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ぬけがら
文学座アトリエの会『ぬけがら』
(2005年/文学座アトリエ)
撮影:飯田研紀
Data
[初演年]2005年
[上演時間]約2時間10分
[幕・場面数]1幕7場
[キャスト数]11人(男7・女4)
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Play of the Month
2006.2.28
Nukegara   Norihiko Tsukuda 
ぬけがら 佃典彦 
真夏。県営住宅の2DK。蝉の声がかまびすしい。男の名前は鈴木卓也。母の葬儀を昨日終えた彼は、勤め先の郵便局も首になったばかり。いま、妻がもってきた離婚届を目の前で破り捨てたが、妻の美津子は、「喉元すぎれば何とかなる」とヌラクラと生きてきた彼の優柔不断な生き方を揶揄する。そこへ卓也の父が現れるが、認知症らしく、自分の連れ合いの死もあやふやだ。判を押しといてと代わりの離婚届を一束手渡し、美津子の帰ったあと、卓也はそれで紙飛行機を折りはじめる。それを見て、酒を飲みながら、戦時中に戦闘機で片足着陸した昔話をする父……。その夜、寝ぼけ眼の卓也は、トイレにクタッとしなだれかかった父の「ぬけがら」を発見する。ぬけがらを脱いだ裸の父は、20才若返った姿でベッドから立ち上がる。

このあと、場を変えながら、5度にわたって「ぬけがら」を脱いでいく度、舞台には脱ぎ捨てられた「ぬけがら」が次々と増えてゆき、父は十歳ずつほど若返っていく。と同時に、「ぬけがら」を脱いだ父の記憶は、その年齢時代のものに戻っている。
朝6時に起きて毎日散歩に出るのが日課だった60代の父。胃潰瘍を患っていたころの50代の父。進駐軍相手にハワイアンバンドをやっていた妙に明るい40代の父。手軽に女の子をナンパしていた浮薄な30代の父。母と初めて出会った陸軍特攻兵候補だった20代の父。そうした父たちと話しながら、卓也は現在までの父とのつきあい方を振り返るとともに、自分の生まれる前の父の、ついぞ知らなかった新しい姿も知っていく。
冷蔵庫からよみがえった若い頃の母の亡霊が食事の支度をはじめる。大量の冷や麦が食卓に出されると、ヘタっていた「ぬけがら」の父たちも起きだし、8人のやかましいばかりの食卓の風景。「よくこれだけの父とやってこれたもんだな……」ともらす卓也に「でも終わってみたら、それで充分楽しかった……」と母。

「ラストシーン」、部屋にはふたたび「ぬけがら」たちが散らばっている。あのあとすぐ、突然亡くなった父の、今日は四十九日である。一人一人立ち去っていく「ぬけがら」たちに、大学の映研時代さながらに、卓也はカメラを向ける。それは、父への別れの言葉であり、またエールでもある。一人になった卓也は、紅く染まった空を見上げるのだった。「これからだ……夏は終わった……」と。

作者プロフィール:[生年]1964
1964年愛知県名古屋市生まれ。劇作家、演出家、俳優。名城大学卒。劇団B級遊撃隊主宰。きわめて突飛なシチュエーションを使い、ストレートかつリリシズムあふれる世界を、笑いでいろどりながら作品化する。1987年の第3回名古屋市文化振興賞を受賞した『審判〜ホロ苦きはキャラメルの味〜』をはじめとし、劇作家協会優秀新人戯曲賞、読売演劇大賞優秀作品賞など多数の受賞歴を持つ。戯曲のほかに、ラジオドラマ、テレビの脚本の仕事も多い。第50回岸田國士戯曲賞を授与された『ぬけがら』は、文学座のアトリエ公演のために書かれたもの。
http://www.bkyuyugekitai.com/
 
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