと思っています。「憧れのこの人の作品に出たい!」と飛行機に乗って遠方から稽古に通う人もいますし、引っ越す人もいるそうです。ただ、こうしたやり方について当初は反発もありました。

──バレエでも日本舞踊でも、日本のダンスは多分に「習い事」(主に趣味や情操教育ために芸事・技術を指導者から有償で学ぶこと)ですから、生徒が自分以外の人に指導されるのを嫌がりますよね。生徒が他の指導者のところに移ってしまう可能性もありますから。
 そうなんです。生徒が視野を広げるためには、別の振付家の作品にも出るなど勉強できる機会が多い方がいいと僕は思っているのですが‥‥。でも、生徒が視野を広げると囲い込めなくなるという考え方もある。ですから、他の振付家の作品に出演できる機会となる公募オーディションは業界的に当初は歓迎されないことでした。もちろん選ばれた振付家側からも「他の人は入れたくないから、私の生徒だけ連れて行くのはダメですか?」という声もありました。大都市だと本戦に出展する振付家が複数いる場合もあり、一人のダンサーが複数の振付家の作品をハシゴするようなことも出てくる。結果的に、出展する振付家の出演ダンサー集めでも、より切磋琢磨する厳しい環境をつくりあげることになっています。

──それはまた波風が立ちますね(笑)。それでも公募オーディションにこだわっているのですね。
 はい。それはLegend Tokyoをどうしても振付家の大会にしたいと思っていたからです。Legend Tokyoができるまで、ストリートダンスのイベントは、主にダンスのスキルで競い、ダンスのスキルを見せる、そういった考え方が主流でした。「○○さんのムーブ、ヤバイ!」という感じですね。僕もかつてはそう思っていました。確かに、ダンス業界内では楽しいし、業界的な深みも増します。ただ、僕がダンス雑誌の編集者として、たくさんのイベントを取材し続ける中で、ダンスをもっと広げる視点に立って考えてみた時に、もっと違う価値観も必要だと思いました。確かにスキルの高さを育むことは大切ですが、もうひとつ、ダンサー以外の人が見て楽しんでもらえることを追求する価値観を育む仕掛けもつくらなければいけない。そうしないとストリートダンスはいつか縮小してしまうのでは?という思いがずっとありました。
 例えばマイケル・ジャクソンの『スリラー』のPVを見てダンスに興味をもった人は、世界中に数え切れないほどいるでしょう。でもそのほとんどは個々の動きのキレがどうこうという以上に、ゾンビのモチーフと振付が一体化した世界観に魅了されたのだと思います。一般の観客がダンスに興味を持つというのは、そういうことだと思うんです。だから、一般のお客様も見据えた、振付力や作品世界観を広げる機会をつくることはストリートダンス業界の未来にとって絶対に必要なことだと思っています! そこで、Legend Tokyoでは多くのダンサーや一般の方たちに憧れの振付家の作品に出られるチャンスを与え、振付家には自分のチームだけじゃなく広く世間から公募したダンサーたちと触れる機会をつくる。とにかく関わった人たちが、ダンス業界以外に視野をもっと広げられる場所にしたい、そんな思いが詰まっています。公募オーディションも、そのためのルールのひとつです。

──オーディションに応募してくるダンサーはどのような人たちですか。
 インストラクタークラスの人も多いです。正確な数字は把握していませんが、今回の本戦に参加したダンサーは1100人ぐらいなので、3000〜4000人はオーディションを受けていると思います。ゲストのDAZZLEや梅棒にもオーディションをしてもらいました。地方のダンサーは、かなりのスキルがあっても、大きな舞台に出るチャンス自体がなかなかない。かといってそんなに簡単に生活の基盤を東京に移すわけにはいかない。その点、Legend Tokyoは夏だけで終わるので、夏休みをとれば、日本で一番大きな舞台で、最高峰のクルーと一緒に踊れる。もしかしたら「Legend優勝ダンサー」として胸を張って地元に戻れます。そんな今までにないチャンスも公募オーディションは実現してくれています!

──なるほど。日本中のダンスレベルの底上げにもなり、ダンスの環境を活気づけることにも繋がっているのですね。Legend Tokyoでは、作品に出演するダンサーの人数が15人以上というルールもあります。
 Legend Tokyoの特徴のひとつに、とにかく舞台が大きいということがあります。大舞台に少人数の作品ばかりだと、観る側に淋しく見えてしまいますし、音楽PVを例にとっても、振付作品に関しては大人数で踊る方が観る側にイメージしやすく受け入れられやすいと思っています。あと、少人数だと、結局、スキルで競う大会になってしまう懸念もあり、大人数ならではの観せ方を追求する環境にもしたいので、15人以上というルールにしています。実際は、1作品平均30〜40人ぐらいのダンサーが出演しています。


ストリートダンスを支える環境をつくる

──公募オーディション後、本戦までに約2カ月の制作期間(稽古期間)があります。これまで大舞台での群舞作品を制作したことのない振付家がほとんどだと思いますが、本戦までにサポートしていることはありますか。

 本戦前に照明プランを提出してもらうのですが、この大会で初めて照明プランをつくる振付家も多いです。本戦の照明は僕が全幅の信頼を置いている吉田一統さんに担当してもらっていますが、実現不可能なプランを出す人がいたり、気軽に途中変更したり、プランを集めるのにとても苦労しています。それで、「照明プランの書き方」という簡単なマニュアルを渡しています。SDM主催で照明プラン講座もやっています。
 それから、Legend Tokyoでは、各振付家に対して、「制作と創作の分化」をするよう推奨しています。これだけの出演者になると膨大な事務作業になりますが、当初は振付家が自分でやろうとして、みんな大変な状態になっていました。そこで、稽古期間中は創作に集中できるよう、必ず各チームに事務の専門職を立ててもらっています。
 ちなみに僕らは「FINAL LEGEND」という舞台公演を行っています。これはコンペティションではなく、Legend Tokyoの勝者が受賞作を再演し、作品をレパートリーとして磨くための場です。その公演に向けて、「Legend NEXT」(*)というダンサーの育成プログラムをやっているのですが、そこでは並行して事務スタッフを育てる取り組みも行っています。要は、「Legendで名前が売れてきたけど事務スタッフがいない」という振付家に対して、「こちらが費用を出すので、FINAL LEGEND公演に向けて作品制作の事務をやってもらって一緒にスタッフを育てましょう」というもので、「制作アシスタント支援システム」と呼んでいます。だからFINAL LEGENDに出た人たちには、必ず専門の事務スタッフがカンパニー内にいて、50〜60名のダンサーやスタッフを取りまとめています。
 このシステムを始めたのは、2014年の第2回FINAL LEGENDからです。これをやらないと公演が行き詰まることが目に見えていましたから。50〜60人分の同意書の確認、チケットの配券など、振付家自身がやっていたら稽古はできません。そのしわ寄せは、上演時のトラブルになって最終的に主催者にくる(笑)。それだったら費用を負担してでもスタッフを置いて事務処理をしてもらった方がいいし、スタッフも育ちます。Legend Tokyoの規模が大きくなったのも、こうしたスタッフが育ってカンパニーの体制が整ってきたことも大きな要因のひとつだと思っています。
 コンペティションのLegend Tokyoだけでなく、受賞作を公演するFINAL LEGENDをやることで、ダンサー達が“作品”という概念をもってくれるようにもなりました。昔は単に使用している曲名を付けたり、自分たちのチーム名をそのまま付けたりしていましたから。Legend TokyoとFINAL LEGENDは2つでひとつなんです

──ストリートダンスの環境を底上げしていくのもこの事業の目的だというのがよくわかりました。それにしても環境整備にかかる費用を主催者として負担するのは大変だと思います。
 そこはいつも社長として悩んでいるところです(笑)。でも振付家から「Legend Tokyoに出て成長できました」と言ってもらえるのは本当に嬉しいです。

──ちなみにLegend Tokyoでは、舞台美術を自前でつくってくる人も多いですね。
 はい。映像使用はNGですが、セッティングと撤去が30秒以内にできるのであれば、舞台美術の持ち込みはOKです。最近はSeishiroが『小芥子』(第5回優勝作品)で使用した大きな鳥居のセットのように、大きなセットをつくり込んできて驚かされることも多いです(笑)。

──Legend Tokyoのもうひとつの特徴がエンターテイメント業界の人たちを審査員に据えた審査基準です。
 Legend Tokyo以前は、「ダンスのコンペティションの審査はダンス界の大御所がやる」ことが一般的でした。しかしLegend Tokyoではエンターテイメント業界などから審査員を招いています。これには、「なぜダンスを知らない審査員にアレコレ言われなきゃいけないんだ?」という、かなり強硬で激しい拒否反応もありました。
 審査員は12の視点をもった人たちで構成しています。例えば、ぴあなどのイベント事業系、ホリプロや吉本といった芸能プロダクション系、神奈川芸術劇場などの劇場系、ミュージカル演出家などの舞台系、音楽プロデューサーなどの音楽系、また海外で活躍している人を招いた海外系、そしてダンスのわかるダンサー・振付家系などです。玄人受けのダンスの技術を競う大会ではなく、ダンスを知っている人はもちろん、ダンスを知らない人が見ても楽しめる、振付作品のコンペティションですから。
 結局、見に来て欲しいと思っている“大衆とは何か”と考えたとき、それは“多様な考え方の総合である”というのが僕らの定義です。だからいくつもの視点で審査をし、その総合を取るという審査方法にしています。

──基準の違う12人の審査で揉めることはありませんか。
 審査方法は「誰もが観て楽しめ、感動するダンス作品として、面白かったベスト5を挙げてください」というシンプルなもので、1位50ポイント、2位40ポイント…5位10ポイントで採点し、順位はその合計で単純に決めているので揉めることはありません。また、審査結果はすべて審査員の実名と一緒にネットで公開しています。そして「本戦で1票も入らなかった振付家は、次回からの出場権を失う」という厳しいルールもあります(ただし、予選から勝ち上がってくれば出場できる)。

──それからLegend Tokyoの大会出展作品は全編映像がネットで公開されています。ストリートダンスでは当たり前のことなのでしょうか。
 東京で開催する本戦に来られない全国の人に観てもらいたい、振付家がせっかく創った渾身の勝負作品を大会限りではなく、もっと世界中に広げたい、という気持ちがあります。雑誌編集者として僕が記憶する限り、アメリカでは当たり前でしたが、日本ではこの試みはLegend Tokyoが初だと思います。今はかなり一般的になってきました。
 しかし、「どうせYouTubeで公開されるからイベントに行かなくてもいい」と考える人が多くなってきました。ですから今度は、「イベント側が、会場に来ないと楽しめない付加価値をいかに提供できるか」が勝負になってきています。いまやたいがいの音楽はネットで聴けますが、ライブは盛況です。そういう観客は何を楽しんでいるのか?どういう一体感が必要なのか?ということを、ダンス公演に置き換えて考えてみることを試行錯誤していますね(笑)。


Legend Tokyoが生まれた経緯とこれから

──工藤さんはどうしてLegend Tokyoを立ち上げようと思ったのですか。ダンスとはどのようにして出会ったのですか。

 少し遡って説明しますと、僕が舞台に興味を持ったのは18才の時で『キャッツ』や『オペラ座の怪人』などのミュージカル全盛の時代でした。当初はミュージカルの演出家になりたくて、ニューヨークに渡り、ブロードウェイのミュージカルを観まくりました。若者にありがちな熱に浮かされて、「アメリカのエンタメは凄い、日本のエンタメは遅れている」と思い込んでいたからです。でもビザの更新のために帰国したとき、たまたま友達の薦めでアニメの『新世紀エヴァンゲリオン』を見て仰天しました。表現も演出も大胆で繊細で、日本人でなければつくれないような魅力に溢れていた。それをきっかけに「実は日本のエンタテインメントは凄いんじゃないか」と思うようになりました。
 「マンガ、アニメ、ゲームに続く、日本独自の新しいエンタテインメント文化をストリートダンスから立ち上げたい」という思いが芽生え、2002年、知人と一緒に「movement」というストリートダンスを扱うフリーペーパーを立ち上げました。でも知人とはエンタテインメントに対する価値観があわず、結果、離れて現在の株式会社ジャスト・ビーを設立しました。10年ぐらいは編集プロダクションとしてダンサー向けの技術中心に紹介する「ダンス・スタイル」などの書店売りの雑誌を編集していました。いろいろ取材を重ねるうちに、ダンス教室の生徒による発表会に人を楽しませるような面白いものが多いことがわかった。また、ストリートダンスの中にもDAZZLEなど舞台公演で一般の観客を集めるようなグループもでていました。それで、そういうダンスをもっと多くの人に観て欲しいと思うようになりました。
 それで、2007年にストリートダンスが好きな若者に、ストリートダンスには舞台芸術やエンタメとしての魅力もあるんだということを認知してもらうため、「SDM」という全国配布のフリーマガジンを創刊しました。

──すぐにLegend Tokyoというイベントを立ち上げたわけではないんですね。
 はい。Legend Tokyoのようなイベントをやるために、初めに雑誌を創刊しました。ですから、SDMはただのストリートダンスの雑誌ではなく、創刊号から「舞台セットの使い方」や「照明プランの書き方」を特集し、舞台作品を作る実践的な内容を記事にしてきました。それで下地をつくり、2011年7月29日に渋谷公会堂で第1回Legend Tokyoを開催しました。ちなみに僕は、当社で唯一、ダンサー経験がない観客専門の人間です(笑)。

──なぜ名前を「Legend」にしたのですか。
 僕はイベンターではなく、基本的にメディアのスタンスで常に考えています。Legend Tokyoの目的も単なるイベントではなく、ダンスの魅力を“伝えて、広げる”というメディアとして考えています。その方向で言葉を探していて、“Legend(伝説)”にたどり着きました。

──2011年と言えば、東日本大震災の年です。開催は大変だったのではないですか。
 そうなんです。もともと春休みの大会として3月31日に開催する予定でした。地震が起こった3月11日は、打ち合わせのために渋谷公会堂(現在、建て替え中)に向かっている最中でした。正直そのときは、事態の深刻さをまるでわかってなかった。スタッフもほとんどバイク等で移動していたので、ひとりを除いて普通に劇場に集まっていました。なので地震直後は、「延期しません! 日本最大のコレオグラファーの大会を初開催します!」と発表しました。

──工藤さんにすれば、雑誌まで創刊して、3年間かけて準備し、満を持してイベントを開催しようとしていたわけですから、おいそれとは引けないですよね。
 でも、徐々にとんでもない被害だというのがわかり、すぐに「こんなときにダンスなんて不謹慎だ!」と抗議が来ました。原発事故が報じられると、「放射能にさらされている東京に多くのダンサーを集めるなんて、何を考えているのか」「全国で電力が足りない時に、大量に電気を使うイベントをやるなんてもってのほかだ」という感じの電話が、朝から晩まで鳴り止みませんでした。本当にあの時期は大変で、僕も社員も精神的にとことん追い詰められました。人生で一番というぐらい辛かった。ギリギリまで可能性を探ったのですが、ついに3月20日に中止を発表しました。「いつになるかわかりませんが、Legendは復活したいと思っています。その時はみなさん、ぜひお力添えください」と告知しました。

──中止となると莫大な損害ですよね。
 満席だったチケット代もすべて返金しなければならない。間際のキャンセルなので、全額正規料金を請求される業者も結構ありました。それで約1000万円の借金ができて、4〜5人しか社員がいないうちのような小さな会社では受け止めきれない状況になりました。

──アメリカの9・11同時多発テロの時には、ブロードウェイが真っ先に公演を再開させたんですけどね……。
 そうですよね。でも、これが面白いもので、中止宣言をしたらそれまでのクレームがピタリと止んだばかりか、一転して「止めないで! 今の日本を勇気づけるために、Legendが必要です!」というメールや電話が来るようになった。SDMでも「エンタテインメントは、震災に負けない(震災の中でも人々を元気にするためにエンタメを続けた人たち)」という8ページの特集を組み、復活を宣言しました。
 2011年7月29日の渋谷公会堂には、被災地である福島県からの参加者を含む25作品が集まり、しのぎを削り、優勝は代表作『花ト囮』を発表したDAZZLEの長谷川達也に決まりました。イベントは大成功でしたが、第1回のLegend Tokyoが終わった後、社員がほとんど辞めてしまったんです。「編集の会社が、こんな大変なことをやる意味がわからない」と言われました。それで最終的に僕と、いま舞台総括をやっている長濱佳孝だけが残りました。ガランとした事務所に2人、それでも翌年のLegend Tokyoはやろうと決意していました。そして、2014年の第4回Legend TokyoとFINAL LEGENDが成功し、15年3月に全ての借金の返済を終えました。ようやく5年かけて震災が終わったと思いました。……と思ったら、2015年の第5回Legend Tokyoを横浜アリーナ(1万1,000席)で行い、今度は3,000万円近くの赤字を背負ってしまいましたけど(笑)。

──コンテンポラリーダンスとストリートダンスはほぼ同じ時期(1970年代)に出てきた割には交流がありませんでした。しかしここ10年ぐらいで、やっと両者を融合させてオリジナルのスタイルをつくれる人が出てきました。それで物語性のあるストリートダンス作品のためのコンペティション「TheatriKA'l(シアトリカル)」(2011年)が神奈川芸術劇場で行われ、DAZZLEが大賞を獲得し、Legend Tokyoとのダブル受賞になりました。私はその時にLegendの存在を初めて知り、こうした動きは時代の要請なのではないかと思いました。工藤さんは、これからのLegend Tokyoの展開をどう考えていらっしゃいますか。
 プロデューサーは、ある程度成功したときに、まっ先に飽きなきゃいけない存在だと思っています。今までの歩みの中で、「Legendはこういうものだ」という共通認識ができ上がっていて、それは何千人、何万人のダンサーの愛情や熱い思い入れの累積なので、実に強固です。企画主宰者である僕がもう視点が変わって違うことをやろうとしても、「いや、工藤さん、それは違う!」と言われてしまう(笑)。次に進みたいのに進めない、その現状には歯がゆさも感じています。
 「マンガ、アニメ、ゲームに続く新しい作品文化を日本のストリートダンスからつくりたい」というのが一貫して考えてきたことですが、やりたいこと、できること、やるべきことが、ものすごいスピードで変化し続けていて、目の前の目標は毎年変わっています。その中で観客の動員は大きな課題だと思っています。横浜アリーナで第5回本戦をやったとき、満席にできなかったことは本当に痛い経験でした。
 これがアイドルの公演だと、普通に3日間満員になり物販も飛ぶように売れる。Legend Tokyoは最高のダンス・エンタテインメントをやっているのに、1日ですら埋められない。この差は何か。ちゃんとダンスだけで横浜アリーナを埋めるにはどうしたらいいか、ということを、ずっと考えています。その回答のひとつが、今年浅草公会堂でやった「FINAL LEGEND -2.5次元コレオグラフィ-」でした。

──ダンサーを漫画のキャラクターにしたり、お笑い芸人が進行を務めたり、いろいろなコンテンツの融合を目指したエンタテインメントにトライしていました。
 こうしたFINAL LEGENDの取り組みで、より幅広くダンス公演に足を運んでくれる人を伸ばしていくことがさしあたりの目標です。ただ僕らはあくまで雑誌というメディアの側であって、芸能プロダクションでもなければ、振付家のマネジメントでもなく、イベンターでもない。Legend Tokyoという場はどこまでいってもメディアの特質である“伝える環境”だと思っています。こちらが用意した環境を、生かすも殺すも振付家次第です。僕らはアーティストの魂を最後まで信じて、その時代ごとに最高の舞台を用意していきます。
 
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