The Japan Foundation
Performing Arts Network Japan
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マット・ピーコック
撮影:大河内禎
マット・ピーコック(Matt Peacock)
ストリートワイズ・オペラ
チーフ・エグゼクティブ


ストリートワイズ・オペラ
(Streetwise Opera)

http://www.streetwiseopera.org/
ストリートワイズ・オペラ
Presenter Interview
2009.12.4
Homeless and Artists Working Together  Streetwise Opera 
ホームレスとアーティストが協働 ストリート・ワイズ・オペラ 
ストリート・ワイズ・オペラ(SWO)は、2002年に設立されたイギリスのソーシャル・アート団体。ホームレスとプロのアーティストの協働により年1回本格的なオペラ公演を行うほか、ホームレスセンターと連携し、音楽ワークショップを通じた彼らの自立支援を継続的に実践。そのSWOの創始者が、ゴードン・ブラウン首相の著書「ブリテンズ・エブリティ・ヒーローズ」で“イギリス人社会活動家30人”のひとりにも選ばれたマット・ピーコックだ。未だ30歳代半ばの彼は音楽ジャーナリストとホームレス・シェルターの職員という二足のワラジの生活を数年間続けた後、ホームレスに対する一般の人々のイメージを変え、自分が専門としている音楽を通じて、彼らが前向きに社会と関われるようになることを目的としてSWOの活動をスタートした。イギリス各地の100名を超えるホームレスの人々とつくり上げた初めての映像作品『マイ・シークレット・ハート』を携えて来日した彼に、SWOの活動について聞いた。
(聞き手:岩城京子)


──英国においては現在、約500人のラフ・スリーパー(路上生活者)と、約40万人の臨時保護施設などで暮らす人々を含め、何らかの保護手当が必要とされる世帯が約70万世帯存在すると言われています。ストリートワイズ・オペラ(以下SWO)はそうした過酷な環境下で生きる人々を対象に、音楽を用いて支援を行うことを目的に2002年にロンドンで設立されました。この団体の創設者であり、かつチーフ・エグゼキュティブであるあなた自身の言葉で、現在の活動概要を教えてください。
 SWOの現在の活動は大きく分けて2つあります。まずひとつは、プロのアーティストとホームレスがワークショップを重ねて創作を行い、ホームレスの人たちが歌や演技や裏方も担う年1度の舞台パフォーマンス。これは02年にベンジャミン・ブリテンの楽曲を用いてウエストミンスター寺院で上演された『カンティクルス』以後、毎年行っていますが、旗揚公演から全国紙の劇評で五つ星を獲得するほど芸術的に高い評価を得ています。同紙面に掲載されたマドンナのライブ公演は星三つでしたからね(笑)。つまり私たちは、今までの多くのソーシャル・アート団体のように「参加することに意義があり、公演自体の質は問わない」という姿勢とは一線を画しているわけです。確かにホームレスの人々が芸術活動と名の付くものに参加することは、それだけで自尊心や社交性などを回復することに繋がり、意味があります。けれど私はそれに加えて、客観的に見て芸術性の高いものをつくりたいという思いがある。なぜなら、そのほうがより多くの恩恵を参加者に授けることができるとわかっているから。実際、SWOの参加者たちは、この年間公演によって普段は感じることのできない「尊敬」を獲得できると語っています。
 そして我々のふたつ目の活動であり、この年間公演以上に大切なのが、全国11カ所のホームレスセンターで開催する定期的なワークショップです。我々は今約30名のプロの音楽家でもあるワークショップリーダーと提携して仕事を進めていますが、彼らが毎週同日同時刻に、決められたホームレスセンターに向かい、2時間のワークショップを行います。この「継続性」が実に大切。なぜなら多くのホームレスの人々は、一般の人々以上に年に1度の舞台公演に熱意を注ぐため、公演終了後にひどく落ち込んでしまう。この状況を目の当たりにしてから、私は、ホームレスの人たちを精神的に支えるためには継続性が何より大事だという確信をもつに至りました。現在のところ、この2つが主な活動です。まとめるならば「尊敬(Respect)」と「継続性(Regularity)」という活動指針をもってプロジェクトを進めているといえます。

──日本ではホームレスの約9割が男性、うち8割が50歳代以上です。対する英国では約9割が男性という点は同じものの、年齢的には8割が45歳以下と大きく異なります。英国ではホームレス化の主な原因として、どのような理由が挙げられるのでしょうか。
 ホームレスに至る原因は、複数の要因が絡みあっていることが多いです。ですから、ひとまとめにすべてを語ることはできないのですが、その上であえて分析するなら、大多数の人々は私たちが言うところの「Institutionalized(施設に収容された)な人々」、つまり児童養護施設であれ、刑務所であれ、軍隊であれ、何らかの施設で人生のいっときを過ごした人が多いです。興味深いことに路上生活者の多くは元軍人です。戦争体験による精神的なダメージを受けたため、あるいは何年にもわたり衣食住を支給される環境下にあったため、退役したのち彼らは一般的な生活に適応できずにホームレスになってしまうわけです。
 女性の場合は、「Women's Aid(ウーマンズ・エイド)」という家庭内暴力や性暴力の被害から女性を守るNPO組織の世話になった経験のある人が多いです。移民の場合は、社会保障制度の外にあぶれてしまう人たちがホームレスになるケースが多いですね。また「Marriage Breakdown(結婚崩壊)」もホームレスになる大きな一因と言えます。結婚が破綻すると、英国ではほぼ自動的に住居が女性の所有物となります。子どもがいる場合はなおさらです。その結果、男性はどうなるかというと、住む場所を失い、仕事を失い、後にアルコールにはまっていき、というスパイラルダウンを辿っていくわけです。
 ちなみに私たちが全国のホームレスセンターで関わる人々の、だいたい40%は何らかの精神衛生上の問題を抱えています。それは学習障害や、統合失調症、さまざまな段階の鬱症状、あるいは診断未確定の精神病などです。また容易に予測できることですが、路上生活を続けることで彼らの精神状態は悪化していきます。最近のデータによると、路上生活者の約80%が自傷行為あるいは自殺行為に走るそうです。
 ただ、これらホームレスの人々に対しての英国のサポート構造は、非常に整備されています。最初は各地の教会によるささやかな慈善活動として始まったわけですが、今では全国に組織だったホームレスセンターが設けられ、ここを訪れることで住宅手当、保護手当、特別手当などの手続きを進めることができます。運良く永住宿泊施設の申請リストに早い段階で名前を載せてもらえれば、半年で住居を得ることも可能です。とはいえ本人が新たな生活にむけて100%前進する準備ができていなければ、住む場所を与えても意味がないんですけどね。

──英国ではコミュニティアート活動(地域活性化あるいは障害者・老人・児童などの生活向上のためにアートが役立つという考えのもと展開されるクリエイティブ活動)が30年以上も前から盛んです。ホームレス支援に関しても、アートの力を借りて改善していこうという流れが以前からあったのでしょうか。
 私がSWOを立ちあげるに際して触発された団体のひとつ「Cardboard Citizens」などは、18年も前からホームレスの人たちと共に芝居をつくる活動を続けています。ほかにも2、3ホームレスを支援するアート団体はあります。ただ彼らがつくり上げているものの多くは「フォーラム・シアター」と呼ばれるもの。つまり実際にホームレスの人たちが直面している問題、例えば薬物問題などを、芝居の題材にするわけです。だから、ブリテンやマーラーの楽曲でオペラを作る私たちとは大きく方法論が異なるといえます。
 いずれにしろ政府がアートを用いてホームレスの人々を助けられる、と本当に理解し始めたのはここ5年ぐらいの出来事です。それ以前は、私の意見では支援の仕方がとても即物的でした。さあ彼らに家を与えよう、仕事を与えよう。そして、ピカピカの鍋とフライパンと共に新しい住まいを提供する。でも多くの人はそこで暮らし続けるだけの社会的スキルがないため、すぐさまホームレスの状況に戻ってしまう。そこで、新たな生活に向かわせるよりも前の段階として、彼らをメンタル面で助ける必要があるんじゃないかという意識がもたれ始め、徐々にアートがホームレス支援に介入する余地が生まれていったわけです。
 
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