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岡田利規
岡田利規(OKADA, Toshiki)
1973年横浜生まれ。慶應義塾大学商学部卒業。97年に、ソロ・ユニット「チェルフィッチュ」を旗揚げ。チェルフィッチュ(chelfitsch)とは、自分本位という意味の英単語セルフィッシュ(selfish)が、明晰に発語されぬまま幼児語化した造語。「より遠くに行ける可能性のある作品」を生み出すため、ある方法論を持ちつつも、その方法論をそれ以上「引き寄せないように、それをいつまでも掴んでいないように、すぐに手放すように」心がけるという、それ自体が不思議な方法論で演劇作業を実践する。2001年3月発表『彼等の希望に瞠れ』を契機に、現在の作品に見られるような超リアル日本語を使う作風に変化。だらだらとしてノイジーな身体性を持つようになる。横浜STスポットを拠点に活動。2004年、『三月の5日間』で第49回岸田戯曲賞を受賞。選考委員からは、演劇というシステムに対する強烈な疑義と、それを逆手に取った鮮やかな構想が高く評価された。とらえどころのない日本の現在状況を、巧みにあぶり出す手腕にも注目が集まった。
http://chelfitsch.net/
三月の5日間
三月の5日間
チェルフィッチュ『三月の5日間』
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an overview
Artist Interview
2005.10.22
The adventurous world of Toshiki Okada, a playwright who write in  
「超リアル日本語」を操る 劇作家・岡田利規の冒険  
パーソナルな場で交わされる私語のように、主語が省略され、接続詞が繰り返されるとりとめのない台詞──この「超リアル日本語」で脚光を浴びている劇作家の岡田利規。自ら率いる演劇ユニット、チェルフィッチュのパフォーマンスは、コンテンポラリーダンスの世界でも取り上げられるほど独特の身体表現を伴っている。言語への冒険と同時に、豊かな身体のあり方を模索する岡田に聞いた。
(聞き手:岡野宏文)


──演劇の世界に足を踏み込んだそもそもからお聞かせください。
大学に入るまで、芝居なんて見たこともない人間でした。慶応大学に入学し、ずっと好きだった映画が作りたくて、あるサークルに入ったら、そこの活動の中心が映画よりも実は演劇だったんです。新入生が参加する公演に、みんなが係わるものだから、流されるみたいにして照明の手伝いから始めました。

──そこでやめずに、さらに深入りしていった理由は?
シナリオなり脚本なり、書くことをしたかったんですね。映画を撮る機会がないうちに、芝居の脚本を書き始めて、そうすると自然に演出にも興味が湧いてきたという感じです。

──その頃の作品は、どういうものだったのですか。
僕の入学した92年が、ちょうど野田秀樹さんの「夢の遊眠社」の解散公演の年でした。それまでは名前を知っていた程度で興味もなかったのですが、見てみたら当時の僕にとってはすごく刺激的で、その後は野田戯曲の影響を受けたような作品を書くようになりました。もちろん全く同じスタイルのものではありませんが、あの言葉の転がりというか、言葉の運動の論理だけで思いもかけない場所まで作品を連れて行ってしまう、あの手法を最初の頃は模倣していました。

──野田の演劇と、今の岡田さんの演劇スタイルとはずいぶんと違う気がします。徐々に推移が起きていったのですか。それともなにか大きな転換期のようなものがあって、急激に変化したのですか。
卒業するくらいの年に、平田オリザさんの「現代口語演劇のために」という本を読んだことが大きな転機になりました。「台詞を喋るときに、俳優がその言葉に自意識を投入してしまうのは変なことだ」と、多分、平田さんはそうおっしゃっているのだと思いますが、そういう演技論、演劇論にとても影響されました。自分が今やっていることの発端は、そこにあると思います。この本を読む前に、平田さんが指導された2日ほどの一般向けのワークショップにも参加しました。俳優の身体にわざと負荷を与えて、台詞への意識を分散させるやり方にとても触発されました。

──俳優の体への負荷というのは?
たとえば、同時に二組の会話を進行させることもその一つですね。こっちで誰かと喋ってる最中に、向こうでも会話がなされていて、こちらで台詞を進行させつつ向こうの会話にもリアクションをする、そういう作業です。確かにこれは台詞への意識を分散させる分かりやすい方法だと思いました。
それとその頃もう一冊ショックを受け、面白いなあと読んでいた本がありまして。ブレヒトの演劇論『今日の世界は演劇によって再現できるか』です。「第四の壁」(舞台と客席を隔てる見えない境目のこと。俳優はここに向かって演技をする)という考え方への批判なんかは、すごく感銘を受けました。
僕の中では、ブレヒトの言っていることと平田さんの言っていることは、スムーズに繋がっています。ブレヒトと平田さんが、僕のやっていることの元になっているのは、間違いなくはっきりしています。

──そうした思いの中から、「超リアル日本語」と呼ばれる、岡田さん独特の台詞の文体が発明されていった。そのプロセスは、どのようなものだったのでしょう。
あのキチンと喋らない台詞、要領を得ない台詞を書くきっかけのひとつが、テープ起こしのアルバイトをやっていた経験にあるのは明らかです。テープの内容は、地域振興のシンクタンクが、その地域の住民を対象に行なったヒアリングなどでした。
このテープ起こしが、ものすごく面倒くさいのですが、それと同じくらい面白い。というのも、一字一字、全部忠実に文字に起こしても、何を言ってるのか全然分からないんですね。でも、言葉ではっきりとは言っていないのに、話全体からは、その人が何を言おうとしているのかは分かる。そのことにビックリした経験は大きい。
ただし、実際に戯曲を書くときに、人がしゃべったテープを起すといった手法を使ったことはありません。全部自分で書いています。だったら、もうちょっと分かりやすい台詞で書けよと言われそうですけれど(笑)、それをやると、僕にとって大切なものが落ちていってしまう。世の中の人が会話している、あの要領を得ない喋り方を再現し、その要領を得ないものの中に含まれていることを表現するのが、僕のやりたいと思っていることのひとつです。

──細部では何を言ってるのか分からないのに、話の全体からは言いたいことが理解できてしまう、そういう会話の面白さを観客にも体験してもらいたい?
というよりも、現に僕たちはそういう言語生活をしてるじゃないか、ということが僕にとっては大切なんです。こういうふうに喋ってるじゃないか、と。もちろん、そういう言語生活のあり方を批判することはできるんでしょうけど、僕はいいとか悪いとか判断したり、批判することにはまったく興味がない。そういう言葉の使われ方の中にわれわれは生きている。そうであるなら、演劇においてはせめて、もっと正しい日本語、クリアな日本語を使おうよ、とするのは、現実に対してすごく卑屈な態度なんじゃないかと。僕にとっては、今使われているこの日本語の方がよほど豊かで、とてもポジティブなものなんです。

──いつまでも話に区切りがつかなかったり、そういう要領のなさに加えて、主語が省略されていて、今誰が語りの主体なのかも分からなくなる、台詞としての曖昧さもあります。
それにはまた別のきっかけがありまして。STスポットのフェスティバルに参加するために、チェーホフの『煙草の害について』を文字って、『マリファナの害について』という一人芝居を書いたんです。そのときに、友人のことを喋っているうちに、話者がその友人そのものになったら面白いと気づき、それ以降、複数の人間の会話でも同じことをやるようになりました。このアイデアの元に、もうひとつ、フォークナーの小説があります。『アブサロム、アブサロム!』の中で主体の変化が字体の区別で書かれているのですが、これは演劇でやった方がもっと面白くできるなと思っていたんですね。

──見ていてイライラしたり、退屈したりすると言うお客さんはいませんか?
いますね(笑)。

──そういうお客さんに対して、退屈させないサービスは。
僕の中にあるビジョンを僕自身が達成させられていないことが理由で退屈させてしまっているのだとしたら何とかしなくちゃと思うのですが、退屈されているのが、僕が豊かだと感じているもの、僕が提示したいもの、つまり僕の表現したい本質的な部分に対する拒否反応だったら、それについてはどうしようもないですね。
 
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