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デイビッド・ジャブ
Profile
デイビッド・ジャブ
David Jubb

1969年生まれ。教育学専門のブレットン・ホール・カレッジ、ブリストル大学、有名な俳優を輩出している演劇学校のセントラル・スクール・オブ・スピーチ・アンド・ドラマで学ぶ。The Lion & Unicorn Theatreディレクター、インディペンデントのアーティストをプロデュースするYour Imaginationディレクターを経て、04年からバタシー・アート・センター芸術監督。また、2012年から15年まで14劇場が加盟するロンドン・シアターコンソーシアム議長。
バタシー・アート・センター
Battersea Arts Centre

1969年生まれ。教育学専門のブレットン・ホール・カレッジ、ブリストル大学、有名な俳優を輩出し旧バタシー市庁舎の歴史的建造物を再利用し、1979年にオープンしたコミュニティ・アートセンター。1981年にジュード・ケリーが初代芸術監督に就任。主にアーツカウンシル・イングランドおよびワンズワース・ロンドン自治区の助成金により運営。自治区の財政難により存続が危ぶまれた時期もあったが、2007年には当時のトニー・ブレア首相が国会で、「地域に及ぼす影響を考慮し存続すべき」と唱え、世論にも後押しされ、存続が決定した。年間の来場者数は約10万人、公演数約650、ワークショップ参加者数約5,000人。
https://www.bac.org.uk/
バタシー・アート・センター
*1 Bretton Hall College of Education
イギリス北部ヨークシャーにあった教育学の専門カレッジ。2001年にリーズ大学と合併。
*2 Chris Goode
英国人劇作家、演出家、俳優。01〜04年にCamden People’s Theatreの芸術監督を務める。エジンバラ演劇祭フリンジ部門への常連パフォーマー。
*3 Scratch
BACの代名詞とも言える独自の創作プロセスを使ったプロジェクトの名前。詳細は後のインタビュー内容を参照。
*4 実際、ジャブ自身もBACで結婚式を挙げている。
*5 Contact theatre
1972年にマンチェスター大学の一部、若者による劇場ということでスタートした。その後、99年にアーツ・カウンシル・イングランドの助成金を受け若者の劇場として独立した劇場として再スタートを切った。従来の演劇とは違った新しい表現を探る劇場として定評がある。
*6 Create Course
週に一度集まって、ランチを食べながら自由に話し合いの場を持つコース。仕事の改善点を見つけたい人、新しいレシピを考えたい人、歌を作りたい人、それぞれの目的は問わず、集まった人たちの自由な会話、多彩なゲスト講師のトークから何かしらヒントを持ち帰ってもらえればOKというコース。16歳以上であれば参加可能。無料。
*7 Agents of Creative Change
慈善団体や公共部門で働く人々が一歩先に進みたいと思った時に活用してもらう無料のプログラム。アーティストと公共機関、第三セクターで働く人たちを引き合わせ、彼らに一緒になって課題に取り組んでもらう。
Presenter Interview
2017.11.30
Battersea Arts Centre  A new type of hub hosting community-based theatre 
地域密着型劇場の新たな試み バタシー・アート・センター 
近郊都市からロンドンの中心に向かうハブ駅のひとつとして知られるクラパム・ジャンクション駅近くに位置するバタシー・アート・センター(Battersea Arts Centre = BAC)。1893年に建造された旧バタシー市庁舎の歴史的建造物を劇場として再利用し、1979年にオープン。2004年からその芸術監督を務めるのが、演劇プロデューサーのデイビッド・ジャブ(David Jubb)だ。トム・モリス(Tom Morris)とともに開発した独自の創作プロセスである「スクラッチ(Scratch)」を発展させ、大人から子どもまで多くの地域住民をセンターに呼び込み、地域密着型の新しい公立劇場の運営スタイルを提示し、注目を集めている。2015年、火災により建物の30%を焼失したものの2020年の完全復興を目指して翌日から活動を再開。「未来を生み出すため創造的なリスクを負うように、人々を鼓舞する」をモットーに掲げ、新しい劇場と演劇のあり方を提唱するジャブにインタビューした。
聞き手:田中伸子

──そもそもなぜ演劇に関わるようになったのですか。
 実は、私は演劇というものが好きではありません。なぜなら多くの英国の芝居、私の幼少期に観た芝居の多くが型にはまった決まりきったものだったからです。当時の私からすれば、演劇は堅苦しく、気詰まりな体験以外の何ものでもなく、退屈で、楽しめたものではありませんでした。考えてもみてください。席に座ったが最後、あなたがそこにいないという前提のもとで演技を続けている舞台上の人たちを観続けなければいけないのですから。決して音を立ててはいけないし、たとえ舞台が面白くなかったとしても席を立って出て行くことさえできない。その行為のなんと奇妙なことか。
 でも、時間はかかりましたが、私が面白いと思うアーティスト、つまり、舞台上の役者が観客に直接話しかけ、観客が劇に関与することが許されるようなアーティストを見つけたんです。彼らの作品にはクリエイティブな会話があり、ライブ(生)な体験がありました。当時はブレットン・ホール・カレッジ(*1)を卒業し、ブリストル大学に通っていて、そうした観客を巻き込む演劇をたくさん観ていました。その頃から、演劇はもっと有益で、面白くて楽しいと考えるようになりました。つまり、演劇の持つ特徴のひとつはライブであるということです。演劇では演者は観客の目を直接見つめ、観客はそれに応えて見返すという関係が生まれます。そのライブの交流の中にこそ、何でも起こり得るという素晴らしい可能性が潜んでいると思いました。なので、ライブという特徴を活かしていない演劇に、私は興味がありません。

──つまり、従来の演劇には全く興味のなかったあなたが、今は深く演劇に関わっているということですね。
 そうです。もしかしたらそれはラブ&ヘイトの関係だったのかもしれません。それまでの演劇に対してしっくりきていなかった私が、危うさを感じるほどの先端的な作品、何が起こるかわからないような緊張感があるような作品を観るようになりました。
 英国人アーティストのクリス・グッド(*2)が提唱している「猫テスト」というのがあります。BACでは猫を飼っているので、その「猫テスト」も実際に試すことができます。「猫テスト」の意図は、もし上演途中に猫がステージを横切ったらどうなるのか、というものです。もし俳優たち全員が見て見ぬふりをしてそのまま演技を続けたら、その舞台は救いようのない代物だということです。なぜなら猫はその場で最も生きているモノだというのは疑う余地がなく、だからこそ何かが起きるはずなんです。それにそんなことが起きれば、観客たちは皆、猫の存在に釘付けになりますから。反対に、もし俳優が猫を演技の中に取り込んで、その晩の芝居の一部にすることができれば、その舞台はまさに生きたものになります。観客はいつでも想定外のハプニングが大のお気に入りですから。俳優が予期せぬ状況に対応することができれば、その芝居はもっともっと面白いものとして受け止められます。このことから、演劇はライブである、そして我々も生きている、つまりライブであるということに気付かされるのです。

──その後、なぜBACと関わるようになったのですか。
 今まさに話したことが理由で、私はBACに惚れ込んだのです。BACの建物はかつての市庁舎で、劇場として建てられたものではないのでそれぞれの部屋には何らかの欠陥があります。つまり、通常の設備の整った黒い箱としての劇場ではない。劇場としては欠陥品ですが、それらの欠陥こそが他にはない面白さをつくり出しています。つまりアーティストは予想していたところを超えて、BACの欠陥のある部屋、建物、さらには足りない装置と折り合わなければならない。様々な特色のある空間で何ができるのか、またどうやったら観客といい関係を持つことができるのか、各々が試行錯誤するようになる。ほとんど全ての部屋が「スクラッチ」(*3)から観客と関係を築き始めなければならないような空間なのです。大多数の劇場では観客は観客席エリアに座り、そしてステージがあり、二つの場所は分断されています。しかしBACでは部屋があるだけなので、どこに観客を配置し、彼らは何に座り、あるいは座らせずに彼らとどうやって関係を築くのか‥‥。それらの事を創作しながら決めていかなければならないのです。

──BACについて、もう少しお話しいただけますか。私が以前、訪問した際には、昼間にもかかわらず、多くの人々が館内にいらっしゃったのが印象的でした。
 ええ、BACは昼でも夜でも人で溢れています。いつも多くのアーティストが館内で何らかの作業をしていますし、昼間は「ビーズ・ニーズ(0〜5歳児、そして両親または付き添いの方が自由に使える場所の名称。定期的に幼児用クラスや催し物を開催している)」に子どもを連れてきている人もいます。友達との集まりの場所としてBACを利用している人も多いと思います。舞台で何かを上演するところ、イコール劇場というわけではなく、BACは地元の方々が集まることを目的とした場所なんです。ちなみに、館内では結婚式もできます(*4)。結婚式ってショーのように演劇的ですし、「ビーズ・ニーズ」に集まっている子ども達もよく何かになったふりごっこをしているので、それを見るのも演劇的なことですよね。

──BACと言えば、「スクラッチ」という創作プロセスで有名です。もう少し具体的な内容を教えてもらえますか。
 アーティストが創作のかなり早い段階から未来の観客(作品ができあがった際には観客となり得る可能性を持った人々のこと。この段階では関与者)と関わり、彼らのフィードバックを元に作品づくりをしていく方法のことを我々は「スクラッチ」と呼んでいます。例えば、舞台作品をつくりたいと思っているアーティストがいたとすると、その人はまずは5〜10分ぐらいの断片のようなものを用意します。その断片を観客に見せ、それについて、さらにはこれからつくりたいと思っているものについて観客と話し合う機会を設けます。その際に質問を用意しておいて観客にそれらをぶつけます。例えば「私が面白いと思っているこのストーリーですけど、あなたは面白いと思う?」「これを観て何か思うところはあった?」とか、何でもいいのです。質問内容についてはアーティスト、そして参加者によってその都度変わってきます。
 質問の仕方についても自由で、質問票を配ってもいいし、ショーケースの後でBACのバーでアーティストと観客が自由に話せる場をつくりそこで質問する機会を設けても構いません。メールでフィードバックを送ってもらってもいい。アーティストはまだ完成していない作品を観せるというリスク、観客はまだできていないものを観るというリスクを負いながらフィードバックの機会をつくるのです。BACは製作者として、両者の関係性を維持し、プログラムが上手く進むように務めます。具体的には、たとえばアーティストが質問事項を考えるのを助けたり、観客が無理なくアーティストに話しかけられるようにお膳立てしたりします。
 約17年前、BACのチームで「スクラッチ」のアイデアを発展させていた時、このプログラムのネーミングについて、私の長年の友人であり、素晴らしいアーティストであるカズコ・ホーキ(法貴和子。伝説的な在英女性日本人バンド、フランク・チキンンズのリーダー、ヴォーカル)に相談しました。そうしたら、彼女がボソッと「スクラッチなんていいんじゃない?」と。これだとすぐに飛びつきました。アイデアを引っかいたり、こねたり、再度試してみたりするというこのプログラムにぴったりでしたから。当初は主に公演を創作する方法としてこの「スクラッチ」を用いていたのですが、今では何をするにもこの方法を採るようにしています。まずは何かを試して、もしそれが上手くいかなかったら一度目の前から退ける。そうすることによって上手くいかなかった原因がわかったり、その失敗から学ぶこともできるからです。
 「スクラッチ」プログラムの典型例を紹介しましょう。まずは「スクラッチ」イベントでアーティストが何かを発表します。その後2カ月ぐらいアーティストは意識下でそのアイデアを温めるぐらいの状態で過ごし、再び「スクラッチ」イベントを行います。その後また数カ月離れ、また戻ることを繰り返します。こうしてアーティストは1〜2年の間に4〜5回のスクラッチ発表会を経て作品をつくり上げていきます。そのような過程を経て完成した作品には、それに関わった観客たちの指紋のような痕跡がはっきりと残ります。「スクラッチ」による創作の面白いことのひとつに、様々な違った層の観客を開拓することができるということがあります。なぜなら毎回の「スクラッチ」イベントのテーマが、その回ごとに違った層の人々を集める可能性があるからです。誰に対しても最初の段階から参加する門が開かれていて、その人たちはその後の作品の発展の過程を見届けることができます。関わった観客たちの多くがまるで自分の作品であるように感じることが出来るのです。

──そのスクラッチ発表会に参加するのには参加費を払う必要はありますか。
 自分の思う金額を払えばよくて、大体1〜3ポンドぐらいが相場だと思います。その場かぎりで作品にならないかもしれないというリスク付きのパフォーマンスですから。本公演は10ポンド前後のチケット代になります。観客たちは、創作に参加して自分の意見を言うのをとても楽しんでいるようです。

──2004年に芸術監督に就任した頃から、BACのあるバタシー地域は大きく変わりました。以前は貧困層の集まる地域で市営住宅が多く並んでいましたが、ミレニアム以降、多くのヤッピーが住むようになり居住者たちの層に変化がありました。これらの現象は劇場に何らかの影響を与えましたか。
 ご指摘の通り、この10年間でバタシーは大きな変化を遂げました。とは言え、まだまだ多くの市営住宅団地が残っています。我々がいつも考えている任務のひとつが、どうしたら創造性(creativity)が社会をリードするような影響力を持つことができるかということです。どうしたら演劇や創造性が社会変革を引き起こす強力なツールになり得るのかということです。それこそが我々が仕事をする上でとても重要なことだと考えていますし、ますます重要になってきているのではないでしょうか。
 近頃は、どんな人がBACを訪れ、また誰が劇場側から歓迎されていると感じ、どんなところに人々は障壁を感じているのか、そんなことを考えるようになってきました。それで、ここ5年ほど、特に市営住宅団地に住む若者と繋がる試みを重点的に進めています。それが「エージェンシー(Agency)」というプログラムで、彼らにどうしたら独自の社会事業や会社を立ち上げることができるようになるのかを考えるための、いわゆる創造の方法論を提供しています。このプログラムはあくまでも彼らの何かをやりたいという強い願望と情熱によって進むもので、彼ら自身のコミュニティーの主導によって運んでいくというのが大きな特徴です。
 従来の参加型アートプログラムでは、「我々は劇場です。ここに来て何かを演じてください」、もしくは「我々はオーケストラ集団です。ここへ来て一緒に演奏しませんか」「我々は画廊です。皆さんもここに来て、作品を描いてみませんか」と呼びかけてきました。従来の呼びかけももちろん素晴らしいのですが、あくまでも呼びかける側が求めるものをベースに、「あなたにとって有益なものになるはずですからここへ来てください」と、少々高飛車なお誘いだった。一方、「エージェンシー」の面白い点は、あくまでも我々は各々のアイデアを聞き、それを実現するためのアドバイスをするだけというところにあります。若者が自身のビジネスを展開するのを助けるために、我々は創造のプロセスである「スクラッチ」を若者たちに提供し、彼らとともに共同事業者としてそのアイデアの実現に取り組みます。そこではまずあるアイデアを試し、そのフィードバックを求めます。次にそのフィードバックに基づいて他のことを試し、再考する。これを繰り返します。我々はプロセスは提供しますが、元となるアイデアに関してはあくまで若者に委ねます。つまり「スクラッチ」は共同創造のための一つのモデルと言えます。従来の「我々が創作する側であなた方は参加する側」と言った古いアートのモデルとは明らかに違います。
 これはアートにおけるとても興味深い変化です。私自身、これからはこのようなモデルが英国では主流になってくると感じています。今後5〜10年でこの流れはさらに加速し、文化機関や芸術団体はどうやって人々の創造性を引き出し、それらを支援、育成することができるのかを重視するようになっていくと思います。それは従来のスタイルであった、劇場側が作品を提供するのでどうぞ我々の創造物に触れ、上演に参加してください、でも創造するのは私たちです、といったものとは確実に異なります。

──あなたはBACで実践している新しい方法により劇場を解放しているのですね。
 その通り。インタビューの前半で観客とアーティストの関係について触れましたが、双方の関係をどのように解放するか、どうすればもっと自由なものにできるかということに日々取り組んでいます。芸術団体は創作のプロセスはアーティストだけのものではなく、どんな人でもアーティストであり、プロのアーティスト以外にも誰もが地元の芸術団体を使って自らのアイデアを発展させていく権利があるのだということに徐々に気づき始めています。
 我々は他の劇場のように作品の上演もしますし、プロのアーティストたちのサポートもしています。ですが一方で、若者たちがビジネス展開していくサポート、例えば新しいゲーム盤を開発するとか、美容製品の開発、外国人向けの英会話のレッスンをするとか、何でも構わないのですが、彼らのアイデアを演劇で作品をつくるときに使った「スクラッチ」を適用することによって事を進めていく手助けをしています。つまり、演劇作品を上演する生産モデルであった劇場が、あることを始めたいと強く思っている人たちにその実現に向けてどのように事を進めていけばいいのか、皆で一緒に考える場を提供する場へとその役割を変えたのです。

──つまり、以前はニュースを発信するメディアは新聞などに限られていましたが、今では誰もがSNSなどを通してレポーターになれる。さらにそれに興味がある人たちは自分たちで共有できる時代になったのと同じ変化が起きているということですか。
 そうです、この劇場における新しい流れは、他の様々な部門や分野において起きている民主化の動きのひとつだと言えるでしょう。実際、既存の方法ではなく、様々な人がそれぞれの異なる方法で事を起こせることを人々が認識するようになってきたのではないでしょうか。

──他の劇場も同じような方向に向かっていると思いますか。
 確実にそうだと思います。英国における多くの多様な芸術団体が従来の古い観念からの解放、アートの民主化に向かっていると思います。例えばマンチェスターのコンタクト劇場(*5)はすでに何年も前から若者がどのようにしたら(劇場)組織の運営、管理に関わっていくことができるのか、とても積極的な形でその問題に取り組んでいます。ローリーのサルフォードでは、「サルフォード・ヤング・ケアーズ・プロジェクト」と言う取り組みで週に20〜30時間を親の介護に費やしている若者たちと関わり、彼らのアイデンティティー、介護者としての役目、そして彼ら一人一人に関してじっくりと考える時間を設けるプロジェクトを展開しています。こうした例は国内外にまだまだあります。私たちもブラジルや南アメリカの前例を手本にしていますから。実際、「エージェンシー」に関してはブラジルで実践されていた成功例に倣って始めたものです。

──もうひとつのBACの重要なプロジェクト、「Create Course(クリエイト・コース)とはどういったものですか。
 とてもシンプルなものです。英国でアルファコースと呼ばれている教会の布教活動にヒントを得て始めました。アルファコースとは、10週間で人々をキリスト教徒に入信するように促すプログラムです。断っておきますが、私はキリスト教信者ではなく、無神論者です。とにかく、このプログラムの興味深い点は、その中で聖書や聖書の言葉について語ることはなく、ただ人々に質問することから始めるという点です。集まった人々に、「あなたは何かを信じていますか?」「信じているものがありますか?」「何かを信じていると最後に意識したのはいつですか?」と尋ねます。すると自然に人々は会話を始め、次第に心を開き始める‥‥。なぜなら、これ(聖書)を読まなくてはいけませんとか、この教えを信じて理解してくださいなどと押し付けられるのではなく、自らが信じるものについて尋ねられるだけだからです。100ページ足らずの「いかにしてアルファコースを活用するか」という小冊子があり、教会がどのようにアルファコースを実践すれば良いかが書かれています。テレビでこのプログラムに関してのドキュメンタリー番組を観たときに、“人を説き伏せる”ことから“人に尋ねる”ことにアプローチをシフトする点にとても興味を持ちました。
 そこで我々も、これまでだと演技の仕方や絵の書き方を教えますと言って劇場が開くコースに誘っていたアプローチを変えて、創造性についての質問をするコース「クリエイト・コース」(*6)を開設し、劇場に誘うようにしました。つまり、そのコースでは、「あなたは創造的だと思いますか?」「最後に自らを創造的だと感じたのはいつですか?」「創造的だと思うためにはどんな助けが必要だと思いますか?」と問いかけます。芸術の訓練に限らず、もっと身近な日常のシーンで、例えば台所で、子どもの世話をしている時に、仕事をしている時に、つまり生活のあらゆる場面において何か創造的なことをしたいと考えた時に、誰もがその考えを進めることができるような仕掛けがそこにはあります。10週間の「クリエイト・コース」プログラムのおかげで、我々は多くの地元の人たちと時間を共有し、しっかり繋がることが出来ました。私自身教会のアルファコースに参加したことはありませんが、おそらくそこでも人々は同じように何かを達成することができるという気力に満ちてくるのだと想像します。何かに着手したい、何かを起こしたいという願いや欲求が生まれた時、各自が持つモチベーションと創造性にはとても強い繋がりがあると思っています。何かを創造する場合、モチベーションがとても重要な鍵となってくるのです。我々は「クリエイト・コース」が人々に一歩を踏み出させるための重要なきっかけになっていると気づきました。

──そのような形で人々の隠れた才能を引き出せたとして、それはどのような形で劇場に還元されるのですか。
 我々の提唱しているプログラムの一つに「エージェンツ・オブ・クリエイティブ・チェンジ(Agents of Creative Change)(*7)」があります。アーティストと公共機関や第三セクター(非営利団体や財団)などの職員が一緒に働くというプログラムです。仕事で直面している課題を解決したいと思っている人々の創造性を活用し、アーティストと一緒に協力し合うことによって、彼らの挑戦を助け、その思考と実行の道すじをつける手助けをします。
 一つ例を挙げましょう。バーバラというワンズワース地区の刑事司法システムに関する部署に25年間勤めているポーランド人女性がいました。彼女は創造性に長け、思慮深く、個性的な人物です。英国各地、もしかしたら世界的にもそうした傾向があるのかもしれませんが、ワンズワースでは少数の限られた人々がその地区の多くの犯罪に関わっていました。つまり、麻薬関連などの再犯に走り易い犯罪者が多く、そんな彼らこそがバーバラが言うところの仕事相手、「お客様」だったわけです。彼女はなんとかこの悪循環を断ち切りたいと考えていました。そこで相互作用を活用した演劇を行っている演劇集団コニーのタソス・スティーブンスと一緒にその挑戦に取り組むことにしました。彼らのアイデアは、携帯アプリ(認知行動の手法を用い、アバターやキャラクター、ストーリーを駆使して再犯を思いとどまらせようというもの)を開発してみようというものに落ち着きました。これは問題の対処にあたり、とても創造的な解決方法だと思います。今では、バーバラは財政的援助を確保し、実用的なモデルを開発する段階に入っています。
 アーティストが劇場で「スクラッチ」により作品を作り出していくように、バーバラは自らの創造性を駆使し、「スクラッチ」を実践し、彼女が解決を望む案件を着実に前に進めています。この事例は、その最終目標の形こそ違うものの、アーティストが劇場で作品を作り出すために働きかける方法となんら変わりません。もちろん私たちは今後もアーティストたちが観客のために舞台を創作していくための援助を行っていきます。しかし、それと同じように、バーバラのような創造性に溢れた人々が彼らの世界においての挑戦を達成するよう、手助けすることも行なっていきます。
 この10年間我々は「演劇の未来を考察する」をBACのミッションに掲げてきました。それが我々の目指すところで、それらの全ては舞台上で起きている演劇に関しての事柄でした。しかし、過去10年間ミッションに向き合ってわかったことは、演劇にはただ舞台で作品を上演するだけではない、さらなる用途が潜在しているということです。創造のリスクを負い、さらに、演者と観客がお互いの目を見つめ合うというライブ形態を採る演劇はもっともっと大きな役割を果たす可能性を秘めています。現在の我々の核となる目的は、未来を形づくるために多少のリスクを冒すよう人々を刺激する、そしてさらに、その結果が新しいリスクを負ってくれる誰かを刺激するように繋げるという、この刺激の連鎖を持続していくことです。それこそが演劇作品を創作していくという行為なのですが、これと全く同じことが、バーバラが彼女の専門領域でリスクを冒してアプリを開発したことにも言えると思います。つまり、両方とも、我々は「スクラッチ」によって出てきた何かが影響を及ぼし、少しでも人々の日常に変化が、ワンズワースの犯罪傾向に変化が起きれば良いと願っているのです。

──そのような考え方の劇場は本当に少数だと思います。日本の公立劇場では演劇や音楽を公演する、普及する場所になっているところがほとんどです。
 私たちも同じように舞台上演をしています。ですが、観客が作品を購入して消費すること以上に、その過程の方を重要視するかどうか、ということなのだと思っています。そこが劇場の本質であり重要な部分なのですが、正直まだその姿勢を持つ劇場が氷山の一角であることは否めません。多くの劇場はその途上にあるのだと思います。だからと言って、その頂上にある作品の上演をしないということではないので、常に多くの人たちに向けてその過程を解放し、誰もがその頂点である上演に関わることができると気づいてもらうことが大切です。劇場へ作品を観に来るのも結構ですが、同時にその作品がなるべく彼らが欲するようなものとなるよう、その創作過程をどうやって有効に進めるかを観客に考えてもらうことも重要です。それこそが我々に必要な変化です。

──これまで無縁だった人々に劇場と関わってもらうようにするにはどうしたらいいのでしょうか。
 「エージェンシー」のようなプログラムを考える際に、それに関わる人々を劇場内で探すことは正直難しいです。それで、我々は自ら若い人たちが集まりそうな所、地元のフィッシュ・アンド・チップス店やコミュニティーセンターに出向きます。ですが、私自身が行くことはありません。白人の中産階級に属する私が行っても意味がないからです。そのようなファースト・コンタクトは出向く所のコミュニティーに属したスタッフが務めるようにしています。BACのスタッフは上流、下流、白人、非白人、と様々なコミュニティーに属する人で構成されています。できるだけ我々の地域の全てのコミュニティーの代表でありたいからです。まだ全てをカバーできていませんが、徐々にそうなりつつあります。我々がプログラムの幅を広げ、劇場の解釈を広げることに尽力していることもあり、様々な人が劇場に興味を持ち、またアイデアを持ち込み、BACと関わってくれるようになってきました。さらに彼らがスタッフメンバーになるなど、もっと開かれた劇場になることを望んでいます。

──公立劇場を成功に導く秘訣を3つ挙げてください、と言ったらなんと答えますか。
 まず、実質的に関係するということです。この関係を持つということは劇場で上演する演目について、また「エージェンシー」のようなプログラムについてもですが、まずは自分のコミュニティーに関わることがとても大切です。
2番目は創造的であれ、ということです。実際、多くの芸術団体がいかに創造性に欠けているかという事実に驚かされます。ご存知のように多くの団体が整備された格納庫を管理するように部署分けされて、別々に動いています。その方法はまるで塗装部、製造部、広告部、販売部に分かれている車の製造工場のようで、創造に関わる分野のやり方ではありません。なぜならそのような方法では物事を見逃してしまいますし、それぞれの部の面白い関連性を見過ごしてしまうからです。その意味でも、創造的であることはとても重要なことです。
3番目に、何事にも柔軟性を持て、ということです。特に財政面で柔軟性を持つことは重要です。可能であれば利益を生み出し、できる限りの補助金が得られるように柔軟性を持って立ち回る。さらに言うと、性格もある程度の柔軟性があればあらゆる局面に適切に対処していけると思います。

──ところで、BACは2015年3月13日に火災に見舞われ、建物の30%を消失しました。原因は何だったのですか。
 未だに解明されていません。実際、火災の50%以上はその原因がわかっていないのだそうです。ただ、放火でないことは確かです。電気系統からの出火かもしれないとは言われています。ほとんどの火災の原因は建物に取り付けられている防犯カメラで判明するそうですが、今回は火元が屋根部分だったのでカメラがありませんでした。

──劇場火災の後、どのように劇場を立て直したのですか。
 保険をかけていたので、保険金でグランドホールの改修をすることができました。また、2年間の休業補償も付いていたので、2015年3月13日から2年間は損害がカバーできたのですが、完全な再開までには4年ぐらいかかる見込みです。そこで後の2年間の出費を補うため、個人や様々な資金提供団体からの寄付を募り、多くの方々、団体から手厚い支援を頂いています。もちろん出来る範囲で自ら利益を生むように努めてもいます。公演のチケット収入、バーやカフェの売り上げ、そしてウェディングやその他のあらゆるイベントの企画を立ち上げ、劇場のスペースを貸し出して収入を得ています。
 ここで、先ほど申し上げた柔軟性が重要になってくると思います。あらゆる可能性を試し、柔軟な姿勢で劇場を経営することが、今の我々には問われているのです。
 
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