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二階堂瞳子
二階堂瞳子(にかいどう・とうこ)

「革命アイドル暴走ちゃん」サイトhttp://www.missrevodolbbbbbbbberserker.asia
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『騒音と闇』(Noise and Darkness)
ドイツツアー

2014年8月21日〜23日/Kampnagel P1(ハンブルク)
2014年8月28日、29日/HAU2(ベルリン)
Photo: Jumpei Tainaka
騒音と闇 騒音と闇 騒音と闇 騒音と闇 騒音と闇 騒音と闇 騒音と闇
Artist Interview
2015.4.27
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Toko Nikaido and her spirit behind   the “berserker” performances  
狂騒的パフォーマンスに込めた二階堂瞳子のサブカル魂  
1986年生まれの二階堂瞳子は、2008年に「バナナ学園純情乙女組」を結成後、「おはぎライブ」と称する狂騒的なパフォーマンスを立ち上げた。アイドルのライブで行われる「ヲタ芸」(客席でファンが応援のために行う集団パフォーマンス)を軸に、アニメ、アイドル、学生運動など様々なイメージをコラージュし、パフォーマーと音楽と映像が乱舞する「おはぎライブ」は、多彩なサブカルチャーを発信し、消費し続ける東京の今を象徴する表現として注目を集める。2012年にバナナ学園を解散、翌年「革命アイドル暴走ちゃん」として再出発。2013年にスイス、オランダ、ドイツ、2014年にドイツ2都市(ハンブルク、ベルリン)、今年も4月24日から5月8日までドイツ、オーストリア公演と、招聘されている。虚勢されたような演劇と決別し、東京の今を真正面から受け止めた「おはぎライブ」に込めた思いをインタビューした。
聞き手:野村政之[演劇制作者、ドラマトゥルク]

──二階堂さんは桜美林大学総合文化学部の演劇コース出身です。桜美林からはマームとジプシーの藤田貴大さんなど、それぞれスタイルの異なる若手のアーティストが出ています。まずは、二階堂さんの演劇との出会いから聞かせてください。
 私は札幌出身で、小学4年生の時に劇団四季の『キャッツ』が札幌に仮設劇場をつくって公演していて、それを見たのがきっかけです。舞台に触れるのが全く初めてだったからすごく感動して、曲を覚えて、ひとりで『キャッツ』ごっこをやってました。それで、5年生になって今度は学習発表会で『かさこじぞう』をやったのですが、私ひとりめちゃくちゃモチベーションが高くて先生にも褒められた。それで調子に乗って(笑)、やっぱ自分は女優をやるべきだって思いました。でも中学に演劇部がなかったので、先輩が格好よかった吹奏楽部に入ってトランペットに没頭しました。
 高校では、吹奏楽部と演劇部を兼部して、でも吹奏楽を続けるモチベーションが低すぎて後で演劇部1本に絞ったのですが、これがむちゃくちゃ弱小で顧問の先生も全くやる気がなかった。でも高校演劇の大会に出場したときに、審査員の先生から「あなたは元気が良くて良かった」みたいなコメントを貰って、「やっぱ私には才能がある」みたいな感じになった(笑)。
 それと中学からずっと東京に憧れがあって、実はひとりでオーディションを受けに行ったりしてました。よくわからないけど、何者かになりたかったんです。だから進学も東京に行きたくていろいろ受験したんですが、志望のところは落ちてしまい、桜美林大学総合文化学部の演劇コースに進んだ。とはいっても、大学で学んだことは何にもないんですが(笑)。

──スポーツはやっていましたか。
 小・中・高と(地元の)剣友会で剣道を習っていました。2段です。とはいっても、私が得意なのは型ですから。試合になると、大きな声を出して勢いがあって、二階堂はめちゃ強そう、狂犬みたいっていうイメージだけで、竹刀飛ばしたり、やりすぎたりしてすぐ反則負けしちゃう(笑)。あとシンクロナイズド・スイミングもやっていました。ピアノも習ってたし、『キャッツ』を見てからはタップダンスも習い始めました。あと塾にも通ってましたね。でも、すべてを投げ捨てても東京に行きたかった。

──多趣味というか、習い事少女だったんですね。
 自発的にやったというより、ピアノや水泳や塾とか英会話は女の子の習い事として物心つく前からやらされるじゃないですか。剣道は幼なじみの友達が行くというからはじめたし、節操なく手を出してる感じです。そういう性格が「おはぎライブ」に繋がっているのかはわかりませんが(笑)。

──当時から、ゲームやアニメ、マンガ、音楽など、今のパフォーマンスに繋がるものが様々ありましたが、どんな関わりがありましたか。
 ゲームは月並みに色んなものをやりました。一番はまったのはRPG系で、「ファイナルファンタジー」より「ドラゴンクエスト」が好きでした。「モンスターファーム」にはハマりすぎて声優さん宛とかではなく、ゲーム会社宛にファンレターを送ったこともある(笑)。有象無象のCDからオリジナルのモンスターが生まれる、ミラクルが起きるのが楽しくて家にあるCDやTSUTAYAで借りたCDでやりまくりました。
 音楽は、吹奏楽やピアノをやっていたのでクラシックにはちょっと詳しくなって、バルトークとか格好いいと思っていました。それから中学2年の頃は、ラルクアンシエルにハマった。私は有名人相手に三次元で一旦ファンになると、その対象に対してガチで恋愛してしまうんです。憧れるとかじゃなくて、マジでLOVEっていう感じになり、2ちゃんねるとかでその人のスレッドを見つけて、恋愛関係にありそうな相手のことを勝手に恋敵にしてしまう。疑似恋愛のレベルじゃなくて、もうイタイ、やらかし系でした。
 アニメについては、実は、中・高生の頃も全くハマりませんでしたし、今もほとんど見ません。それなのに、なぜ私のパフォーマンスにアニメのキャラクターやアイドルといった要素がガンガン入っているのかというと、私にとって“希望”のような意味合いがあるからだと思っています。(真性の)ヲタクではないので、手垢がついた、性欲にまみれた存在でもあるというひねくれた悪意と愛情の両方をもって接していますが、見ていてワクワクできるし、グッとくるし、ウケるし、面白い。
 アイドルは、人々の視線や欲望を浴びながら、色んな物を背負って、時代と寝て、理想ににじり寄ろうとする求道者で、必死で自分を磨き上げた鋼鉄のようなキャラクターだと思います。そのプロ根性は凄い。それは修羅道だし、刹那だし、残酷ですが、それでもステージでは人に夢を与える存在です。ライバルや同業者という他人の夢を蹴落とした残骸だけど、でもチームプレーとしてやっているので(ライバルを受け入れる)菩薩の心とかもある。それってどういう心理って思いますが、そのドラマも面白い。
 私自身も「革命アイドル暴走ちゃん」に出ている人も真性のヲタクではないけど、ハイカルチャーもサブカルチャーも、アニメもアイドルも、面白いことはネタとして愛をもってどんどん引用する。私はヲタクではなくて、“勤勉家”なんです。

──アイドルについて、今のように考えるようになったきっかけは何ですか。
 早く何者かになりたくて札幌でフラストレーションを溜めていた私は、上京したての頃、ネットアイドル的な活動をはじめました。女優を目指して、オーディション受けて、事務所に入ったみたいな感じだったのですが、よほど名の通った事務所でない限り、よほど素晴らしい容姿や才能がない限り、ときめく夢物語のような仕事が来るはずがない。ちょうどインターネットで誰でも配信できる、誰でもアイドルになれるみたいな時代になり、私が初めて出演したのも「エッグアイドル」というネット番組でした。アイドルの卵が深夜にお客さんとネットで交流するという番組でしたが、周りをみるとみんなステレオタイプなアイドル像に凝り固まっていて、違和感ばかり感じて、悪意のある見方しかできなくて相当ひねくれていました。結局、化けの皮が剥がれて、「エッグアイドル」はクビです。アイドルの卵が別の何者かに孵化してしまった(笑)。
 2007年頃で、ちょうど地下アイドルが台頭し始めていて、そのライブを見に行くようになった。そうしたら、舞台上のカラオケで歌っているようなクオリティの低いアイドルより客席のドルヲタ(アイドルヲタク)の方が俄然面白かった。「文化は客席の中にあったんじゃないか」「ドルヲタの方が熱量のあることをやっているんだから、そっちを舞台上に乗せるべきでしょ。真に見るべき価値があるのはそっちでしょ」と思った。アイドル側にいた私のある種の敗北によって、発想が大きく転換しました。
 私がよく言っているのは、文化というのは表現するアーティスト側ではなくて、それを享受する観客側にあるんじゃないかということです。見てもらってナンボの世界、他人が受け取ってくれてはじめて成立するわけだし、私のちっぽけな悩みを解決してくれたのも舞台上ではなくて観客側だった。だから、「おはぎライブ」はお客さんの方が主役だと思ってやっています。
 ヲタ芸というのは応援行為というか、愛情表現。ですから、主役であるお客さんを応援したいし、興奮させたいし、「あんたが見てきたすべてのものを超えたいぜ」という一心でやっている。ゆるいオタ芸のような馴れ合いの行為をそのまま舞台に乗せるのでは、ニコニコ動画などによくある「踊ってみた」程度にことにしかならない。そうではなくて、私は勤勉家として、研究に研究を重ね、徹底的にトレーニングをして、体力を鍛え、群舞として見せられ、軍隊のような規律のあるオタ芸を、日々アップデートして見せるというところに行き着きました。

──大学在学中の2008年に「バナナ学園純情乙女組」を立ち上げて、最初は桜美林大学出身で柿喰う客を主宰していた中屋敷法仁さんが脚本を書いていました。
 大学3年の春だったと思いますが、私は学外でばっかり活動していたので「卒業前に何かやりたい」と、月並みな話を数少ない同期の仲間としました。高校時代に1度だけコントの演出をやったのを思い出して、自分が演出したいと。でも、本を書く気はなくて、面白い戯曲を壊していくほうが高揚すると思ったので中屋敷さんにその場で電話して頼みました。
 当時、学内の学生たちは、私にとっては退屈な学生演劇みたいなことしかやっていなかった。それで、自分が上京してからの黒歴史、ネットアイドルみたいなことや、自分だけが知っているサブカルなものを全部演劇に取り入れて、ネタとしてひけらかしてやり逃げするつもりでした。「成人した女性がセーラー服を脱ぎもせず歌い踊ります」というコンセプトで、恥ずかしいことをやって、「大丈夫です、ネタだから、若気の至りです」って。でも、演出が面白くなり、自分の居場所を見つけちゃった、何か掴んだって感じがあって、2カ月後には出戻り公演として第2回公演をやっていました。

──どうして「おはぎライブ」という形になったのですか。
 公演のオマケとして宴会芸っぽい「おはぎライブ」というイベントをやることになっていました。でも中屋敷さんの脚本が上がるのが遅くて、ライブの稽古ばかりやっていたらパフォーマンスのクオリティが上がってきて。もっときっちりパフォーマンスとして見せたいという欲求が強くなり、スパルタで演出するようになっていったんです。
 「おはぎライブ」をわかりやすく言えば、地下アイドルと学生運動とタカラヅカと吉本新喜劇を足して、割って、個々の意味を剥ぎ取ったものというか(笑)。スタイルとしては、アニソン(アニメソング)、アイドルソングがハイスピードで、爆音で、情報過多で流れる間、30名ぐらいの役者が一心不乱に、同時多発的に、かつ整然とパフォーマンスを行い、狂騒の中に物語が立ち上がってくるというイメージです。
 普通の演劇みたいなものに飽き飽きしていたこともあって、私の中で「生きてる心地がするのはこっちの方じゃないか」と気持ちが傾いていきました。既視感のある演劇よりも、瞬間的な狂騒と秩序で構成される「おはぎライブ」というエネルギーの方がもっと気持ち良いと思いました。

──「生きてる心地がする」いうのが痛快ですね。戯曲に献身するよりも、40分のライブの時間を作ることに全身全霊を捧げることのほうが二階堂さんには合っていたんですね。
 そうですね。それと、台本や音楽を人任せにするより自分で全部やったほうがしんどいけど早いし、数倍楽しいということにも気づきました。バナナ学園の時代は、「おはぎライブ」の音源は他の人に作ってもらっていましたが、意図を伝えていてもなかなかイメージ通りのものができあがってこない。「でもせっかく作ってもらったから使うしかないか」って考えるとフラストレーションが溜まって。それが爆発して、「革命アイドル暴走ちゃん」になってからは、音楽も全部自分でやっています。でも、音を作るのははじめてだったので、Macを買って、GarageBandやPCDJを覚えて、独学で、我流で作りました。

──ちなみに「おはぎライブ」という名前はどういう意味ですか。
 きっと意味はないんだと思います。昔、自分の座右の銘で「おはぎは喉ごし」って言っていたことがあって。それ何って聞かれても困るんですが、別におはぎが好きなわけでもないし(笑)。ともかくそれで「おはぎライブ」って付けてしまった。トウコライブでも何でも良かったんですけど。

──「バナナ学園純情乙女組」や「革命アイドル暴走ちゃん」も、どうしてそういう名前になったのですか。
 長いですよね、好きなものを詰め合わせたらこうなった(笑)。私、バナナが好きで、学園モノをやるというコンセプトだったからバナナ学園。それでピュアな感じにしようと「純情」を付けて、乙女組というのは男子もいたんですが女子同士の、ワガママな年頃の女の子にありがちな構成でやるって感じで付けました。「革命アイドル暴走ちゃん」も一緒で、好きなもの(ワード)を繋ぎ合わせてごった煮みたいにしたらこうなったんです。

──2012年にバナナ学園を解散して、翌年、暴走ちゃんとして再出発しました。暴走ちゃんは、その都度、オーディションで出演者を募集していますが、核になっているメンバーはどのような人ですか。バナナ学園から引き続き活動している人もいますか。 
 加藤真砂美は、大学の同級生で、1年の時の英語のクラスが一緒でした。彼女は大学の授業か何かで制作の仕事に興味を惹かれていたらしいんです。それでバナナ学園を作った時に、メンバーとして加わってくれました。それ以来、ずっと「瞳子のやっていることは面白いから、劇団どうこうじゃなくてずっと一緒にやっていきたい」と慕って付いてきてくれています。ものすごく頼もしい存在です。普段は役者として出ていますが、今も劇団内の制作の仕事を樺澤良さんと分担してやってくれています。相談役ですね。
 それから役者のアマンダ・ワデル。彼女はアメリカのヒューストンの出身で、幼い頃から日本のアニメ、「セーラームーン」とかが好きだった。今は外国でも当たり前のように流行っていますが、彼女が高校生の頃はそれですごくバカにされて、いじめられたそうです。ロサンゼルスの大学で日本の芸術文化を研究する学部に進学して、そこでやっと価値観を分かち合える仲間と出会った。だから寺山修司のような日本のアングラ演劇についてもすごく詳しいです。卒業後に日本に来て、フェスティバル/トーキョーのボランティアスタッフをしていた時にバナナ学園を見て、「人生が音を立てて変わった!」ってラブコールをもらいました。それで、暴走ちゃんを立ちあげる時にメールを出したら、「やりたい、超手伝いたい」って言ってくれました。
 後、大学の後輩でバナナ学園時代からずっと出演している高村枝里。特に一芸はないけど、「おはぎライブ」が好きな気持ちは誰にも負けない。彼女は、元バンギャ(バンドギャル)で、彼女ほど「アイドル・アンドロイド」のように動ける存在はいません。一度、就職したのですが、暴走ちゃんをつくるときに誘ったら「瞳子さんに一生付いていきます」って辞めてしまった(笑)。
 通常20〜30人出演しますが、こういう強固な3人がいて、後はオーディションに来た人を全員拒まず受け入れるので、いろんな人が出ています。「おはぎライブ」のような肉体的なパフォーマンスをやるならダンサーを使うという選択肢もあると思いますが、私はそうじゃなくてメインとして役者を使いたい。それは「おはぎライブ」が物語、演劇だと思っているからです。ダンサーが持つ素晴らしい身体が死ぬほど欲しいけど、動けるに越したことはないけど、それよりも情念的なもの、青臭い表現力、色んな個性を持った人が欲しい。だから役者プラス、大学生、会社員、フリーター、主婦、高校生とかいろんなアイデンティティ、バックボーンをもっている人を集めています。

──雑多に集まった出演者からどうやって「おはぎライブ」のパフォーマンスをつくっていくのですか。 
 まず、膨大なアンケートを取ります。皆さんの生い立ち、生き様…どこで生まれてどう生きてきたか、家族構成、小中高の部活、特技・趣味、黒歴史、今まで一番トラウマを受けたこと、感動したこと、楽器を持っているか、舞台で使えるか、今までやったことで使えそうなネタはあるか、好きなアイドル、好きな曲、好きな本、野望…とにかく膨大な量の質問をします。そして、私がプロットを書き、曲を選んで、その人をその人たらしめるバックボーンをすべて舞台上にブチ込む。それは、社会では発言力のない者ども、一兵卒かもしれない者どもにも古今東西の文化があるし、アイデンティティがあるし、訴えたいことがあるからです。そういうひとりひとりが文化だし、ひとりの存在として愛されたいし、愛してるよと叫んでいる。そういう一人一人のパーソナリティの魂を主役であるお客さんにぶつけたいんです。
 「おはぎライブ」の1曲のメドレーは大体20分ぐらいで、50曲ぐらいをマッシュアップではなく、サンプリングというか、ミックスして繋いでいて、短いと3秒、長くても元の曲の1分ぐらい。アニソンやアイドル曲だけじゃなくて、J-POP、コリアンミュージック、クラシック、映画のサントラなど200曲ぐらいから取捨選択して、美味しい部分だけ摘まんで、美味しく調理する。そうやって物語のコンセプトに合うように作った音源を出演者に聞いてもらって、シーンのコンセプトなどをガーッと説明します。
 それから稽古を開始しますが、まず陣形表のようなものを作ります。稽古場にラインを引いて、スタンドマイクの位置にバミリして、動きを当てはめていく。毎回、曲毎、シーン毎に陣形は変わりますが、例えば客席で演じるグループは旗を振って、こっちのグループは扇、こっちのグループはアイドル振りといったように指定していきます。そして、物語になぜこの行為、小道具が必要なのか伝える。これらをアトランダムに放置するのではなく、統制して、各グループの様子を見ながら全員で合わせていきます。

──各グループの振付は、二階堂さんがつくるのですか。
 私が振付けることもありますが、グループ毎に役者同士で作ってもらうことの方が多いです。役者はずっと口上とか、かけ声とか、歌とか、何か言葉を発しています。もしかしたらお客さんに何一つ言っている内容は届かないかもしれないけど、口を閉じていると表情が乏しいし、届いても届かなくてもいいからとにかく口を開けて何かを言ってほしい。そうやって無数のシーンを作っていくわけです。
 各グループでリーダーさんを決めて、統制を取っています。そうやってグループ毎につくって、それを私が見せて貰って、どんどん修正していく。
 あと、メーリングリストで大量のメールが流れるんです。自分に関係するパートのメールは絶対読まなきゃいけないし、むしろ他の人のパートも自分以外が何をやっているか、空間を把握しないといけないのでそれも読まなきゃいけない。導線がどうなってて、小道具をどうして、制服はどこで脱ぐかとか、ともかく細かい段取りがたくさんある。大体、稽古期間は1カ月半ぐらいです。

──踊りや身体表現の基礎訓練はありますか。
 私が入る本稽古の前に、「おはぎライブ」で必要になるヲタ芸の基礎訓練のようなことをします。ヲタ芸にも色々コンビネーションがあって、ひとつひとつの振りに名前が付いているんです。「OAD」とか、「ロマンス」とか。本稽古が始まると、「8×2ロマンスでその後OADに入るから」という指示を出すので、最低限必要な知識や振り、演出で使われる用語を覚えてもらいます。
 それから人前に立ったことのない人もいるので、オタ芸の立ち方、リズム感を鍛えるゲームもやります。演出家が不在でも、劇団員と初めて客演する人だけで回せるような基礎練習を必ず設けています。

──暴走ちゃんになってから二階堂さんは出演しなくなりましたね。
 バナナ学園の時は、ネットアイドル時代の悪意のあるネタ、恥ずかしいことやるには私が出演しないとはじまらなかったので。でも、暴走ちゃんからで演出に没頭するようになってからは出演していません。自分が管理できない空間が絶対に嫌なんです。お客さんに失礼なパフォーマンスにならないよう、私が出ないで1個でも役者にダメだしをして、作品をより良くしたほうがいいと思っているので、多分もう出演はしません。

──映像を使って劇場空間を作り上げますが、映像にはどういう意味があるのでしょう。
 バナナ学園の初期から映像は使っている方だったと思いますが、暴走ちゃんになってからは舞台美術を一切排除して、全部白幕にして映像を映しています。最初は1面だったのですが、今は3面、4面を使っています。肉体もある、映像もある、照明も小道具もある、水も降ってくる…見ている人をハイスピードで時間の外にどんどん連れて行きたいというか…理解が追いつかなくて劇場の外に出たときに「何だったんだ…」という感動がほしくて、使えるものは何でも使っていきたいと思って映像もガンガン増やしています。映像は初期の頃から矢口龍汰さんにやってもらっていて、できることはまだいろいろあるので、今後はプロジェクションマッピングとかもやりたいと思います。

──暴走ちゃんを見ていると、最新のカルチャーを体現しているのに、どこか懐かしい感じもします。
 日本という文化を爆発させようとしてるんです。そうじゃないと、2015年の東京に生きているリアルな私たちは描けないと思う。私たちの生活の中には幾つものテレビや新聞、雑誌、ウン100万のウェブサイト、スマホ、ツイッターなどが次々と増え続けて存在していて、その氾濫する情報のすべてを見ることはできない。観客がすべてのことを把握できないカオス空間によってその世界を体現する。
 そのカオス空間を見ても記憶に残るものはほんの幾つかのことでしかない。だからそれは同時に使い捨て社会に生きるということでもあると思うんです。情報が増え過ぎちゃって、ただただ通り過ぎていくばかりの感覚。世の中で面白いことがどれだけ起きていてもそのすべてに触れることはできないという、どうにもできない寂しさや虚しさ。でもそれでいいやと、理解を諦めている私たちの風潮。そういう現代という大きな括りで表現したいと思っています。
 だから、私、節操なく色んなモノに触れていています。ストレートプレイももちろん見に行きますが、ミュージカル、ニコニコ動画、美術館、写真集、アート、ビジュアル系のライブ…手垢にまみれているものも好きだから、古今東西、時代を問わず、科学もオカルトもネタになりそうなものはすべて毎日メモしています。

──めまぐるしいパフォーマンスの中で、誰が誰なのかよくわからなくなる匿名性も現代を象徴しているように思います。
 日本はアマチュアリズムみたいなものが特別に進化していて、初音ミクやニコニコ動画もユーザー同士が作るというか、多くのものが作者不詳ですよね。「おはぎライブ」では、今日の時点ではまだ名前の付いてない文化とか感情、質感みたいなものが無意識に踊っていて、過剰な感じで突き進んでいく。でも、自分たちのやっていることを自分たちの言葉で語れないと無かったことにされちゃう。だけど、それが何だか明日にならないとわからない。だから、それは明日に任せて、私たちの今とこれまでを、生きているという暴走でLOVEする、生きているという暴走を肯定してやる‥‥。そうして不安なままのゾッとする感動がほしいと思っているのが「おはぎライブ」なんです。

──いまこれだけ表現が多様化している中で、「演劇」というフォーマットでやっているのはなぜですか。
 演劇の劇場は、舞台と客席が断絶されていて、観る側は無力かもしれないんですけど、それがギリギリで救われた時に、すごいカタルシスがあるからです。お客さんのために舞台上からオタ芸を打ち続けているのを、観る側は水を掛けられても豆腐、ワカメを投げつけられても、狭い客席にひとりで座りながら、自らを律して逃げないでいてくれる。ライブハウスだと皆ステージと同化して、いきなりイエーッと盛り上がるけど、演劇だと簡単に巻き込まれることなく、観る側という立場、応援される側の立場を死守してもらえる。
 そして、最後に半ば強引に観る側だった人に舞台に上がってもらう。あなたが主役だから舞台に行くんだよと。お客さんの気持ちは、泣きたい、笑いたい、イライラする、そういう感情がわき上がって情報洪水みたいになると思いますが、それも全部受け止めてもらって、恥ずかしいけどギリギリで上がっちゃうみたいな一番気持ち良い精神状況に持っていきたいんです。それが自分は観る側で舞台には行けないと思っている観客のコンプレックスの昇華になる。こういう舞台と客席の満身創痍の戦いの後には、役者もお客さんも分け隔てない全員への祝福と肯定が待っているんです。お客さんが舞台に上がることがすべての人間への肯定になるんだから、全身全霊で向き合いましょう!って。何を大げさなことを言ってるんだって感じですかね(笑)。
 要は、観る人の人生が音を立てて変わるようなことをやりたいんです。一瞬も飽きさせたくない。驚きのないものに人は感動しないと思っているので、そのために過剰なもの、偏ったもの、エネルギーを感じるものをブチ込んでいるだけかもしれません。

──最新のパフォーマンスは『うぇるかむ★2015〜革命の夜明け』です。どんな内容だったのですか。
 お正月にやったので、書き初めのアクティングがあったり、お正月の歌を使ったり、神社の鳥居がでてきたりっていう季節感のあるものでした。最初は新年のイベントのつもりだったのですが、いつも以上に物語の要素が強くなった。ジョージ・オーウェルの『1984年』(謎のビッグ・ブラザー率いる党に支配された全体主義的近未来を描いた小説)を引用して、電気グルーブの曲『誰だ!』を重ねたり、『サロメ』のシーンを入れたり、Boys Town Gangの『君の瞳に恋してる』や、映画『監督失格』の主題歌だった矢野顕子さんの『しあわせなバカタレ』というすごく切ない曲を使ったり。最後は科学の限界を超えて初音ミクというアイドルが誕生して革命の夜明けになるみたいな。説明してもあんまり伝わらないけど(笑)。

──これまでのカオスなパフォーマンスに比べて、群像劇として構成されている感じですね。
 そうなんです。これまでもカオスとは言っても、物語を構成してないと曲は繋げないわけで。なぜこの曲を使うのか? なぜこの歌詞でこのアクトになるのか? というのを、私が納得できないし、役者にも説明できない。そこはストレートプレイと同じで、台本があって、パフォーマンス、陣形、振付、音楽なんかが全体として台詞になってた。でも、今回は主役がいるというか、センターがほぼ固定されていて、その人の栄枯盛衰みたいなことが要素としてかなり入っています。自分にとっての大きな分岐点になった作品だと思います。これを5,6割ぐらいブラッシュアップして、ドイツとオーストリア公演に持って行きます。

──2013年、2014年にも海外公演をしていますが、どのように受け止められていますか。
 とにかく、皆さん暴走ちゃんを知らずに見に来くるので(笑)、老若男女、赤ちゃんからおじいちゃん、おばあちゃんまでいるわけです。海外公演では必ずレインコートと耳栓を配りますが、オープニングのプリセットの曲が流れた時点で帰る人もいました(笑)。好き嫌いがハッキリしている感じですね。
 言葉の壁ももちろんあるので、ドイツならドイツ語でボードに書いて出しています。アマンダには英語で喋ってもらって、日本人のキャストはつたない単語と、ジェスチャーです。アニソン、アイドル、日本サブカルチャーで攻めまくりますが、ご当地ネタも入れます。
 一番心配していたのが最後の舞台と客席の入れ替えなんですが、そこはものすごくスンナリ乗ってくれて、ゾロゾロと舞台に上がって来てくれる。舞台上でキスしたり、社交ダンスを始めたり、転がっている小道具を「イェーイ」と持ち上げたり。ウケはよかったと思います。

──現代美術のアーティスト、キュンチョメ(第17回岡本太郎現代芸術賞を受賞したホンマエリとナブチの男女ユニット)とも交流するなど、活動の幅が広がってきています。
 キュンチョメとは同年代で、私が一方的なファンだったんです。それで偶然会ったときに声をかけたら、暴走ちゃん好きですって話になり、ゲストとして公演に参戦してもらいました。今、暴走ちゃんのメンバーを使って映像作品をつくりたいという話が出ていて、アイデアを出し合っています。
 それから、大阪の小学生と「おはぎライブ」も作りました。めちゃくちゃ面白かったです。関西弁だし、口が達者だし。もちろんアンケートをとって、水も撒かせました。もっと世代の違う人や海外でもワークショップをやってみたいと思いました。考えてみると、暴走ちゃんの窓口はメチャクチャ広い。アイドル、アニソン、ヲタ芸‥‥武器なんて有り余るほどあるわけだから。使えるものは使って、いろんなことに挑戦したいと思っています。
 
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