The Japan Foundation
Performing Arts Network Japan
Japanese Drama Database
Japanese Title: 夏の盛りの蝉のように
English Title: As Cries of Cicadas in the Fullness of Summer
Author: 吉永 仁郎
Author's Profile: 劇作家。1929年東京生まれ。早稲田大学第一文学部卒業(英文科)。中学校に勤務するかたわら舞台芸術学院夜間部に通ったことが劇作家への第一歩となった。課程を修了後、1955年に小劇団「虹の会」の演出部に入り、「印鑑」を初めとするいくつかの習作を生むが、3年で退団。それ以後、一時期演劇から遠ざかった。
四十歳を過ぎた頃から再び創作活動をはじめ、「勤皇やくざ瓦版」が事実上の処女作となる(1974年初演、翌年に発表)。以後、日本の歴史上の人物に取材した作品を多く書き、ほぼ舞台化されている。
代表作として、落語家三遊亭円朝(さんゆうていえんちょう)を描いた「すててこてこてこ」(1977年発表、82年初演)、作家滝沢馬琴(たきざわばきん)を描いた「滝沢家の内乱」(1994年発表、同年初演)、作家永井荷風を描いた一人芝居「正午浅草荷風小伝(しょうごあさくさかふうしょうでん)」(1997年発表、同年初演)など。
発表、初演ともに1990年(1979年発表、1988年に大阪で初演された作品「蝉」を改作、改題したもの)。
First Performance:   発表、初演ともに1990年(1979年発表、1988年に大阪で初演された作品「蝉」を改作、改題したもの)。
Performance time:  
Acts / Scenes: 全2幕
Cast: 6人(男4・女2)


江戸時代、絵に生きた人々の姿を、その作品と共に映し出す。

絵を描くことにしか興味がない葛飾北斎(かつしかほくさい)、絵師としてまるでうだつの上がらない歌川国芳(うたがわくによし)、武士でありながらいずれは絵の道に専念したいと願う渡辺崋山(わたなべかざん)。彼らは今日も北斎の家に集い、議論を戦わせていた。そこには、北斎の弟子で、腕はいいのに師匠の世話ばかりしている蹄斎北馬(ていさいほくば)、父北斎に振り回されながら、やがては自分でも絵を描くようになる娘おえいもいる。国芳の目に余る態度や、崋山のあまりに理論づくめの物言いが、何度となく北斎の機嫌を損ね、顔を合わせれば常にけんか腰だったが、そうする中で各々が自分の道を模索していたのである。しかし時は流れ、彼らにはそれぞれの運命が待っていた。国芳は世間をあっと言わせるような絵師になろうと決心、新しい手法で独自の道を切り開いてゆく。老いてなお健在の北斎は次々に傑作を世に送り出し、娘のおえいもめきめき腕を上げて、いまや北斎の絵を助けるまでになっている。しかし、絵に専念するどころか政治に介入しはじめた崋山は、言論弾圧の目的で幕府に捕らえられ、自ら命を絶つのである。北斎や国芳にとっても厳しい時代であることに変わりはなく、ぜいたくを一切禁じられ、政治批判などもってのほかという状況下で、彼らも苦心しながら、絵だけは捨てずに生きたのである。

その後、北馬、北斎、おきょうが没し、生き残ったのは国芳と、北斎の娘おえいだが、死んだ北斎らは全員、亡霊となっており、病身のおえいが一人で暮す家に取りついて様子を伺っていた。おえいを訪ねて国芳がやって来て、今は亡き仲間たちの思い出話をすると、亡霊たちもその会話にやかましく口を挟み、その様子は昔のままである。国芳が帰った後、おえいは、もう父北斎の影法師は終わりだとつぶやき、旅支度を始める。しかしいよいよ旅立とうとするおえいの前に、かつて日々を共に過したあの男たちの姿が生き生きと甦る。北斎、崋山、北馬、国芳――彼らの声は、夏の盛りの蝉のように響き渡り、おえいはしばしその幻をみつめる。しかし一瞬にして幻は消え、静寂が訪れて、おえいは我に返り、家を後にするのであった。
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