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彌勒忠史
彌勒忠史(みろく・ただし)
1968年生まれ。声楽家、オペラ演出家。二期会、日本演奏連盟会員。 千葉大学大学院修了。東京藝術大学声楽科卒業。1999年よりイタリア政府奨学生としてボローニャ大学DAMSにて演出学を学ぶ。バロック声楽をG.バンディテッリ、C.ミアテッロに師事。2001年〜2003年イタリア国立G.フレスコバルディ音楽院講師。国内外で声楽家として活躍するとともに、2015年「音楽の友」誌上で年間ベスト・オペラとなった『メッセニアの神託』とはじめとするオペラの演出を行う。2003年から横須賀芸術劇場・小劇場でオペラの普及を目的としたオペラ宅配便シリーズの企画・演出を務め、『セビリアの理髪師』『フィガロの結婚』のハイライト上演に始まり、古楽器演奏によるヘンリー・パーセル『ダイドーとイニーアス』や、日本では上演機会に恵まれないものの、平易な現代オペラとして楽しめるメノッティ作品の連続上演を実施。また、エレクトーン演奏によるオペラ公演「デジタリリカ」をスタートし、『椿姫』(2014年)、『トスカ』(2016年)を発表。古楽アンサンブル、アントネッロとの公演やオペラ『メデア』(2012年)使者役等の活躍により平成24年度(第63回)芸術選奨文部科学大臣新人賞(音楽部門)をカウンターテナーとして史上初めて受賞。
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オペラ宅配便シリーズ XIV
ぎゅぎゅっとオペラ Digitalyrica
プッチーニ 歌劇『トスカ』
〈原語上演・字幕付/ハイライト版〉
(2016年3月13日/横須賀芸術劇場)
企画・演出:彌勒忠史
写真提供:(公財)横須賀芸術文化財団

トスカ
トスカ
トスカ
トスカ
Artist Interview
2017.1.17
music
“Tadashi Miroku’s Opera Digitalyrica, Expanding the possibilities of electone organ performance  
エレクトーンで可能性を広げる彌勒忠史のオペラ「デジタリリカ」  
カウンターテナー歌手であり、オペラの演出家としても活躍する彌勒忠史。バロック・オペラから現代作品まで務める歌手活動が評価され、2013年に芸術選奨文部科学大臣新人賞を受賞。2003年からは横須賀芸術劇場で小劇場オペラの企画・演出を務め、中でもエレクトーン演奏による「Digitalyrica(デジタリリカ)」はオペラを普及し、新たな楽器による表現を切り開く試みとして注目されている。日本の伝統芸能にも造詣の深い彌勒の活動と新たなオペラにかける思いを聞いた。
聞き手:横堀応彦

日本のオペラ業界の現状

──まずは日本のオペラ業界の現状について教えていただけますか。

 これまで日本のオペラといえば、ウィーン国立歌劇場のような海外オペラハウスの引っ越し公演と、二期会や藤原歌劇団といった声楽家団体のオペラ公演が中心でした。1997年に新国立劇場が開館してからは、劇場が主体となってオペラを製作する動きが活発に行われていて、中には尖った作品を取り上げる意欲的な劇場もあります。私自身が出演したものだと、兵庫県芸術文化センターの『夏の夜の夢』(ブリテン作曲、2016年)などがそうです。兵庫は阪神・淡路大震災の復興のシンボルとなった劇場で、指揮者で芸術監督の佐渡裕さんが手厚く地域との交流を行っていて、近隣住民の方々に自分たちの劇場として応援する姿勢が育っています。『夏の夜の夢』も6公演分のチケットがアッと言う間に完売しました。ドイツやイタリアの劇場だと、住民が年間パスを買って毎回楽しみにオペラを観に行ったりしますが、そういうヨーロッパ的な雰囲気があるのがとても新鮮でした。これからは兵庫のように、地方の公共劇場がプロデュースした、地方発信のオペラ公演が重要なものになっていくのではないかと感じています。

──彌勒さんは二期会の会員でもいらっしゃいます。
 二期会は声楽家団体なので、会員のための公演をするのが第一義になります。お客さんのための興行というよりも、声楽家たち自身のための研究発表という意味合いが常にある。声楽家団体としては当然のことですが、私自身としてはもっとオペラが純粋なエンターテインメントとして受け入れられるようになって欲しいと思っています。プロフェッショナルなら、お金を払ってでもあなたの舞台が観たい、あなたの歌が聴きたいとお客さんに思ってもらいたいし、AKBのコンサートに行くか、二期会のオペラに行くか悩んで、オペラに行きたいと思ってもらえるようになったら本望です(笑)。

──観客の状況についてはいかがでしょうか。
 一般的に言われることですが、やはり高年齢化が進んでいます。私のコンサートも、日が落ちない明るいうちに家に帰れる時間帯のものが人気です。昼のコンサートだと、レストランとのセットチケットがあったりして、観劇後の食事なども含めて、ウキウキ感をもって劇場に来てくださる。課題は、そのような気持ちを持って劇場に来て下さる次の世代のお客さんを増やすことです。親から子にこうした楽しみを伝えるという意味では、気軽に行ける親子向けオペラ公演のようなものがもっと企画されるといいのですが…。


バロック・オペラを取り巻く状況

──彌勒さんはイタリアで本格的にバロック音楽を学び、様々なバロック・オペラに参加されています。ご専門であるバロック・オペラの日本における状況についてはいかがでしょうか。

 象徴的なエピソードをひとつあげると、実は新国立劇場ではいまだにバロック・オペラが大劇場のプログラムとして取り上げてはいません。これまでは2006年に「オンブラ・マイ・フ」で有名な『セルセ』が小劇場公演として、2009年にバッハ・コレギウム・ジャパンの『ポッペアの戴冠』が中劇場でコンサート・オペラとして上演されたぐらいだと思います。それに対して、海外のオペラハウスに目を転じると、シーズンに必ず1つはバロック・オペラがプログラムされるのが当たり前になっています。メトロポリタン歌劇場では新作のパスティッチョ・オペラ『魔法の島』を作ったりしていますが、そういうことが日本では全く出来ていない状況です。それで、2013年から濱田芳道さん率いる古楽アンサンブル「アントネッロ」主宰の、バロック・オペラ・プロジェクト「オペラ・フレスカ」に参加させて頂いています。

──オペラは関わる人の数も多く、製作費用もかかりますから、有名な作品を取り上げることが多いですよね。
 ボローニャ大学に留学して演出学の勉強をしたとき、最初の講義で教授が学生達に「演劇をつくっていく上で一番大切なことは何だと思いますか?」と質問したんです。現地の学生たちは目をキラキラさせながら「劇作法ですか?」「キャスティングですか?」「ドラマトゥルギーでしょ?」と言ったら、教授が一言バッサリ「お金です。お金を集めるところから始まります」と(笑)。やっぱりイタリアでもそうだよねって思いました。その点、実はバロック・オペラはオーケストラが小編成なのでやりやすいんですよ。日本の劇場もオペラ興行のお金がないというなら、どうしてフル編成12〜13人の演奏者で済むバロック・オペラをやらないのかと、いつも不思議に思っています。演目を決める立場にいる方たちが、バロック・オペラにあまり興味がないということなのかもしれませんが‥‥。

──彌勒さんは、2003年からヨコスカ・ベイサイド・ポケット(横須賀芸術劇場 小ホール)のオペラ宅急便シリーズで企画・演出を務められています。そこではバロック・オペラも取り上げています。
 最初のうちは、劇場からのリクエストもあって『フィガロの結婚』や『セビリアの理髪師』をハイライトで上演していました。でもしばらくして小劇場の空間でしかできないオペラや、その公演を観に来るお客さんに対して提出すべき作品があるのではないかと考えるようになりました。それで小劇場的な雰囲気を持つバロック・オペラやメノッティの現代作品などを上演するようになりました。
 私自身がカウンターテナーなので、歌い手としては古典派以前のモーツァルトより前の作品か、ブリテン以降、ライマンのような現代作品をやるかのどちらかになります。でも心から愛しているのは初期バロック、特にモンテヴェルディなので、彼の作品を日本でもっと紹介できないか、という思いも強くありました。


日本の伝統芸能とオペラ

──彌勒さんの演出により神奈川県立音楽堂で上演された『メッセニアの神託』(2015年)では、能舞台をイメージした舞台装置を使うなど、日本の伝統芸能を取り入れた演出が特徴的でした。

 まず“伝統”という言葉についてですが、私は常々“伝統”あってこその“革新”だと考えています。ヨーロッパのオペラに新しいセンスを取り入れた作品が多いのは、やはり元々それが彼らの伝統芸術であるからだと思います。イタリアの宮廷から始まったものが、次第に貴族階級だけでなく開かれた芸術になっていった、そういう歴史の積み重ねがオペラにはあります。その上で、アンチや発展が生まれているのです。それに加えて、観客の側にもオペラを観る環境が整っていることも大きいです。何百年か前に出来た劇場が未だにそこにあって、劇場に入っただけでこれから素晴らしい舞台芸術を観るという心の準備ができる。そういう伝統がベースにあります。ですから日本の伝統を取り入れた演出も、私としては奇抜な翻案をやっているつもりはなく、自然なことだと考えています。
 例えば、ルネサンスの1500年代の宗教画に描かれている聖母マリアの服装は、紀元前の服装でしょうか?違いますよね。そこに描かれているのはルネサンス時代の衣裳だし、そこには絵を発注した君主たちの姿も描かれています。その宗教画を見て、「奇抜な翻案だね」と言う美術家はどこにもいません。当時の宗教画にはラテン語が分からない人に向けてキリスト教の物語を説明する役割があったので、見る人たちに近づける必要があったのだと思います。それならば、我々日本人には能や歌舞伎という凄まじいパワーを持った芸能があるわけですから、それを利用しない手はない。日本人がオペラに関わる際には、自分たちのアイデンティティである文化背景に目を向けて、いいとこ取りをすればいい。伝統だけに限らず、実相寺昭雄先生が『魔笛』にウルトラマンの怪獣たちを登場させたように、サブカルチャーを取り入れたっていいと思います。

──それなのに、日本文化を積極的に取り入れたオペラ演出はそれほど多くありません。やはり西洋のオペラ上演を追いかける傾向が強いのでしょうか。
 そこが一番マズイと思っているところで、日本の全てのオペラ演出家に「また歌舞伎調かよ」と言われるぐらい、この素敵な文化を使ってオペラを演出してみて頂きたい。お客さんに「もう日本風は飽きた」と言われるぐらいやってみればいい、と思います。きっと飽きないから。現在のように、やっている私の方がアウトサイダーな状況の方が問題です。日本からこういうオペラを発信して、海外に逆輸入させるくらいの勢いでやらないと、じり貧になってしまうと思います。
 クラシック音楽には、ヨーロッパの音楽が求心力を失っていった時に、民族音楽を取り込むことで新たなクラシック音楽を発展させた歴史がありました。それならば、オペラもそろそろ輸入したものを日本で育てて、日本で進化したオペラが世界を席巻してもいい。真にグローバルなものとは、一番ローカルなものである、というのが私の考えです。


「Digitalyrica(デジタリリカ)」の試み

──近年のオペラ宅急便シリーズでは、伴奏楽器にエレクトーンを使い、「Digitalyrica(デジタリリカ)」(デジタルDigitalとオペラリリカOpera Lyricaを組み合わせた造語)と題した新たなオペラの取り組みを行われています。エレクトーンとの出会いはどのようなものでしたか。

 電子楽器との出会いは、中学生のときにヤマハが出したポータブルキーボードを買ったのがきっかけです。ラジカセで多重録音すると、音質は悪いけど逆にエフェクターみたいな効果が出て凄く楽しかった。その後、お年玉を貯めてコルグのアナログ・シンセサイザーを買いました。当時聞いた富田勲さんの『展覧会の絵』は衝撃的でしたね。シンセサイザーで、これほど豊かな世界ができるんだと思いました。その頃もエレクトーンはありましたが、富田さんのような作り込み方が出来るわけではなかったので、そんなに惹かれませんでした。東京藝術大学に入って声楽家として勉強していたときには、ヤマハのエレクトーンシティ渋谷でエレクトーン伴奏のオペラに出演する機会が何回かありました。

──エレクトーンオペラはその頃から行われていたんですね。
 行われてはいましたが、今のようにオーケストラの代わりになるほどではなく、サウンドもそれほど豪華ではない印象でした。2012年、友人の声楽家、与那城敬さん、高田正人さん、小川里美さんがエレクトーン奏者の清水のりこさんと『トスカ』をやることになり、私も誘われて演出・ナビゲーターとして参加することになったのですが、本当に驚きました。清水さんからご連絡いただいて、彼女の演奏を聴くことになったのですが、一音耳にしただけで仰け反りました。私の中ではゆるやかにしか進化していなかったエレクトーンなのに、突然、類人猿がサイボーグになって出現した(笑)。

──従来の電子楽器のイメージを大きく覆し、オーケストラのサウンドが可能になっていたわけですね。
 ええ。ですがもちろん長所短所はあって、ヴァイオリンなどの擦弦楽器はまだまだ電子音のレベルだなと思うところもあります。でも、エレクトーンという電子楽器のストリングスとしての個性を持ったまま、クラシックの作品に立ち向かえる音のクオリティにはなっていた。だから、むしろこれはプラスなんじゃないか、と思いました。ピアノで演奏するものをパイプオルガンで演奏したり、ムソルグスキーのピアノ曲『展覧会の絵』をラヴェルがオーケストラ作品に編曲して演奏するのと同じような感覚で、オーケストラの作品をエレクトーンにリダクションするとこうなると、外に向かって胸を張って提出できるんじゃないかと思いました。また、オーケストラは音がする方向が決まっていますが、電子楽器ならスピーカーの位置を変えることで新しい演出ができる可能性もあります。
 これは後で気付いたことですが、その驚きの根っこにあるのは、清水のりこさんという奏者がプッチーニの書いた『トスカ』をエレクトーンオペラへと昇華させたということです。あそこまでマニアックに作り込める人を他に知りません。例えば、数小節を弾くのに、ソロの楽器を弾いていた左手が一小節半後には別の新しい楽器を弾いていて、効果音を出していたはずの膝が、音色を切り替えて次の旋律を弾いていたり。最初の稽古で「あんた何なの?手足何本あるの?タコ?」(笑)という印象を持ったのを覚えています。

──実際の創作プロセスについてお聞きします。楽譜を作る作業は清水さんと彌勒さんが一緒に行われているのでしょうか。
 まずは彼女が楽曲を理解して、ボーカルスコアのピアノ譜にオーケストラスコアから必要なものを取り込み、プログラミングしていきます。楽曲を理解するときには、必要に応じて指揮者に相談することもあるそうです。その後、実際で演奏してもらい、私が「この楽器のこの音がちゃんと聞こえた方がいい。むしろこっちの音は聞こえなくても構わないかもしれない」みたいなことや演出的な指示を思いつくままに言うわけです。歌い手も「歌い出す時にはこっちの旋律を耳にして歌っているから、その音じゃなくてこの音が欲しい」みたいに、みんなでフィードバックしていきます。
 エレクトーンが凄いのは、効果音まで出せるところ。例えば『トスカ』では、清水さんが音を作った銃声が流れました。こんな楽器は他にないです。舞台スタッフに銃や火薬を用意してもらう手間まで省けるんですから(笑)。

──エレクトーンオペラに向く曲、向かない曲というのはありますか。また、ハイライト版で上演する場合、どこの場面にするかについてはどのように選んでいくのでしょうか。
 向き不向きはあって、例えばプッチーニのように横に流れるラインが見えやすいもののほうがやりやすいです。逆に、モーツァルトはシンプルなので、息遣いのようなものを反映できる演出をしないと難しいと思います。あとはオフビートを相当反映しないと、多分あのモーツァルトのグルーヴ感みたいなものが出ないでしょうね。
 それからハイライト上演の場合、どの場面を取り上げて、どう構成するかは出演者全員で相談します。「Digitalyrica(デジタリリカ)」は気の合う仲間というか、尊敬し合う仲間が集まってやっているプロダクションなので、「俺はこのアリアを歌いたい」とか、それぞれの思いをぶつけ合って決めています。大編成のオーケストラと一緒にやる場合は、指揮者が絶対権力者になってオケを引っ張っていく必要がありますが、エレクトーンを使ったオペラはそうではなく、みんなで話し合いながら柔軟につくることができる。機動力があるということは大きなメリットだと思います。
 日本発のオペラをつくるときに、伝統芸能などの文化的な力を活かすというのもひとつの方法ですが、加えてエレクトーンという日本で進化したローカルな楽器を使うことでより世界への発信力が高まるのではないでしょうか。演出的には能や歌舞伎の力を借りて、器楽は日本の最新技術で出来たエレクトーンを使う。このローカル×ローカルの組み合わせは、グローバルに広がっていく凄い可能性を秘めていると思います。

──エレクトーンオペラを通して、日本の観客にオペラをどういうものとして受け取ってもらいたいと考えていますか。
 海外からの借り物ではなく、これこそが皆さんの国の誇るオペラだということは、声を大にして言いたいですね。明治維新後に西洋音楽を輸入してから、いつまでもヨーロッパの背中を見ている場合ではないし、一流のヨーロッパの歌劇場に歌手として出演すれば世界に通用したというものでもない。もちろん海外のオペラハウスで歌えることは素晴らしいですが、日本発の新しいオペラの形を提示してこそ、オペラを自分たちのものにできたと言えるのではないでしょうか。

 ──「Digitalyrica(デジタリリカ)」のこれからの計画を教えていただけますか。
 もっと日本全国で公演したいですし、出来ればアジアの近隣諸国でも、もちろんヨーロッパでも、特にオペラ生誕の地イタリアで上演したいと思っています。作曲家に入ってもらえれば、新作オペラが作れる可能性もあります。レパートリー作品を増やしつつ、年に少しずつ新しい試みも行っていきたいと思います。それから、清水さんにはエレクトーン演奏の編曲譜を出版したらいいのではないかと勧めているのですが、今のままだと出版してもそれを演奏できる技術をもった人がほとんどいないでしょうね。彼女に匹敵するエレクトーン奏者にもっと育ってほしいと思っています。次のステップは人材育成ですね。

──さらなる進化を楽しみにしています。長時間にわたるインタビュー、ありがとうございました。
 
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