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ダニーロ・サントス・デ・ミランダ
ダニーロ・サントス・デ・ミランダ
(Danilo Santos de Miranda)
サンパウロ州セスキ・商業連盟社会サービス理事長
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セスキ(SESC 商業連盟社会サービス)
ブラジル商業連盟に属する社団法人。ブラジル国民の文化教養を高める社会福祉環境の整備を目的として1964年に設立された。財源は1946年12月13日法律第9853にて可決された商業とサービス業界からの社会保険融資 納付金による。また、民間企業からの寄付金や各施設での有料講座等の収益も事業費にあてられている。サンパウロ州のセスキは国内でもっとも予算が充実しており、年間1億8700万ドルに上る運営資金はブラジル全セスキの総予算の40%を占めている。そのため、サンパウロ州のセスキは予算の20%を他の州のセスキに分配している。予算は文化センター毎に計上され、それぞれ特徴ある独自事業を実施するとともに、本部企画事業の受け入れを行っている。事業内容としては、ブラジル国内で多くの国際演劇祭を開催しているのをはじめ、作品制作に対する助成、ブラジルのアーティストや団体の海外派遣支援、また、海外のアーティストとの共同製作支援に力を入れている。過去20年にわたって国際交流基金サンパウロ日本文化センターとの共催事業を実施し、劇団SCOT、ダム・タイプ、万有引力、パパ・タラフマラ、りんけんバンド、維新派、薪能などの招聘公演を実現している。

サンパウロ州セスキ
サンパウロ州セスキは州内で30施設(内、サンパウロ市内だけで8カ所)の総合文化センターを運営している。各文化センターはその規模に応じた予算に基づいてそれぞれ特徴ある事業を展開している。舞台芸術に特に力を入れている文化センターの代表が、演出家のアンツネス・フィリョが芸術監督を務めるセスキ・コンソラソン(サンパウロ市内)であり、その事業はフィリョの方針によって実施されている。また、国際演劇祭を実施している文化センターのサンジョゼ・ド・リオプレットや、国際ダンスビエンナーレを実施し、2005年秋に「維新派」公演を行ったサントスなどの活動は世界的に知られている。
関連事業として、サンパウロSESCは、ブラジルの戯曲を集め、レファレンス施設として活用されるシアター・リサーチ・センター(Centro de Pesquisa Teatral)を運営。SESCコンソラソンでは84年にエクスペリメンタル・ミュージック・センター(Centro Experimantal de Musica)を開設し、あたらしい方法論による音楽と市民との融合を図る実験的な活動を行っている。
また、94年に創刊した文化情報誌「REVISTA E」の発行。SESC ONLINE(www.sescsp.org.br)の運営など、文化の情報発信、広報活動にも積極的。

2005年の実績によると、サンパウロ州内で実施された舞台芸術関係事業数は次の通り(カッコ内は観客動員数)
・演劇作品:3,968件(80万7,000人)
・音楽コンサート:405件
・ダンス公演:656件(31万人)

D F Malan Street, Foreshore
Cape Town, 8001
Tel: +27 (0) 21-410-9800
Fax: +27 (0) 21-421-5448
Presenter Interview
2006.5.8
What is SESC, the Brazilian organizations that runs comprehensive culture and arts facilities in Brazil 
サンパウロ州内だけで30もの総合文化センターを運営するセスキ(SESC)とは? 
SESC(セスキ・ブラジル商業連盟社会サービス連盟)は、ブラジルにおいて芸術文化、スポーツ、教育分野で最も著しい業績をあげている社団法人であり、2006年に創立60周年を迎えた。国内で数多くの施設を運営し、音楽・演劇・ダンスなどの公演、子ども・成人向けのスポーツ講座や教養講座、あるいは環境教育プログラムなど国民の文化教養を高めるさまざまな事業が展開されている。州毎に独立した組織で運営されているが、中でもサンパウロ州のセスキは最も充実した財政基盤をもち、州内だけで30もの総合文化センター(すべてに劇場、ギャラリー、多目的ホール、スポーツ・レジャーセンターを完備)を運営し、週30万人もの使用者がさまざまなアクティビティに参加している。特に舞台芸術関係の事業は質・量ともに突出しており、2005年に実施された国内外からの舞台作品は4500件に及ぶ。世界に類をみないセスキの成り立ちや活動の考え方について、サンパウロ州セスキ理事長のダニーロ・サントス・デ・ミランダ氏に聞いた。
(聞き手:チアキ・カレン・タダ(ジャーナリスト))


──まず、セスキの文化芸術事業に対する方針について伺いたいと思います。こうした事業はどうやって展開されるのでしょうか。
まず、最初に定義しておかなければならないことは、セスキは文化機関でもなく、スポーツ促進の団体でもないことです。セスキの事業目的は社会福祉で、あらゆる政策を通して、社会全般の人的・生活水準を高める事業を展開しています。
セスキは、1946年に、ある商業関係企業家のグループが集まって、こうした特徴を持った団体の必要性を政府に提言したことがきっかけで設立されました。「私たちは、労働者と社会一般の向上を図る社会福祉事業を促進する団体を設立したい。そのために、法的に認められる企業税を可決してほしい」と申し出たわけです。
1940年代後半は第二次世界大戦後間もない特殊な時代でした。民主主義の定着と著しい都市化が進むとともに、ブラジルの生産は農業型から工業型へと移り変わりました。労働者がそうした時代の変化に対応するためには、社会の安定を保証する全国的な職業訓練制度と社会福祉の仕組みが必要でした。当時、ブラジルではソビエトに支えられる共産党が盛んに運動していて、ブラジルが、社会主義国家になる可能性のあった時代です。軍部、企業などはそうした懸念を払拭すべく、社会福祉厚生の理念を内包した職業訓練を充実させていきました。
こうした背景の中でSESCとSESI(工業連盟社会サービス)が商業連盟と工業連盟に支えられて同時期に発足しました。こうした連盟に支えられていますが、我々職員は商業や工業に概念的にも理念的にも縛られているわけではなく、規定に基づくプログラムを実施するために雇用されています。例えば、社会福祉のプログラムには教育や健康管理など多くの分野での活動が考えられます。レジャー、文化、そしてスポーツもそうした活動に含まれます。特に文化は社会の健全な環境づくりを活性化するために必須の要因であり、人間の行為を評価する要素としても重要なものです。

──現在のセスキの事業で突出しているのはスポーツと文化ですか?
文化事業の方が圧倒的に活発ですね。現代のスポーツはプロフェッショナルな活動と教養・趣味としてのスポーツとに分類できます。私たちの活動はいわゆる「スポーツ・フォア・オール」という考え方に基づいたもので、スポーツによって社会参加を促進することを目的として運動しています。しかし、そうした活動はあまり報道の対象になりません。
たとえば、企業300社が共催してスポーツ大会を開催しましたが、区内新聞に小さく掲載されただけでした。ところが、一例を挙げますと、国際交流基金との共催で、舞踏家大野一雄さんに関するフィルム、ビデオの特集をサンパウロのセスキ・コンソラソン文化センター劇場で行った時は、イルストラダ(ブラジルの有力新聞の文化ブロック)がトップページの一面を割いて報道してくれました。私たちがこの事業に充当した経費は、なんとゼロでした。
スポーツ関連事業との差がお分かりでしょう。スポーツと違って、ブラジルでは、いわゆるアンダーグラウンドや前衛的な文化事業を商業文化とまったく同じ比率で新聞が取り上げてくれます。ですから、私たちにとってこうした外国文化紹介事業は非常に貴重な事業となっています。
日本に限りますと、ブラジル、とりわけサンパウロにおいては、日系人の特に文化、経済、政治面でのプレゼンスは無視できない実績があります。例えば、こうした日系人社会に対して、国際交流基金から提案されるような、ビジネスを抜きにした文化交流などの案件を受け入れ、ブラジル社会との交流をどう適わせるのかを検討し、実行に移すという役割もセスキが担っています。

──日本からの文化事業を受け入れる基準はどのようなものですか?
事業の対象が広く一般に向いていることが基本的な条件です。10年ほど前に日本の伝統玩具展という素晴らしい展示を実施しました。神戸の玩具博物館から提供された企画です。ブラジルで日本の伝統玩具が、しかも今日の社会において、一体どんな人たちによって注目されるのかと疑問に思われるかもしれません。しかし、これが記録的な観客を動員しました。サンパウロの後、クリチバ、リオデジャネイロに巡回させましたが、借り上げ期限が迫ったため、返却せざるをえませんでした。本当に素晴らしい企画でした。

──なぜ、そんなにヒットしたのでしょうか。
洗練された華麗な玩具にはさまざまな情報が含まれています。例えば、パピエマシェや粘土で作られた鶏と雛のセットです。この玩具はブラジルのインディオの子どもたちにとってもポピュラーな玩具であるだけでなく、同じ形態をした玩具がロシアにもアフリカにも、いわゆる対極にあって互いに交流の歴史を持たない国々にも存在するのです。普遍的無意識というのでしょうか。我々の文化の原点はおそらく同じ所にあるのだということを立証しているかのようでした。
私は、訪日した時に大阪の国立民族博物館の中牧弘允教授とお会いすることができました。教授はブラジルのインディオ文化も研究されていますが、それは東洋文化の原点がそこに現れているからなのだそうです。現代における文化交流の仕事をするためには、文化の根源を見極めることが非常に大切です。そうした文化の源流を保存するインディオに、中牧教授は日本人として引かれたのかも知れません。こうした文化の基盤レベルでの交流ができるところが商業企画と一番違うところです。企業のやることに反対するつもりもありませんし、商売をする人たちに抗議しているわけではありませんが、私たちの事業には商業的な色彩は一切ありません。
 
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