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新井弘順
新井弘順(Kojun Arai)
1944年、埼玉県出身。高野山大学大学院文学研究科修了(インド古代法)。真言宗豊山声明を大僧正青木融光より学び、以降国立劇場における声明、雅楽、音楽公演の古典、新作の演奏に参加する一方、 海外でも幅広い活動を行なう。73年「日本の伝統と前衛音楽」世界公演、86年ベルリンインベンションフェスティバル、フランスの秋芸術祭、90年ドナウウエッシンゲン現代音楽祭、06年日豪交流年シドニー公演等の声明公演に参加。97年天台宗の声明家とともに「声明の会・千年の聲」(「声明四人の会」が前身)を設立、古典の継承・普及に努める一方、新作声明にも積極的に取り組んでいる。。上野学園日本音楽資料室研究員として声明楽譜研究に従事。国立音楽大学非常勤講師。迦陵頻伽声明研究会会員。所沢市宝玉院住職。
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スパイラル声明コンサートシリーズ vol.2 『A UN』
出演:声明四人の会+シャブダ
公演日:1999年3月
会場:東京・スパイラルガーデン
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*1 「四智梵語讃」
仏の智徳を讃える讃歌で、古代インドの言語サンスクリットを漢字に音写したもので、原詞を原曲で歌う。中国語に翻訳し、中国風に作曲し直した曲が「四智漢語讃」である。

*2 「舎利讃歎」
釈尊の遺骨である仏舎利を、釈尊の片身として崇拝する曲。天台声明を中国から伝えた円仁作の最も古い日本語の声明曲で、今日では真言宗に伝えられている。釈尊の涅槃を説いた「常楽会(涅槃会)」の中で唱えられるが、この法要は僧俗ともに釈尊を追慕することを主眼としており、聴いて意味のわかることが大切なため、「四座講式」「四座講和讃」など日本語の声明曲が多く用いられえている。



講式
*3 「四坐講式」
鎌倉時代の明恵上人の作。涅槃講式、羅漢講式、遺跡講式、舎利講式の四座の式文からなる。講式とは日本語によるお経ともいうべきもので、我が国の語り物の源流となった。


天台声明の博士
天台声明の博士
真言声明の博士
真言声明の博士
真言声明の博士
最古の印刷された博士
最古の印刷された博士
Artist Interview
2007.5.24
Interview with Kojun Arai -- Bringing the music of the thousand-year-old shomyo chant tradition to concert hall audiences  
新井弘順インタビュー 千年の時空を越えて劇場で親しまれる仏教音楽「声明」の世界  
千二百年の伝統を誇り、西洋のグレゴリオ聖歌とともに世界で最も古いといわれる日本仏教の宗教音楽「声明」。
寺院でしか聞けなかった僧侶の男声合唱である声明をコンサートとして劇場公演し、現代音楽の作曲家による新作声明にも挑戦している僧侶グループがある。「声明の会・千年の聲」の新井弘順師(真言宗豊山派宝玉院住職)が語る声明の世界とは。

(聞き手:花光潤子 インタビュー:2007年4月27日)



──日本人ならお経といえば誰もが知っていますが、「声明」という言葉は一般にはまだ馴染みがないようです。お経と声明は違うのですか?
 「声明」は、お経に節がついたもので、仏教寺院で僧侶が儀式の時に唱える男性コーラスです。仏さまの教えを讃歎する仏教の聖歌です。仏教とともにインドで生まれ、中国や朝鮮半島を経由して日本に伝わりました。日本に仏教が伝来したのは6世紀ですが、声明については、752年に東大寺大仏開眼供養の大法要が行なわれた際に、国中から約1万人のお坊さんが集まり、420人で声明を披露したという記録が古文書に記されています。

──声明の歴史について、教えてください。
 「声明」という言葉の語源はsabda-vidya(シャブダ・ヴィドヤー)、古代インドの学問の一つで、「言葉の学問」を指していました。一方中国や朝鮮では「聖歌」という意味合いで「梵唄(ぼんばい)」と言っていましたが、日本ではそれらが一緒になり、鎌倉時代初期から「声明」という言葉が使われるようになりました。
 9世紀の始めに弘法大師空海が「真言声明」、中頃には慈覚大師円仁が「天台声明」を中国から伝え、宗派ごとに独自の発展をしてきました。声明が一番発達したのは平安時代の末から鎌倉時代にかけてです。この時代に声明の音楽理論、記譜法、楽譜集、教授法などが整備されました。1472年には声明の楽譜集『文明4年版声明集』が高野山で出版され、これが現存する世界最古の印刷された楽譜集と言われています。この印刷楽譜によって声明も全国に普及しました。ちなみにグレゴリアン聖歌の印刷楽譜は1473年の出版ですから、一年早かった(笑)。このように、音楽史といえば皆さんはすぐ西洋音楽と思いがちですが、日本には世界の音楽史上大変貴重な文献がたくさん残っています。

──どのような曲がありますか?
 現在我々は、インドで生まれたサンスクリット(梵語(ぼんご))の曲(梵讃)と、中国で独自に作曲された漢語の曲(漢讃)、そして日本で作曲された日本語の曲(讃歎・教化(きょうけ)・和讃・表白・講式など)という、三種類の声明の曲を今に伝えています。それを儀式の時にうまくミックスさせて唱えています。
 今も法要の際に頻繁に唱えられている「四智梵語讃(しちぼんごのさん)」(*1)という曲は、7世紀頃にインドで生まれ今に伝承されてきたものです。日本で作られた声明の一番古い曲は、860年に円仁(えんにん)が作った「舎利讃歎(しゃりさんだん)」(*2)という曲です。中国に留学していた円仁は、新羅人の寺に滞在して新羅語の声明の目の当たりにして、仏教を日本に土着化させ一般の民衆にも広めるためには、歌詞の意味がわかる日本語の曲が必要だと考えたのでしょう。
 全部で何曲くらいあるのかと聞かれると困ります。どれを一曲とするか数え方が難しいんですよ。曲を単体で唱えることはなく、それぞれの法要を構成する一部分として伝承されてきました。また宗派によって、同じ歌詞ですが節がまったく違う曲がたくさんあります。

──二大流派といわれる真言声明と天台声明の違いは?
 聞き比べてみるとわかりますが、一般に真言声明は男性的でダイナミック、天台声明は女性的で優雅と言われています。特に声明の音楽的特徴を表すのは、最も基本的な装飾音であるユリ(揺り)で、流派により異なります。真言声明のユリはゴツゴツしています。天台声明のユリは波のようにゆったりして息が長く瞑想的です。また、記譜法が全く違うので、お互いの楽譜は読めませんし、それぞれの流派でしかやらない曲もあります。平安時代には、東大寺大仏開眼供養会で唱えられた四箇法用(唄(ばい)・散華(さんげ)・梵音(ぼんおん)・錫杖(しゃくじょう))が流派を超えて合同で唱えられていました。その後宗派ごとに独自の発展をしてきました。

──たくさんのお坊さんの声が寺院に響きわたる声明は圧巻です。基本的に声明の曲は合唱だと思っていいのですか?
 そうですね。声明曲は、老僧が法要の始めに重々しく唱える「唄」のような独唱もありますが、基本的には合唱です。頭役が最初に出だしを唱え、後に皆が続いて合唱になります。
 インドや中国で生まれた曲は、母音をのばしてそこに装飾音がついているだけですから、喜怒哀楽といった感情表現は何もありません。一方「四坐講式」(*3)のような語りものの声明「講式」では、お釈迦さまの入滅という悲しい場面を語るわけですから、音域(初重・二重・三重)を変えて、感情的な表現も行っています。ただ日本の初期の音楽は、人間の感情をもろに出さないのが原則で、音域を設定して音楽的な表現によって場面を表していくのが常套のようです。平曲などもまさにそうです。激しく感情表現をするようになったのは近世、江戸からでしょうね。

──楽譜はどのようなものですか?
 声明では楽譜のことを「博士(はかせ)」と言いますが、歌詞に音高(ピッチ)を示す記号(音譜)がついています。音の型、旋律型という一つのまとまった単位で覚え、それぞれの曲は旋律型の組み合わせでできています。また声の抑揚や長さを線で表し旋律が視覚化できるよう工夫されています。
 高野山では1472年に印刷楽譜が出版された後、1496年にそれを解説する教則本『魚山芥集(ぎょさんたいがいしゅう)』が編纂されました。それらは今用いている本博士と基本的に同じです。ただ現在では、若い人にもわかり易いように博士をより視覚化した仮博士を用いて教えています。声明の最古の楽譜といわれている10世紀頃のものが、敦煌で発掘されイギリスの大英図書館に保存されていますが、つい最近、朝鮮の新羅に留学した僧侶が持ち帰ったという、8世紀頃の「ネウマ譜」という線で書かれた楽譜が発見され、博士の起源はさらに古くなりました。

──声明はお師匠さんから教わる口頭伝承が基本ですが、合唱の訓練はしますか?
 各本山の専修学院で声明の授業が行われていますが、基本的には毎朝のお勤めや法要などを通して自然に耳で聴いて、唱え合わせることを覚えていくのです。大切なのはいつもお互いに声明の響きを聴きあっていることで、特別に訓練するというより、日常生活の中で自然に身につけていくものだと思います。もちろん難しい曲はお師匠さんのところに行って習いますが、基本的な曲はそうやって聴きながら知らず知らずのうちに覚えていく。そうすると不思議なもので高野山の声、比叡山の声、我々長谷寺の声と声がみんな違ってくるのです。お山の集団生活の中で、毎朝唱えることを数百年続けてきたことでそれぞれのお山の独特の声明が出来上がってきました。祈る場所や音の環境と声明には密接な関係があるように思います。
 
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