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トーマス・オスターマイアー
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トーマス・オスターマイアー
(Thomas Ostermeier)

1968年、西ドイツ生まれ。演出家。シャウビューネ芸術監督。89年の壁崩壊後ベルリンに移り、演劇学校在学中から演出家として頭角を現す。卒業と同時に、ドイツ座の小スペース「バラック」の運営を任され、ブレヒト作品などと並行して国内外の同時代戯曲を手がける。若い世代の旗手として注目を浴び、2000年に31歳の若さでシャウビューネの芸術監督に就任。主な演出作品として、イプセン原作の『ノラ』、マイエンブルグ『火の顔』『パラサイトたち』、サラ・ケイン『渇望』などがある。
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シャウビューネ
(Schaubühne am Lehniner Platz)

1962年、西ベルリンを拠点に創設。70年代より演出家ペーター・シュタインを中心にしたアンサンブル形式で当時のドイツを代表する演劇集団となる。チェーホフ作品に代表される精緻な演出で一時代を築いた。その後、2000年に組織を一新し、ダンス部門を新設。演劇部門の芸術監督に演出家オスターマイアー、ダンス部門の芸術監督に振付家サシャ・ヴァルツと、30代の若手アーティストが抜擢される。伝統ある劇場を引き継いだオスターマイアーらは、その決意を「演劇の使命」として公演パンフレットに掲載し、「私たちはいかにして生きるべきか。演劇とはその根源的な問いかけに応えることだ」とし、「作家のための演劇」を訴えた。
現在のレパートリーには、ドイツの主要作家だけでなく、海外の同時代作家の刺激的な作品がラインナップされている。毎年行われるドラマリーディング中心のインターナショナル・フェスティバルで、今年3月にはケラリーノ・サンドロヴィッチ、松尾スズキの戯曲リーディングも行われた。ドイツの劇場運営は公的援助によるものが大半で、シャウビューネは年間128万ユーロの援助を受けている。
http://www.schaubuehne.de/
ノラ
ノラ
シャウビューネ
『ノラ』─人形の家
(Nora / A Dall's House)
撮影:Arno Declair
Presenter Interview
2005.8.18
In pursuit of Theater for the Playwright Talking with Art Director Ostermeier of the revived Schaubuehne  
劇作家のための演劇を目指す 新生シャウビューネのオスターマイヤーに聞く  
2005年から1年以上にわたり、日本各地で「日本におけるドイツ年」にちなんださまざまなイベントが催されている。舞台芸術においては3月から6月にかけて、ドイツ演劇界を代表する3劇場(フォルクスビューネ・アム・ローザルクセンブルク・プラッツの『終着駅アメリカ』、シャウビューネの『ノラ』『火の顔』、ベルリナー・アンサンブルの『アルトゥロ・ウイの興隆』)が立て続けに公演を行い話題となった。
中でも36歳のトーマス・オスターマイアーが2000年に芸術監督に就任した新生シャウビューネは、現代戯曲フェスティバルをスタートし、日本を含め各国の現代戯曲を積極的に紹介するなど、注目を集めている。来日公演に際して行われた共同記者会見においてオスターマイアーが語った新生シャウビューネの目指すものとは?

(6月14日 共同記者会見談話より構成)


シャウビューネの代表的レパートリー『ノラ』について

正式なタイトルはイプセンの『人形の家』ですが、ドイツ語では『ノラ』と呼ばれ、ほとんどドイツの劇作品と言えるくらい上演の伝統があります。私が初めて『ノラ』を読んだ時、「この作品が書かれた時代には大きな衝撃があったかもしれないが、現代社会を考えると離婚もたくさんあることだし、これではもの足りないのではないか」という印象をもちました。特に結末です。『人形の家』が1890年にコペンハーゲンで初演された当時は、ノラという言葉さえもタブーとして人々は口にすることを禁じられたほどでしたが。

オスローのある30代の劇場監督と話したとき、実はイプセンはドイツでの上演のために、もうひとつの結末を書いていたことを知りました。当時の女優の提案で、ノラが夫のもとを去らずに家に残る選択をしたというものです。その時以来、私は、ノラが家を出るという結末を考えなくなりました。

私が考えたのは、今日同じような影響を及ぼすにはどういったことが効果的だろうかということです。そのまま上演するというのは、70年代、80年代のヨーロッパなら、まだアクチュアルに機能したでしょうけれど、現在はそうではない。そんなことを考えながら、私たちはこの『ノラ』の舞台を今日のベルリンに置き換えてつくりました。

この作品が上演された19世紀は、当然ながら家父長制がとても強かったのですが、20世紀になってもヨーロッパではそれほど変わっていないのではないか。そして、現代ではもっとラディカルな結末があっていいんじゃないか。つまり、別の「処刑」の仕方があるのではないかと思いました。これと関連してとても印象的な出来事があったのですが、ある若い女性の観客が私たちの『ノラ』を見た後、「今でもこんな良い作品が書かれているんですね」という感想を寄せてくれたのです。

現代の女性は自分をどうやって示そうとしているのか──雑誌を見たりCMを見たりビデオを見たり、それからアニメにも影響されたりして自分をつくりだそうとする女性というのを私たちは演出に組み込もうとしています。私の演出の結末については、あまりにラディカルにつくり上げたために、観客の皆さんは戸惑うかもしれません。でもそれがまさに私たちが狙った効果で、なぜこのような結末がなければならないのか、そういった議論が観客の間でおこってほしいと私は考えています。

『火の顔』ついて

現在シャウビューネが制作しているもの、私が手がけているものは、全体のおよそ3分の2が同時代の劇作家の作品、同時代の劇作にインスピレーションを受けて上演が実現した作品です。そのひとつが『火の顔』です。この公演を見た方は、とてもおどろおどろしくて希望のない作品だという印象をもたれたのではないかと思います。そのおどろおどろしさのポイントは、主人公のクルト少年が、理由もなく罪を犯すということです。

劇作家の功績とは、それまで言葉にされていなかったものを言葉にし、舞台にのせることを可能にすることだと思います。そういう意味では、ドイツの演劇には長い伝統があります。フランス革命の時代、ドイツではゲーテ、クライスト、ビュヒナーがいて、政治の世界でこそ革命というものはなかったわけですが、革命は文学の世界で起こっていたのです。つまり、ドイツでは政治でなく舞台において革命が起こっていたのです。

『火の顔』の主人公は、何の理由もなく、何に対して反抗しているのかも判っていない、そういう革命的な世代の代表なのです。今の「革命的な」世代というのは、なぜ自分たちが不満を抱えているのか、それを言葉にできない。例えば、ドイツのクレッツやファスビンダーなどの劇作家が活躍していた60〜70年代には別の目指すべき可能性というものがありました。現代は、その時代とも別の方向を示していると思います。

『火の顔』は、クルトとその姉がいて、二人とも思春期であり、クルトは姉に近親相姦的な恋をしている。クルトはまた、自分で爆弾をつくっている。子どもとどうコミュニケーションをとればいいのかわからない両親がいる、ドイツの中流層を代表するような、ある意味リベラルな家庭という設定です。家族たちは何ら間違ったことをしているわけではないのに、なぜか子どもたちが狂っていく。とうとうクルトは両親を殺し、死体と一緒に数日を過ごす。そういった筋書きです。
 
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